第12話 クラス対抗戦

「みんな、申し訳ない」


 三時限目が終了し、昼休みも終わった次の授業時間。

 教室にやってきたアレク先生は、頭を下げ、開口一番に謝った。


 もちろん生徒からしたら、何が? という感じだ。


「先生、それだけではわからないわ。何があったのか教えてくれないかしら?」

「……あ、ああ、そうだね……あの後、学園長室にアルバートを連れて行って、三人で話をしたんだ」


 アレク先生の説明を簡単に纏めると、やはりアルバートはアリア王女の件で騒ぎ続けていたらしい。

 彼に「アリア王女本人がクラス移動を願った」と言っても、残念ながら信じることはなかった。そこまで傲慢だとは思わなかったけれど、人というのは一度信じ込んだものをそう簡単に覆すことはない。彼も、自分のせいで王女が離れたという事実を理解したくなかったのだろう。


 先生にあるまじき子供のような駄々の捏ね方だけれど、ある程度の予想はできていた。

 まぁ、心底呆れはするが。


 しかし、生徒の要望によってクラス変更になるのは、異例の事件なのには変わりない。

 これは普通の生徒ではなく、『アリア王女』だったから了承されたことなのだろう。つまり、特定の生徒を特別扱いしてしまったということになる。

 その問題点を突いたアルバートは、それをダシにして一つの条件を提示したらしい。


「そんなことがあって、クラス対抗戦を行うこととなった」


 アルバートが提示してきた対抗戦のルールは以下の通り。


・人数は二人まで。

・使用する武器は木剣のみ。

・魔法は中級まで使用可能。

・致命傷になる攻撃は禁止。

・勝敗は相手が降参するか、審判役が続行不可能と判断した場合のみ。


 この五つだ。


 あのアルバートが提示したルールなのだから、あちら側が有利になるような条件を握らせてくるのかと思ったが……想像以上にシンプルなものだった。

 これは、有利な条件を提示しなくても余裕で勝てると思われているのか、また別なところで邪魔を入れるつもりなのか。どちらかはわからないが、表面上はちゃんとした試合内容に見える。


「こちら側のメリットは、アリアを正式にこのクラスの一員として認める……って感じかしら?」

「ええ……それと、今後一切アリアさんに手出しをしないということも約束させます。他には何かありますか?」

「……いえ、それで十分よ」


 しかし、入学早々の模擬戦だ。

 クラスメイトの面々はまさかこうなるとは思っていなかったのか、皆揃って怖気付き、動揺の色を表している。


「勝負は明日。午後に訓練場を使用して行います。皆さんを巻き込んでしまい、申し訳ないと思います。ですが、どうか協力をお願いします」


 誰も名乗り出ない。

 それはわかりきっていたことだ。誰も上級貴族となんて戦いたくないだろう。彼らの悪名はすでに貴族界隈では知り渡っており、特に貴族の生徒は顔色を悪くしている。


 その結果、皆は黙り込み、俯く。

 教室には沈黙が降り立ち、居心地の悪い空気が流れ始めた。


「──私が出ます」


 沈黙を打ち破り、一番に名乗り出たのはアリアだった。


 事の発端は彼女から起こった。それに責任を感じているのだろう。


「これは私がわがままを言ったのが始まりです。自分のことは、自分で決着を付けます」


 国を背負う王女らしい勇ましい言葉だと思う。

 皆もアリアが立候補するのは普通みたいな雰囲気になる。しかし、私はその意見に待ったを掛ける。


「私は、アリアを出すのに反対よ」

「ミア! お願いです!」

「却下」

「どうしてですか!」


 アリアは怒っているようだ。覚悟を無駄にされたことに腹が立ったのか、彼らに勝てないと暗に言われたことが悔しいのか。


 不満を隠すことなく隣に座る私に詰め寄り、彼女は必死に「私も戦える」と訴えてきた。クラスメイトも、出させてあげろよと言いたげに私を見てくるが、それら全てを私は無視した。


「あなたでは無理よ」

「どうして……!」

「……何、自分のことなのに気が付いていないの?」

「何が、ですか?」


 はぁ、と私は溜め息を吐いた。


 そしてアリアの手を指差す。

 彼女の手は──震えていた。


「そんな震えた手で、どうやって戦うと?」

「──っ! くっ、これ、は……!」

「相手は、まだ未熟なあなたに比べれば強敵……嬲られて笑い者にされ、終わりよ」


 性根は腐っていても、相手のクラスはアルバートが目を付けたエリート集団だ。

 そいつらを相手に、模擬戦も十分にしたことのない者が出ても意味はない。むしろ奴らに恥を晒すだけだ。それならば、やる必要はないだろう。


「だから、でやるわ」

「……いくらミアさんでも危険では?」


 アレク先生も、私の宣言に難色を示している。

 しかし、私は考えを改めるつもりはない。


「危険? 誰にものを言っているのかしら?」

「でも、ルールでは二人と……」

「二人まで、でしょう? 一人でも問題ないわ」

「ですが…………」

「何か問題でもあるのかしら?」


「──あるに決まっているだろう」


 そんな時、クラスメイトが横槍を入れてきた。

 確か……下級貴族の息子だったか? 不機嫌そうな態度のまま、彼は口を開いた。


「ミアさん、君の実力は確かに凄いと思う。それは二時限目の実技でよくわかった。……だが、君はわかっていない。相手は上級貴族の集まりだ。彼らは小さい頃から英才教育を受けていて、全員が平均以上の実力を持っている。おそらく相手は実力トップの二人を出してくる。それを相手に不利な状況で戦うのは、いくらミアさんでも危険だ」

「…………ふふっ……!」

「なっ! 何を笑っているんだ!」

「…………ふふっ、あはは……まさか、私が心配されるなんてね……ベールくん、だったかしら? ありがと」

「…………っ〜〜! そういう意味じゃない!」


 ベールは赤面させ、元の席に戻ってしまった。


 ……いやぁ、戦いのことで誰かに心配されるなんて、いつぶりだろうか。


 英雄である私は、勝つことが当たり前だった。どんな強力な魔物が相手でも、陰謀によって窮地に立たされても、私は必ず勝ってきた。

 ラインハルトと国王も、最初の頃は私の身を案じてくれていたけれど、今はもう誰も私の心配なんてしない。したところで無駄だからだ。


 それに私自身、心配されるのは億劫だと感じていた。


 でも、不思議と今は悪い気はしない。


「私は一人でも大丈夫。あなた達は見守ってくれているだけでいいわ」


 明日、私がやることはわかりきっている。


 ──勝利する。


 どんな姑息な手段を使われようと、真正面から捩じ伏せる。

 それが絶対強者である『英雄』の戦い方だ。




          ◆◇◆




 訓練場は闘技場のような作りになっている。

 もちろん観客席はあり、階段状になっている椅子に私達のクラスは座り、その反対側にアルバートのクラスが座っている。


 相手の方は上級貴族なので、誰もが従者を持っている。そのため私達のクラス以上の人数が集まっていた。

 奴らは自分達のクラスが勝つことを信じて疑わず、侮蔑と嘲笑の入り混じったような態度でクラスの皆を指差し、口々に罵っていた。


 訓練場は広い。大声を出さなければ、反対側の席に声は届かないだろう。

 それでも、馬鹿にされているのは雰囲気でわかる。皆はそのことに苛立っているようだが、ベールを含む貴族の者に諭され、気にせず私を応援することを決めてくれたようだ。


「お姉ちゃん! 頑張ってーっ!」

「ミア! 応援していますから!」

「あれだけ強気だったんだ! 負けたら許さないぞ!」

「上級貴族をギャフンと言わせてやれ!」


 クラスの皆が永遠を飛ばしてくる中、私は内心荒れていた。

 そして同時に、彼らの耳にあいつらの言葉が入らなくて良かったと思っている。


 私はエルフということもあり、アルバートクラスの侮蔑の言葉は全て耳に入っていた。その言葉は、どれもが人権を否定しているような聞くに耐えないことばかりだった。

 英雄として動いている時ならば、あいつら全員を切り捨てていたくらい、我慢ならない言葉だ。


 まぁ、よくぞここまで馬鹿を集めたなとアルバートには感心した。

 こいつら全員を始末すれば、少しはこの国も平和になるのではないか? と、そんな危険な思考に陥ってしまうほど、私は苛立ち隠せてはいなかった。


「…………遅い……」


 私は中央の試合場にて対戦相手を待っていた。

 しかし、いつまで経っても対戦相手と先生達は現れない。


 軽いストレッチも終わらせ、こちらは準備万端なのだが……呼びに行った方が良いだろうか?


「すいません! 遅れました!」


 そう思った時、アレク先生が慌てたように訓練場に入ってきた。

 彼の後ろにはアルバートとオド先生、そして対戦相手の……黒鉄製の全身鎧に包まれたダルメイドだった。彼の魔力は覚えている。顔が見えなくても、あの馬鹿貴族だとすぐにわかった。

 それと同時に、私は己の悪運を呪った。会いたくないと思っていた人物と会うことになるとは……どうやら私は、自然と面倒事を引き寄せてしまう体質らしいと、今になって理解した。


 しかし、少し考えればわかることだ。


 アルバートクラスの席には、ダルメイドの従者三人が座っていたが、その本人は見当たらなかった。彼の存在を忘れていたというのもあるが、情報を整理しておけば彼がすぐに私の対戦相手だと予想できただろう。


 だからと言って勝つことに変わりはないが……。


「それじゃあ、始めましょうか」

「ミアさん!? ちょっと待ってください! おかしいとは思わないんですか!」

「おかしい? ……ああ、なるほど。そういうことね」


 ダルメイドが引き連れてきたのは、五人。

 その全てが獣人の女の子で、首に奴隷の証であるチョーカーを付けていた。全員どこか共通している見た目なので、姉妹だろうか?

 彼女らも頭以外は鎧を纏い、完全装備だった。しかも木剣ではなく鉄製の剣を持っている。


 しかし、これは反則ではない。


「奴隷は人ではない。だから人の数に数えられない。それがこの世界の常識よ」

「そうだ。反則ではなかろう?」


 アルバートと同じ意見なのは非常に不愉快だけど、これは仕方のないことだ。どの道こう来るだろうなとは予想していたので、別に構わない。


 ただ、私の中で、彼らの評判がガタ落ちしたくらいだ。


「しかし……!」

「まぁアレク先生。ミアさんが大丈夫だと言っているのだから、私達が何を言っても無駄ですよ」


 まだ納得しきれていないアレク先生を、オド先生がなだめる。


「彼女ならこの程度の数なんともありません。絶対に勝ってくれるでしょう」

「……ほう? それは聞き捨てならないな。この僕が負けるというのか?」

「ええ、ミアさんなら勝ってくれますよ」

「ふんっ! どうだろうな。僕の鎧が見えないのか? 普通の鉄以上の硬さを持つ黒鉄だ。ただの木剣程度では、痛くも痒くもない!」


 ダルメイドの勝ち誇ったような顔に、アレク先生はまたもや悔しそうに歯を食いしばる。


 確かに、木剣程度では黒鉄を斬ることは不可能だ。あのルールに武器のことは書かれていても、防具のことは書かれていなかった。反則ではない。

 だからって自慢するように堂々と言い張るのはどうかと思うが……そこら辺はやはり馬鹿なのだろう。


「それに、忘れていないか? この模擬戦は二人まで参加可能だ。僕にはもう一人仲間がいる! こいっ!」


 その言葉で試合場に登場したのは、これまた全身鎧を纏った者だった。身のこなしから見て男性だろう。学生の身長ではないと思うけれど……顔が見えないので生徒ではないと断定はできない。でも、十中八九ダルメイドかアルバートが冒険者でも雇ったのだろう。


「それで、貴様の仲間はどうした? もう一人いるのだろう?」

「いいえ、私一人よ」

「はぁ? どういうことだ?」

「あら、上級貴族のくせに頭は弱いのね。私一人で十分って意味だけど?」

「なんだと貴様ぁ!」

「……頭だけではなく耳も悪いのね。私一人で十分って言ったはずだけど、聞こえなかったかしら?」

「このっ……!」


 私はあえて相手を嘲るように笑う。

 ダルメイドは顔を真っ赤にさせ、プルプルと拳を握った。


 この程度の挑発に乗る奴は、高が知れている。

 挑発で相手の実力を測れることを理解していない相手には、この手段は役に立つ。何故なら、ついでにストレスが溜まり、余計に苛立って正常な判断ができなくなるからだ。


 戦いは常に平常心を保て。

 それを理解していない奴は、戦場では良いカモだ。


「くそ、もう良い! 早く始めるぞ!」

「あ、その前に一ついいかしら?」

「なんだ!」

「その奴隷、私が勝ったら譲ってくれないかしら? ちょうど家で雇っている使用人が何人か定年退職して、人手不足で困っていたのよ」

「勝手にしろ! この程度のことで負けるような奴は必要ない!」


 ──よし。


 私は心の中でガッツポーズを取った。


 使用人不足で困っていたのは本当だ。何処かで求人を出して探すのも面倒だったので、こうして奴隷が手に入るのなら一石二鳥というものだ。


 私は人も亜人も、奴隷にだって差別はしない。そうすれば互いの仲が悪くなるだけだと知っているからだ。

 なので、彼女達を解放することができれば、普通の人と同じくらいの給料を与えるつもりでいる。私の家は広いので、全ての使用人は一緒に住んでいる。亜人や奴隷だろうと差別しない人を選んでいるので、元は奴隷でも居心地は良い方だと思う。家の物は自由に使っていいと許可しているし、不自由な暮らしはしないだろう。


「ということで、よろしくね?」


 なるべく優しく微笑んだつもりだったけれど、奴隷達は頷かなかった。

 まだ主人はダルメイドなのだ。主人の前で助けを求めるようなことはできないのだろう。


 彼女らの瞳は怯えに染まっていた。その感情は私にではなく、主人であるはずのダルメイドに向けられている。


「さぁ、始めましょう」


 私はスイッチを切り替える。

 ここから始まるのは──英雄の戦いだ。

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