第4話 古代の天文学
医務室で処置をしてもらい外に出たところで、天文学のアンネ先生に出くわす。綺麗な赤毛を束ね、スカーフで覆い、ワンピース姿である。研究員にはズボラな者が多いが、彼女は清楚な印象を保っていた。
「あら?アラン先生。怪我ですか?」
「お恥ずかしい。失敗した魔法陣を修正しようと削っていたら油断してスパッとやってしまいました。アンネ先生は今からですか?」
「ええ。今日はよく晴れています。観測びよりですね」
天文学者の生活は不規則だ。観測を行うのは夜間だが、観測データの取りまとめや、その整理となると日の出ている日中の仕事となる。油代は相応に高く付くし、単純にランプの明かりは暗い。書類仕事は日中に行うのが一番である。
天文学の講義は夕方に行われるのが通例となっていた。夜間の観測があるため講師陣が昼間で寝ていることが多いためである。まれに昼の算術の講義に顔を出したときには眠そうな顔をしていたのが印象的だった。
星の位置の観測をした後、起動を計算することになる。ここでも私の開発した演算魔法陣は用いられていた。惑星は円軌道であるから、円周率(近似値として
「例の平方根の演算魔法陣を試作していたんですよ。すいません。血まみれにしてしまって試作版がダメになってしまいました。やり直しです」
「それは大変!私が大変な依頼をしたばっかりに!」
アンネ先生が申し訳なさそうに頭を下げる。
「いえ!別の論文のアイデアが気になってぼーっとしてたんです。決して平方根のせいではありませんので!」
そして話題は暦の魔法陣について。今から2000年も昔、古代のキティラ共和国の高名な学者が作り上げた暦と、それを正確に表す機械が存在したという。その伝承を伝える粘土板が発見されたらしく、その写しを手に入れたのだという。
「実物は見つかっていないのですが、伝承では月の満ち欠けや日食までも正確に計算できたと言います。当時のことですから魔法陣などあるはずもなく、どうやら青銅の歯車を用いて作られていたらしいのですよ」
「歯車での演算機械ですか。それはまた作るのが大変そうな話ですね。その時代によくぞまあ」
「まったくです。古代の算術家メトンによって19年で235回の月の満ち欠けが生じるという法則が示されているわけですが、これを表すのに用いられているのが歯が19枚の歯車と、47枚の歯車、そして歯の数が1:5の組みあわせの平歯車ということです」
「なるほど。素数の歯を組み合わせているわけですか。47×5=235 ですから、これでメトン周期の暦を実現していると」
メトン周期とは19太陽年は235
メトン周期に基づくと、19年間に7回の閏月が生じる。閏月のある年は
天文学や算術の世界は古来より脈々と積み重ねられてきている。メトン周期にしろ、三平方の定理にしろ、1000年もの昔の古代キティラ共和国ですでに見出されていたという。建築や天文学をやるにあたって算術は必須であった。古代より国家運営のために算術家が召し抱えられ、その知識を脈々と伝えてきたのである。
「なるほど、古代キティラ共和国に出来て、現代の魔法陣にできない道理はないですね。今取り掛かっている課題が片付いたら私も暦の魔法陣を試みてみようかな」
「その時はぜひ、協力させてくださいね」
よほど星が好きなのだろう。暦の話をしているときのアンネ先生の瞳はそれこそ星のように輝いていた。
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アンティキティラ島の機械の話でした。「アンティキティラ島の機械」は古代の沈没船から発見されたもので、紀元前150 - 100年頃に製作されたもののようです。歯車の組み合わせで極めて精巧な暦を表現していたようです。日食の予想もできるほどであったとか。
設計者候補としてはアルキメデス(Archimedes 紀元前287年? - 紀元前212年)が挙げられています。古代ギリシアの文明度の高さには驚かされますが、ローマ時代以降は徐々に伝承が廃れていきますがイスラム世界にその影響がみられます。こうした技術は発達と伝承、そして断絶を繰り返しながら進歩を続けて現代にいたります。
機械式計算器についてはヴィルヘルム・シッカート(Wilhelm Schickard)によるものが1623年に登場と紹介しましたが、アンティキティラ島の機械のあまりの精巧さをみるに、伝承や遺物として発見はされていませんが、当時に実はすでに計算器の存在があったとしても不思議ではないとすら思えてきます。
ただし、精巧な歯車の作成は困難でしたでしょうから、こうした機械というのは恐ろしい値段がしたことでしょう。
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