服装心得の件

 千枝入学の前年度、本学の服装心得が左に改められた。


  平常服

  イ、上衣丈短き筒袖着用の事

  ロ、袖口は絞り白き紐で縛る事

  ハ、下衣歩行妨げ無き丈短き袴着用の事

    胸高に着用するを禁ず

    地色は紫其に類する色の他を禁ず

    地質問わず

  ニ、装飾品、リボンを禁ず

  ホ、頭髪庇髪を禁ず

  ヘ、履物短靴の他を禁ず

    長靴下着用の事


  体操服

  イ、前年度に同じ


 来年度入学生より実施。


 此の改定に在校生の中には

 「我が校に服装心得等在ったか知らん」

 と云う者も少なくない程に以前の心得は決まり事が少なかった。

 其を聴いた規範的な者は得意げに

 「一、下衣、袴を着用の事 一、袴、地色は海老茶色又紫のみにして地質問わず 一、装飾品、リボン黒にして大なるを禁ず」

 と一言一句詠唱して見せる。

 黒リボンにして或日勝子曰く

 「未だ葬式のさまくらいわ」

 の聲が本学生徒の中に広まり暫く黒リボン主義は終幕と成った。


 改定服装心得実施を前にして「見本を示すが為」と新入生の通いの服装は本学が選定した素材で仕立てる事と成ったが、経済上の為と生徒に仕立てさせる事としたが下級生はまだ裁縫を習い始めて間も無いので上級生が駆り立てられた。

 之には上級生の一部が不平不満を申し

 「経済上の為と申しましても本校に通うわたくし達、経済上困窮等して居りませんので必要ありませんわ」

 と抗議するも「本学の経済上の為」と聞き入れては貰えず如何にしても針仕事を防止したかった生徒の山勘は外れる事と成る。

 仕方無しに縫い始めるも誰が最も美しく仕立てるかの競争原理が働いた次第で熱心に縫い始める。

 其には裁縫を得意とする者、生来苦手とする者の差が認められたが其の者も何とかの評価を頂いて完成へと至る。

 すると以前より袴が脚許に纏わり附くを快く思って居なかった勝子が之は好いと家庭で同じ様のを仕立て自ら着用し登校すると、其の際独りだけ以前は他と同じ結流しで在った頭髪を断髪にして来たものだから直様すぐさま職員に発見され職員会議と成った。

 この会議は平行線を辿ったが其を聞き附けた本学校長の

 「本来胸高に着袴するは衛生上の弊在り、発育上の弊在りと本年度入学生より之を禁ずれば然し、本学在校生自ら新改良服を着用する兆し在らば之尚の事大変に宜しい」

 とのお墨付きを頂いた為に職員会議でも問題無しとされた。

 但し学年を区別するが為に袖口を絞る紐は白以外にスべしとのお達しが在った故、勝子は後日之を黒色に改めた。


 すると、勝子の取り巻き連に之を着用する者が現れ、この件以来在校生が新改良服を着用する際は袖口を絞る紐を三年生は黒色、四年生は朱色とする事にした。


 此等千枝の入学成る前の件で在る。

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