第13話 英雄の戦い
「では、始め!」
──パァン!
開始の合図と共に鳴り響いた破裂音。
訓練場にいる私以外の者は、急に鳴ったその音に耳を塞ぐ。
その破裂音の正体は、私の攻撃によるものだ。
開始の合図と同時に地を蹴り、冒険者と私の間にある空間の流れを加速させる。そして光の速度を超えた私は、そのまま掌を突き出し、彼の腹を貫いていた。
一瞬で距離を詰め、速度に乗せた一撃を相手に叩き込む開幕の一撃。
その名を『
私と冒険者の周囲には、黒鉄の欠片が飛び散っていた。私の瞬撃によって、全身鎧はことごとく破壊され尽くしている。接触した際に衝撃波を発動させる魔法も同時に使っているので、彼の内部はぐちゃぐちゃに掻き乱されて大変なことになっているだろう。
「……いきなりで悪いけど、部外者にはさっさと退場してもらうわよ」
私はゆっくりと腕を引き抜く。
ゴボッと彼の腹から大量の血液が零れ、部外者は力無くその場に倒れ伏した。
「お前の始末は冒険者ギルドのギルドマスターに任せるわ。精々それまで、ゆっくり眠っていることね」
男は担架に運ばれて行った。
これで、一人脱落。
「ぐ、ぬぅ……ぅ……」
遠くで踏ん反り返っていたアルバートは、悔しそうに顔を歪めて呻く。
クラス対抗戦のルールには『致命傷になる攻撃は禁止』と書いてある。私がやったのは、確実に致命症となり得る攻撃だった。
しかし、彼らはそれを指摘できない。もし指摘しようものなら、不利になるのは向こうだ。部外者を招き入れたことが知れれば、反則負けになるだけではなく、正々堂々とした勝負に泥を塗ったと、貴族としての評判も悪くなる。
そうすれば奴らの居場所はこの学園には無くなる。なので彼らが優先すべきなのは、不正がバレないようにすることなのだ。
「お、お前ら早く行け! この僕のために働け!」
『──っ! ──、──っ!』
「何をしている! 主人の命令だ早くしろ!」
奴隷達は全てが獣人だ。彼女ら獣人は皆等しく野生の勘というものを持っており、本能で相手と己の実力差を知る。
そして彼女らは皆、私との間に圧倒的な差があることを理解していた。だからダルメイドの言葉を拒否したが、命令された奴隷は逆らうことができない。逆らえば首のチョーカーが締まり、奴隷契約の魔法に殺されるからだ。
彼女達はダルメイドを守るように列になり、私と向かい合った。
私はその中で一番年上の少女に声を掛ける。
「ねぇ、あなた達は、あの貴族からどんな仕打ちを受けた?」
「…………はなせません」
「殴られた? 蹴られた? 暴言を吐かれた? 非人道的なことをされた?」
「……、……はなせません」
「……なるほど、全部か」
「──っ、どうして」
「目を見れば人の感情なんて簡単に読み取れる。相手の視線が何よりの情報よ」
私は剣を構え直す。
「来なさい。なるべく痛くないように意識を刈り取ってあげるわ。次に起きた時は、全員に暖かい部屋と美味しいスープを約束してあげる」
「ぅ、ああああ!」
躊躇ったのは一瞬、奴隷達は一斉に飛び出す。
──助けてください。
少女の口が微かに動いた。
「ええ、助けるわ。絶対に」
私は宣言通り、意識を刈り取った。
すれ違う短い時間で見えたもの。それは彼女らの涙だった。
「……これで、数は同じね」
私は剣の切っ先を突きつけ、ダルメイドと向き合う。
「……なん、なのだ……」
「はい?」
「なんなのだ貴様はぁ! どうしてこうも簡単に破られる! 僕の作戦は完璧だったはずだろう!?」
「完璧じゃなかったから破られたのではなくて?」
「そんなわけあるかぁ! パパにお願いをして強い奴隷を買ってもらった! 黒鉄の装備も特注で作ってもらった! あいつも……! どうしてこんなに使えない奴らばかりなんだ!」
ダルメイドはどれもこれも使えないと思っているようだが、一番使えないのはダルメイド本人だ。こいつは皆が倒れていく間、何もしなかった。敗北に向かっていく未来を、ただ呆然と見ていただけだ。
そんな腰抜けが、偉そうにしている資格はない。
「つべこべ言っていないで、かかって来なさい。あの子達に暖かい部屋と美味しいスープを約束しちゃったんだから。早く運んであげなきゃ」
「……ふんっ! もう勝てると思っているのか!」
「そうだけど?」
それが何か? という風に首を傾げると、ダルメイドは顔を真っ赤にさせた。
「この僕を愚弄した罪、重いぞ! 我が魔力を糧とし、炎の──ぶっ!?」
ダルメイドの頬を叩く。
「な、何をする!」
「何って……詠唱を邪魔しただけよ?」
「卑怯者が!」
「卑怯? 敵の目の前で長ったらしい詠唱を始めるお馬鹿さんに言われたくないのだけれど?」
「くっ……! 我が魔力を糧と──ぐふっ!」
もう一度、ダルメイドの頬を打った。
「聞こえなかったのかしら?」
「邪魔をするなぁ! 我が魔力を糧とし、炎の(省略)爆炎よ(省略)──」
…………はぁ……呆れた。
私は跳躍し、ダルメイドから距離を取る。
「我が槍が貫かん──
ダルメイドの右手から、突撃槍くらいの大きさがある炎の槍が射出された。
「死ねぇ!!」
ダルメイドは勝ち誇ったように叫んだ。
でも、死ねぇ! はダメでしょう。
観客席のクラスメイト達からは、悲鳴のような嘆きが聞こえる。
アルバートクラスの奴らは、ダルメイドと同じく勝ち誇った笑い声を上げている。
その間も『炎槍』は凄まじい速度で飛来する。
「──お姉ちゃん!」
妹の声が聞こえた。
あの子は今にも泣きそうな顔で、祈るように両手を結んでいた。
……あの子にだけは、みっともない姿を見せられない。
「すぅ、はぁ……」
私は目を閉じ、剣を上段に構える。
深呼吸…………見えた。
「──はぁ!」
魔剣技、絶の型・
全神経を研ぎ澄ませた剣の振り下ろしは、的確に魔法の真核を斬り裂いた。
ラインハルトから伝授された魔を断つ絶技は、彼以外に会得している者はいないとされていた。しかし私は、彼の剣技に負けたくないという一心で、この博打技を会得した。
魔法を斬ろうと考える者は少ない。一瞬でも怖気付けば剣先が鈍って被弾してしまう。そんな危険を背負うより、横に回避すれば楽な話だ。
しかし、相手の心を折るのに十分な効果を発揮する『魔断』は、確かにダルメイドの闘志を削ぎ落としていた。
「……ふぅ、案外、木剣でもどうにかなるものね」
私は軽く息を吐き、剣を眺める。
木剣には、微かに焦げ目が付いていた。
これがラインハルトであれば、木剣だろうと完璧に魔法を斬り裂いていただろう。それこそ息を吸うかのように、自然な様で…………彼に剣の腕で勝つのは、まだまだ先になりそうだ。
「悔しいなぁ……」
自然と口から溢れた言葉は、隠すことのない私の本心だった。
やはり私は、負けず嫌いなのだろう。……いつか、彼よりも完璧に剣を振れるようになりたい。そのためには、もっと強くならなければならない。
「こんな……こんな馬鹿なことがあってたまるか……!」
──っと、今は反省するより、目の前の戦いに集中しよう。
ダルメイドは自慢の『炎槍』が斬られたことにより、半狂乱になって私を指差した。
「反則だ! 魔法を斬るなんて、木剣程度でできるわけがない! 木剣に何かを仕込んでいるに違いない!」
挙句には反則だと抜かしている。
ここで反論するのも面倒なので、私は自分の木剣を叩き折った。そして剣の断面を見せる。
「ほら、木剣には何も仕込まれていないわ。反則なんてしていないわよ」
「だ、だったら、魔法で剣を強化したのだろう!」
「……? 魔法で剣を強化するのは禁止されていないわよ?」
「……この……この僕を馬鹿にするなぁああああ!」
意味のわからないことで激昂したダルメイドは、再び『炎槍』の詠唱に入った。
完全に周りが見えていない様子で、魔力収束も不十分過ぎる。あのままでは、魔力が暴走して大変なことになるだろう。
私は彼との間にある空間を切り取り、一瞬で移動する。
「同じことをやらせるほど、私は優しくないわよ」
ダルメイドの腹に、手加減した『
黒鉄の全身鎧は粉々に砕け散り、ダルメイドは衝撃に耐えられず気絶した。
「勝者、ミア! クラス対抗戦は、アレク組の勝利だ!」
『うぉおおおおおおお!!』
クラスメイト達から歓声が湧く。
「お姉ちゃーーーーんっ!」
誰よりも先にミオが試合場に飛んで来た。
エルフの脚力と風の魔法を組み合わせた跳躍で、文字通り飛んで来た。
私は両手を広げ、最愛の妹を迎え入れた。
「心配だったよぉおお!」
「大丈夫って言ったでしょう? ほんと、心配性なんだから……」
「それでも心配だったの! 怪我はない? あんな硬い鎧を殴って、骨折とかしていないよね!?」
「お姉ちゃんは丈夫にできているのよ。だから泣かないで? 折角勝ったのに、それじゃあ私が悪いことをしたみたいじゃないの」
「……あ、そうだね……お姉ちゃん! おめでとう! 勝ってくれるって信じてたよ!」
「……ええ、ありがとう。ミオがずっと応援してくれていたんだもの、負けるわけないわ」
遅れてアリアが走って来た。
ミオのように人間離れした跳躍をせず、ちゃんと階段を降りていた。
「本当におめでとうございます。そして……あなたに心からの感謝を。確かに私の実力では、あの者達に勝つことはできませんでした。本当に、ありがとうございます……」
アリアは私に深々と頭を下げる。
「前にも言ったけれど、この程度のことは迷惑だと思っていないわ。……でも、そうねぇ……美味しい店を紹介してもらうのはこの前約束させたし、今度は貸し一つってことにしておくわ。だからアリアも泣きそうな顔をしないの」
全く、二人は心配性すぎる。
「いやぁ、流石はミアさんです。素晴らしい戦いを見れました」
次にやって来たのは、オード……オド先生だ。
その後ろには、彼と同じように笑みを浮かべたアレク先生と、更にその後ろには不機嫌オーラを隠さないでいるアルバート先生がいた。
「まさか、あの剣聖様のように魔法を斬るとは思っていませんでした」
「……その話はやめてちょうだい。今の私では、彼の腕には遠く及ばないわ」
「はっはっはっ! 相変わらずの負けず嫌いなのですね!」
「誰でも負けるのは嫌でしょう? ……いつかは超えるわ」
「ええ、剣聖を超える剣の使い手が、この学園から出ることを期待しています」
ただの新入生が『剣聖』を超えるなんて不可能だと思うだろう。
しかし、オド先生は楽しそうに笑った。
「……さて、アルバート先生? これで文句はありませんね?」
「ふんっ!」
「アルバート先生?」
「──チッ、勝手にすればいいだろう! 退け!」
アルバートは吐き捨てるようにそう言い、私達を押し退けて入り口へ向かった。
「汚らしい亜人風情が、調子に乗らないことだ」
「一介の教師風情が、調子に乗らないことね」
すれ違いざまに呟かれた言葉に、私も同じように返す。
アルバートの顔は屈辱に歪み「覚えておけ」と低く唸った。
……覚えておけ、か。
何をするつもりなのかわからないが、面倒なことを企むならば潰すだけだ。
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