第14話 報告
その後、私は勝利の余韻に浸ることなく、すぐさま学園長室に呼び出されていた。
中ではオードウィンとアレク先生の二人が私を待っていた。用件は十中八九、アルバート組とのクラス対抗戦のことだろう。
促されるまま椅子に座り、話を聞く体制になる。
「良い知らせと悪い知らせ、どちらがいい?」
「……随分と急ね。説明の楽な方からでお願い」
「それじゃあ、良い知らせからだな」
二人は目配せする。
そして、アレク先生の方が先に口を開いた。
「アリアさんの私のクラスへの移動は無事に終了しました。事前に契約していた通り、もう二度とアルバートはアリアさんに手出しはできないでしょう」
「そう、それなら良かったわ。それじゃあ私はこれで──」
早々に帰ろうとした私の腕を、オードウィンがガシッと掴んだ。
「残念ながら、逃がさん」
「老人のくせに行動が素早いわね」
「これでも鍛えておるからな」
「さっさと引退したらどうかしら。老骨には厳しい世の中でしょう?」
「英雄殿のご忠告には感謝するが、まだまだ若いもんには負けぬよ」
「……そう、私の手で引退させてあげましょうか?」
「ちょっと二人とも! 言い争っている場合では!」
「わかっているわよ。ただじゃれあっていただけじゃない」
「そうじゃぞ。わしらの会話を邪魔するではない」
「えぇ……?」
この程度の小言の言い合いは、いつもやっていることだ。
もっとも、互いに威圧しあいながら言い合っているので、初見で聞く人は生きている感覚はしないだろうけれど。
ちなみに国王と三人で飲んでいる時もこれをやってしまい、彼は酒場で半泣きになっていた。
「できることなら、面倒な話は聞きたくないのだけれど?」
「まぁ、そう言うでない。一度関わったんだから、最後まで付き合え」
「──チッ」
わざと聞こえるように舌打ちを一回。
私はどっかりと椅子に座り直す。
「で、悪い知らせは?」
「まずはあいつらの不正だな」
それなら実際に戦った私の方が知っている。
まずは金で雇った冒険者。
彼は魔力反応を見てここの生徒ではないと確信したので、早々に退場してもらったのだ。
次にダルメイドの魔法『炎槍』だ。
あれは中級魔法ではあるが、威力だけをみると上級と並ぶ。相手が私だったからいいものを、普通なら確実に死んでいただろう。致命傷以上の威力だった。ダルメイドが得意としている魔法だったので、その威力は理解していたのだろう。
……しかし撃った。口に出して「死ね!」と言っていたくらいなので、最初からそのつもりだったというわけだ。
「ま、これくらいなら予想していたわ」
「流石は英雄殿、それくらいは見えていたか」
「戦っていた本人が一番理解するのは当然のことね。でも、それを知った上で捻じ伏せるのが私の戦い方よ」
「……だが、あの初撃はやり過ぎではないか?」
「そう? ズルをする部外者には相応しい攻撃だったと思うけれど、別に死んではいないのでしょう?」
この学園にはキリエがいる。
あの後すぐに担架で運ばれて行くのを見たので、彼女の腕なら死にはしない。
「文句言いまくりだったぞ。体内がぐちゃぐちゃで、完全に復元するのは不可能。こんなに酷い損傷は初めてだと……。英雄殿に手加減というものを学習させろと、アレク先生に怒っていたな」
「……ええ、あの迫力で言われたのは初めてだったので、かなり怖かったです」
その時のことを思い出したのか、アレク先生は体を震えさせていた。
彼女が本気で怒った時の怖さは私もオードウィンも理解しているので、怯えた様子のアレク先生に強く同情する。
……しかし、ここまで彼が怯えるなんて、どれだけ怒っていたのだろうか? 申し訳ない気持ちはあるから、後でこの国一番のお菓子でも送っておこう。
「まぁ、これ以上彼女に迷惑を掛けると私も怒られるから、次からはもう少し手加減するわ」
「ええ、そうしてくださると嬉しいです。もう、怒られるのは勘弁したいので」
ほんと、ごめんなさい。
「それで? 悪い知らせはそれだけだと嬉しいのだけれど……」
「これだけだと思うか?」
「いいえ全く」
残念ながら私の予想は当たっていたらしい。
オードウィンの疲れたような表情が、その答えを物語っていた。できることなら聞きたくはないのだが、どうせ全てを聞かせるまで、私をこの部屋から出さないつもりなのだろう。地味に結界まで張って、ご苦労なことだ。
「聞く前に、どうか怒らないでほしい。アルバートへの処置は不可能だ」
「理由は?」
「奴は我先にと戻っただろう? その内に証拠となるもの全てを焼却したらしく、奴を罰するための口実を見つけられなかったのだ。今回のことを追求しても、何も知らないの一点張りでな」
「心底呆れるクズね」
冒険者を雇ったことはダルメイドの両親が勝手に雇ったと言い、『炎槍』を使わせたことは、ダルメイド本人の判断だ。自分は何もしていないと、全ての罪を生徒のせいにしているらしい。
ここまでの傲慢野郎が、よくも今まで生きていたなと感心する。普通に考えれば、闇に紛れて始末されるレベルのクズ……いや、ゴミだ。
私直々にゴミ処理をしてやりたいところだけれど、やはり証拠がなければ行動に移すのは危険だろう。
「ただ、アルバートには監視を付けることにした。まだ何かを企んでいるようだったのでな」
「それはありがたいわね。……一応聞くけど、信頼は?」
「学園創立から共に働いてくれている者だ。わしは信頼しておる」
「なら、大丈夫でしょうね」
オードウィンの見る目は私も信頼している。
彼が大丈夫だと言うのなら、大丈夫なのだろう。
それに、これは教師の問題だ。一生徒である私が文句を言う筋合いはない。
「ダルメイドは今どうしているの?」
「二回に及ぶ『炎槍』の使用によって魔力欠乏を起こしていた。まだ眠っているが、目を覚ましたら実家に強制送還し、一ヶ月ほどの謹慎期間を設けようと考えておる。復帰したとしても、今回のことはすでに学園中に知れ渡っているので、大きな顔ができないだろう。他に罰を望むのなら、なるべく応えるようにするが?」
「いいえ、それで結構よ」
これ以上何かの枷を嵌めて逆恨みでもされたら、正直面倒だ。
「例の金で雇われた冒険者は、冒険者ギルドから永久追放」
「まぁ、当然の結果よね」
もし追放していなくても、あれだけ派手に壊したのだ。
二度と前のようには剣を振れないだろう。ざまぁみろ。
「あの奴隷達だが……」
「私が貰うわ。文句は無いわね?」
「……わかった。すぐにミア殿の屋敷へ運ぼう」
「その必要はないわ。自分で運ぶから」
私の空間魔法なら全員を同時に運べるので、これ以上に安全な運び方はないだろう。
「……そうか。まぁ、その方が安心できるだろうな。彼女らは医務室に運んである。奴隷契約も解除しておいたので、好きにしてくれ」
「そうさせてもらうわ……さて、と……」
どっかりと座っていた腰を上げ、立ち上がる。
「これで終わりでしょう? 私はあの子達を迎えに行くわね」
学園長室を覆っていた結界が消失した。
もう聞かれて困るようなことは話し終わったということだろう。
「もし何かあれば、すぐにわしかアレクに伝えてくれ」
「了解……それじゃ、また明日」
今日の授業はすでに終了している。
後は帰るだけなので、私は奴隷達を迎え入れるために医務室に向かう。
そんな時、私の方へ駆け寄ってくる反応が二つあった。
「お姉ちゃん!」
「ミア!」
ミオとアリアだ。
私が学園長室から出てくるのを見計らっていたようなタイミングだったけれど、そうするなら最初から部屋の前で待機していたはずだ。単なる偶然で駆けつけたタイミングが合ったのだろう。
「お姉ちゃん、もうお話は終わったの?」
「ええ」
「ミア、これからクラスの皆さんと祝杯のパーティーを上げるのですが、あなたもどうです?」
「私は……遠慮したいところだけど、そうもいかないわよね」
「もちろんだよ! お姉ちゃんが主役なんだから、来てもらえないと何も始まらないよ」
「……はぁ、だろうと思ったわ。でももう少し待っててもらえるかしら? ちょっとした用事を済ませてから向かうから」
アリアが何かを察したような表情になる。
「あの奴隷達ですね?」
「そうよ。今から私の家に運ぶから、先にパーティー会場を教えてもらえる?」
「王族の別荘です」
「ああ、そこならわかるわ。…………そうねぇ、一時間くらいで終わると思うから、先に始めていてもいいわよ?」
「いいえ、まだ皆は教室にいるので、そこから移動して準備をしようと思っています。買い出しもするので、もしかしたらそれよりも遅くなってしまうかもしれません」
「それじゃあ、少しゆっくりしてから向かうことにするわ」
「ええ、お待ちしています」
王族の別荘で待ち合わせることになり、二人は皆を呼ぶために一度教室へと戻って行った。
私は当初の予定通り医務室へ向かい、眠っている奴隷達を我が家へ転送する。
『おかえりなさいませ、ミア様』
転送場所は玄関の中だ。
事前に今日の放課後に帰ると連絡を入れておいたので、専属使用人が綺麗に並んで私を迎えてくれた。
「ミア様、おかえりをお待ちしていました」
タキシードに身を包んだ男性が一歩前に出て、綺麗なお辞儀をする。
彼は長い間使用人代表を務めてくれている、私が数少なく信頼している人物だ。名前をセバスという。
「ただいま。さっそくで悪いけど、新しくここで働く子達を連れて来たわ。すぐに暖かい部屋とスープを用意してあげて。……っと、その前に体が汚れちゃっているからお風呂に入れてあげてくれるかしら」
「かしこまりました。すでにお部屋の方は準備済みですので、まずはお風呂に彼女達を運ばせていただきます」
相変わらずセバスは仕事が早い。
女性使用人によって、順番に奴隷達が運ばれていく。
私はそれを見送り、セバスとリビングに向かった。
「あの子達のお世話係の配属は、セバスに任せるわ。ほとんどマナーを知らないと思うから、優しくしてあげてね」
「承知しております。彼女らの部屋割りはどうなさいますか?」
「見た感じ姉妹のようだったから、六人一緒の方がいいわよね」
「ですが、六人が入れるような大部屋は……」
「うーん……あっ、そういえば使っていない倉庫があったでしょう? そこを綺麗にして使わせてあげて。足りない家具は私名義で払っていいわ」
私の判断で彼女達を招いたのだから、家具くらいは私が払う。
ついでにメイド服だけではなく、全員分の私服も用意させてあげよう。全て込みで100金貨くらいあれば足りるだろうか。
「では、そのように手配いたします。……ミア様はこのままお休みください。彼女達が目を覚ましたらお呼びします」
「頼んだわよ──っと、ごめんなさい。ちょっと待って」
「はい? どうなさいました?」
「今手が空いている者はいるかしら?」
「……ふむ……三人ほど、でしょうか。10分もすれば手が空くと思います」
「それじゃあ、暇になり次第王族の別荘に向かわせて。そこで今日のクラス対抗戦の勝利を記念してパーティーをやるらしいの。別荘だから使用人も少ないだろうし、クラスメイトにやらせるのも申し訳ないわ。お手伝いしてあげて。残業代はちゃんと払ってあげてね」
「かしこまりました……そのように伝えておきます。他には何かあるでしょうか?」
「いいえ、ないわ。私はここでゆっくりしているから、後は任せたわよ」
「では、失礼します……」
セバスは最後に一礼して、リビングを出て行った。
奴隷達のことは彼らに任せておけばいいだろう。
「ふぅ……やっと、落ち着けた……」
誰もいなくなった空間で、私は深く息を吐いた。
久しぶりに動いたからだろうか。いつも以上に疲れたような気がする。
このままでは迷宮探索が解除される前に、体が鈍り切ってしまう。ちょっとした時間の間を見つけて、周囲の魔物狩りをした方がいいか?
しかし、ミオを置いて魔物狩りに行くのも心配だ。
『汚らしい亜人風情が、調子に乗らないことだ』
……あの時のアルバートの目。あれは少々危険だった。
ミオに何かを仕掛けると決まったわけではないけど、用心するに越したことはない。今はまだクラスメイトの皆が一緒にいるから大丈夫だろう。
でも、あの子の側に付いていないと胸騒ぎがする。
それにあの傲慢貴族のことだ。自分の欲望を満たすためなら、手段は問わないだろう。特に亜人を嫌っているようだったので、危険性は十分にある。
オードウィンは奴に監視を付けると言っていた。だが、見られていても目立たずに暗躍することは可能だ。奴は目敏くそれを見つけることだろう。……いや、例えクズでも上級貴族の家系だ。すでにその方法を知っているかもしれない。
「こちらでも監視を付けた方がいいかしら?」
気になるのはアルバートだけではない。ダルメイドの馬鹿も大人しくやられるだけではないと予想しているので、それぞれに監視を付けさせる必要はあるかもしれない。
それに奴の従者も不安要素として残っていた。あいつらはダルメイドと違って自由に動ける。主人が謹慎になった腹いせに何かちょっかいをかけてくる可能性はある。
「──チッ、あいつらにも手出しをさせないように言っておくべきだったか」
己のミスに気づいたところで、もう遅い。
「ミア様、よろしいでしょうか?」
「……どうぞ」
と、そう考えているうちに使用人がノックをして入ってきた。
「……ミア様、子供達がお目覚めになりました」
「わかった。すぐに向かうわ」
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