第15話 英雄への誓い
目を覚ますと、そこは知らない天井だった。
周りには高価そうな服を着た人達が居て、私達が目を覚ますと同時に何人かが部屋を出て行くのが見えた。
「ぅ……」
私達は、ダルメイドに命令されて戦って……それから…………あの女の人に。
「あ、の……」
「ここはミア様のお屋敷です。ミア様からあなた方を守るようにと仰せつかっていますので、どうかご安心を」
ここはどこですか?
そう聞く前に、女性の人が教えてくれた。
まるで心を読まれているみたい。
「……ああ、申し遅れました。私はこの屋敷のメイドをしております、ミーシャです。あなた方のお世話を担当させていただきますので、何か不備があれば遠慮せずに言ってください」
女性、ミーシャさんは丁寧にお辞儀をした。
その仕草はとても自然で、私達姉妹は彼女の動作に見惚れていた。
「すぐにミア様が来られますので、もうしばらくお待ちください」
「みあ、様……?」
一番下の妹、ココアが首を傾げる。
試合で戦ったエルフの人、ミアって名前なんだ……。
私達と同じ亜人なのに、こんな豪邸を持っているなんて……きっと凄い人なんだろうな。亜人は人の国で貴族階級は貰えないって聞いていたけど、一体何者なんだろう?
「ミア様はこの国の英雄です。あなた方はミア様と戦い、そしてここに運ばれた。そのように聞いています」
「英雄……!?」
英雄様のことは、誰でも知っている。
あのエルフの人が、英雄?
まさか学生だったなんて……いやそれより!
「私達は、なんてことを……!」
あの英雄様に剣を向けたなんて、国家に対する反逆罪と捉えられてもおかしくはない。
他の姉妹達もそれに気がついたらしく、全身を大きく震わせていた。ダルメイドに命令されたとはいえ、奴隷である私達には拒否権がない。それに、私達奴隷は人ではないという扱いだ。
最悪、姉妹全員処刑……?
「ご安心を、と申したはずです。ミア様はあなた方を助けた。処罰しようなんて考えてはいません」
「本当、ですか?」
ミーシャさんは不機嫌そうに眉をひそめた。
「……それ以上疑うのであれば、ミア様の慈悲深さを侮辱することとなりますが?」
私達には信じられないことでも、この人達の優しさを疑うのは、確かに侮辱と同じだ。
「──す、すいません! そういうつもりでは……!」
私は自分の犯した失態を責めた。
せっかく助けてもらったのに、私が変に警戒し過ぎたせいで彼女達の考えが変わり、やっぱり助けてもらえないなんてこともあるんだ。そんなことで妹達が苦しい思いをするのは、ダメだ。
一番上の姉として、正しい判断をしなきゃならないんだ。
「──コラ、あまり子供達をいじめないの」
いつの間に現れた銀髪のエルフが、ミーシャさんの頭をコツンと叩いた。
妹達は急に現れた女性に警戒心を抱いたようだ。尻尾は逆立ち、まだ幼い牙を必死に剥き出しにする。
まだ子供でも、私達は獣人だ。成人している人間以上に気配には敏感な筈なのに、私達の誰もが彼女の気配を察知できなかった。
しかし、それはすぐに中断された。
それよりも強い敵意……いや、これは『殺気』だ。
その出所は──ミーシャさんからだった。
「おい小娘ども、誰に敵意を向けている……」
彼女の殺気によって、妹達は強制的に黙らせられた。
獣人の本能が理解した。
この人も、敵に回してはダメな人だと。
「だからやめなさいって」
そんなミーシャさんの頭が、もう一度叩かれる。
「この子達は奴隷だったのだから、警戒するのも仕方ないわ。ミーシャのそれは脅迫よ?」
「…………ですがっ」
「あら、私の決定に逆らうのかしら?」
「……いえ、申し訳ありません、ミア様」
銀髪のエルフ。彼女が、ミア様……。
彼女と目が合うと、心臓を掴まれたかのような感覚に陥る。なぜだかわからない。でも、近寄りがたい雰囲気を感じる。
「ええ、許すわ…………さて、これから少し話すから、ミーシャは席を外してくれる?」
「かしこまりました。何かありましたら、すぐにお申し付けください」
ミーシャさんは部屋を出て行く。
部屋に残ったのは私達五人姉妹と、ミア様だけだ。
「やっと目覚めたみたいね。それで、あの戦いのことだけど──」
「ごめんなさいっ!」
私は即座にベッドの上から飛び降りる。
そして床に手を付き、頭を下げた。
妹達はそれに驚いて目を丸くさせ、すぐ同じようにベッドから降りてミア様に土下座する。
「えーっと……どうして私は謝られているのかしら?」
「まさかミア様があの英雄様だと知らず、剣を向けてしまいました。姉妹を代表して、謝罪させていただきます!」
「……ふむ、あなたが一番上の姉かしら?」
「はい! コロネと申します!」
「思ったよりも礼儀はしっかりとしているようね。勉強したのかしら?」
「はい! 母に教えてもらいました!」
「そう、他の子も勉強しているの?」
「……ごめんなさい。勉強を教えてもらったのは、私だけです。他の子は、勉強を教えてもらう前に……村が……」
私の村は人攫いによって焼かれてしまった。
まだ若かった私達は連れ去られ、多分お父さんとお母さんは……殺された、と思う。
「……ごめんなさいね。嫌な過去を思い出させてしまったわ」
すると、ミア様が頭を下げた。
他でもない私達に、深く頭を下げたのだ。
私は慌てて声を上げる。
「そんな! 頭を上げてください! ミア様が謝る必要はありません!」
「いいえ、謝る必要はあるわ。両親との別れは辛かったでしょう? まだ子供であるあなた達には、まだ早すぎる別れよ。幸せだったはずの生活が、クズどもの手によって引き裂かれてしまった。それを思い出させた私も、同罪よ」
「──っ!」
奴隷になってから、初めて心配してもらった。
その優しさが嬉しくて、泣きそうになる。でも、妹達の前でみっともない姿を見せるわけにはいかないと、グッと涙を堪える。
「……こんなしんみりとした空気は似合わないわね。さぁ、いつまでも床に居ないで、ベッドに移動しなさい」
「ですが……」
「なに? 私が用意させたベッドより、床の方が居心地良いとか言わないでしょうね?」
「そんなことはありません!」
折角の良心を無駄にするわけにはいかない。
私達は素早くベッドに戻った。初めて獣人らしい動きをしたような気がする。
「さて、落ち着いたところで、これからのあなた達の未来を決めましょうか」
その言葉に、私達は身を固くする。
今私達は、ミア様に全てを委ねているだけのか弱い存在だ。
彼女の言葉一つで、全てが決まる。私達の命、運命、その先のことも全て……。それを理解しているから、彼女の次の言葉が出るのを、私達は固唾を飲んで見守る。
すると、ミア様は指を三本立てた。
「選ばせてあげる。まず一つ、ダルメイドの元に戻る」
「……や、だ……やだぁ……!」
ダルメイドから受けた仕打ちを思い出し、ココアはその場で泣きじゃくる。
「ココア……っ!」
私は妹を叱ろうとしたけど、同じタイミングでミア様が立ち上がったことで、私は説教を中断せざるを得なかった。
「ごめんなさいミア様! すぐにココアを……」
「良いのよ。私に任せなさい」
ミア様は微笑み、しゃがみ込んでココアと目線を同じにする。
「ねぇ、ココア?」
「……ん、なに……ミア様……?」
「あいつのところに帰るのは、嫌?」
「…………うん……いや、だ……」
「……そう、それじゃあ、この選択肢は無しね」
ミア様は指を一本、折り曲げた。
「もう一つは奴隷商の元に戻るか」
これも嫌だ。
もしかしたら良いご主人様に出会えるかもしれないけれど、またダルメイドのような者に買われる可能性だってある。むしろ、そっちの方が高いだろう。もしかしたら個別に買われて、姉妹離れ離れになってしまうかもしれない。
妹達もその選択肢には難色を示している。
ココアも再び泣くことはしなかったが、首を横に振って嫌だと意思表示をしていた。
「じゃあ最後の選択肢よ。姉妹全員、ここで働く」
「えっ……?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
「あら、これも嫌だったかしら?」
ミア様は意外そうに目を丸くさせる。
私達の反応が予想していたものを別だったのだろう。
「い、いえ! ……でも、働くというのは?」
「その言葉通りよ。姉妹全員この家で使用人として働くのよ。もちろん給料はちゃんと払うし、全員の部屋を用意してあげるから住む場所には困らないと思うわ。うちにある物なら好きに使っていいし、わからないことがあれば他の使用人達に教えてもらって。彼らは亜人だろうと元奴隷だろうと差別しない人達だから、居心地は悪くないと思うわよ」
これも嫌かしら? とミア様は問う。
嫌だなんて、そんなわけない。
奴隷の私達を普通に扱ってくれるだけではなく、ここで働かせてもらえる?
住む場所も貸してくれて、物も好きに使っていいなんて……こんな良い場所、他には絶対に無い。
「本当に、ここで働いてもいいんですか?」
「むしろ働いてもらいたいわ。クラス対抗戦が始まる前にも言ったと思うけれど、定年退職で何人かが辞めてしまって、人手不足で困っていたの。まだ見習いだとしても、一気に五人も増えてくれるのなら皆も喜ぶわ」
あの言葉……覚えている。
でも、ミア様の所有物にするための口実で、本当は働かせるつもりはないんだと思っていた。
……まさか、本当にここで働かせてもらえるなんて……夢のようだ。
「それで、どうかしら?」
そんなの、聞かれるまでもなく答えは決まっている。
姉妹で目配せして、私達の意見は纏まった。
「ここで働かせてください……!」
「……ええ、こちらこそよろしくね。……はぁ……断られたらどうしようって心配だったわ。受けてくれて良かった」
ミア様は安心したように椅子に座り、ホッと胸を撫で下ろした。
彼女はそう言っているけれど、こんなの断る方がおかしい。
でも、一つ疑問に思うところがあった。
「どうして、ミア様はそんなに優しくしてくれるのですか? 私達は……奴隷です。実際、あなた様以外に誰も優しくしてくれませんでした。それが不思議で……」
「……なんだ、そんなこと……理由は簡単よ。私が差し伸べたいと思ったから、差し伸べた」
「それだけ、ですか?」
「うーん……ああ、もう一つあったわね」
そしてミア様は、私を指差した。
「コロネ、あなたが妹を想っていたからよ」
「え……?」
「私にも大切な妹が居てね。あなたのように、妹を大切に想う気持ちは同じなのよ。だから助けたいと思った。この理由じゃ不満かしら?」
「…………いいえ、ありがとうございます」
私はもう一度、ミア様に深く、深く頭を下げる。
「私、コロネは、あなた様に助けてもらった恩を忘れません。一生、この身が朽ちるまでミア様に仕えることを誓います」
「……そこまで大層なことはしなくてもいいのだけれど、コロネの気持ちは嬉しいわ。喜んであなたの感謝を受け入れましょう」
ミア様は口元を緩め、優しく微笑んだ。
ミア・ヴィスト様。
私達を救ってくれて英雄様で、誰よりも慈悲深きお方。
私は一生、この日のことを忘れないだろう。
どんなことがあろうと、私はミア様に生涯をかけて付き従う。
それを今日この場で──心に誓った。
「ミア様、ありがとうございます」
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