閑話休題

 級友クラスメイト達の五月病も完治に至った頃、しかして、空模様は優れなかった。小雨が小鳥達を打つさまを視て放下ののちと晴子さんと約束したお出掛けは大事なく決行出来るのかと千枝は不安であった。

 他方、晴子さんはと言うと千枝の不安も何知らず上級生達のウヲツチの時期は終わったとぐるりを忙しなく凝視と満足気に独り唸っていた。



 ──雨上がりの放下。

 掃われた子蜘蛛の纏りの様にちり〴〵になる女学生の中に千枝と晴子さんは居た。互いに雨が上がった事を喜び合い他愛の無い会話の後に「約束通りに」、「それでわ」と帰路を分かち暫く再開することを確かめ合う。

 


 下宿の階段を騒がしく下る千枝の足音は浮足立って、女将さんは「あら〳〵」と音の方を見上げて送った。

 千枝が待ち合わせ場所に向かうと既に晴子さんが其処に居り駆け寄った千枝は晴子さんの手を合わせて握りしめ振って大変に喜んだ。

 「ハイハイ」と童心に燥ぐ千枝を落ち着かせた晴子さんは「行きましょう」と促す。

 ──地方であっても停車場の辺りは繁華な様子が見て取れる。行く先から楽器の音が聞こえて演歌の読売が道行く人々に唄い聞かせているのがわかった。軽快な曲に軽薄な詞を付けられたヴァイオリン演歌だ。晴子さんが暫く立ち止まり「あ、往きましょう千枝さん」と歩みを戻す。眼前からやって来たちんどん屋の喧騒とすれ違い、ジンタと演歌が重なると雨が降り始める。


 二人は少し歩いていたが次第に雨が強くなったので停車場まで走り駅舎で雨宿りをする事にした。待てども上がらない雨に晴子さんは予定の中止を提案した。千枝が其れを了承すると二人は駅舎の長腰掛ベンチを失念して軒下に陣取ったままおしゃべりに励んだ。

 他愛もない会話の後晴子が言った。

 「──浅草には宿無しの子供達が沢山居てね。荷物を置けば盗られるし、もち竿でお寺のお賽銭も盗ってゆくの。私大変驚いたのだけれど当世ですものね」と、晴子さんは千枝が呆けている事に気付く。

 「御免なさいね。先程の演歌を聴いて東京に行った時の事を思い出してしまって」

 晴子さんが東京に行ったとは初耳だったので千枝には興味が湧いたが物取りとは穏やかではない。晴子さんが言うには電車が常に満員で乗り損ねれば一時間も二時間も待たされるらしい。浅草六区の華やかな所があれば貧民窟もあり、現今は音楽隊がちんどん屋に職を変え始めている等という事を大人から教わったらしい。千枝が空想していた華やかな中心地とは大きく異なる心持ちの暗くなる東京だった。



 野辺送りの座棺と白装束を見送っていると子供達は大人達から菓子を貰った。あの雨の日から長らく女学に来る事の無かった晴子さんは次第に無事を心配されたが遂に再会する事も無く風邪で亡くなったと聞かされた。寺に向かう葬列を眼前に級友クラスメイト達は悲しみに千枝は最後に晴子さんから聞かされた東京の話を思い出す。

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