第11話 邪魔者
「……ひどい目にあったわ」
訓練場の端っこで、私は死んだ魚のような目をしていた。
あの後、クラスメイトの質問責めにあった私は、精神も体力もすり減っていた。
ようやく
「誰も助けてくれないし、誰も助けてくれないし、誰も助けてくれない……酷い世の中になったものよね」
私はこんな世界を変えたい。
素直にそう思った。
私ならできる。
だって英雄ですもの。
「悪かったって、お願いだから許してよお姉ちゃん」
「困っているミアが珍しくて……申し訳ありません」
「…………ふんっ!」
ミオとアリアが同時に謝ってくるけれど、私は鼻を鳴らして不機嫌を隠さなかった。
「…………膝枕」
「え……?」
「ミオが、膝枕してくれるのなら、許してあげてもいいわ」
「ふぇっ!?」
途端に顔を赤くさせるミオ。
しかし、私は一度言ったことは捻じ曲げない。
「膝枕」
「えぇ……あ、アリア……どうしよう?」
「ミオ……機嫌を取るための犠牲となってください」
「アリアまで!?」
ついには涙目になるミオ。しかし意を決したように頷き、私の横に座る。
そして膝をポンポンと叩き、私は英雄の素早さを活かして速攻飛びついた。
「うぅ……恥ずかしいよぉ……」
遠くの方からクラスメイトの視線を感じる。
しかし、そんなの御構い無しに、私は妹に膝枕をされていた。
「はぁ、癒されるわぁ……ミオの膝枕は精神治療に効くわね」
「そんな治療術いらないよ! ほら、もう満足したでしょ!」
「まだ、ミオ成分が足りていないわ」
「ミオ成分って何!?」
すぅーーーーーはぁーーーーーー……ああ、ここは楽園なり。
「ちょっとお姉ちゃん!? くすぐったい──ひゃんっ! 顔擦るのやめ、んっ……」
ミオの声が危ないものになっている。
これは色々やばいと判断した私は、名残惜しさを残して妹の膝から離れ、起き上がる。
「……私は満足よ」
「ミアの機嫌が直ったようで安心しました」
「他人事のように言って……アリアにも後で何かさせるからね」
「…………それは……お手柔らかにお願いします」
さて、アリアには何をさせようか。
「……ん、何やらあっちが騒がしいわね」
もうすでに三時限目の鐘は鳴っている。
だが、未だにアレク先生は訓練場に姿を現していなかった。
なのでやっと彼が到着したのかと思ったけれど、どうやらクラスメイトの表情を見るにそうではないらしい。
彼らは何か困惑しているような、そんな顔をしていた。アレク先生がやって来たのとでは、明らかに態度が違う。
では、一体なんなのだろうか。
入り口の方に目を向けると、ある男性が一人、訓練場に入ってくるのが見える。
「あれは……」
見るだけで目がチカチカするくらいド派手で、真っ赤なローブを羽織った男。
あんなに目立つローブを羽織っている男には、見覚えがあった。
「アルバート……他クラスの先生が何の用かしらね」
私は警戒心を一段階上昇させ、アルバートを見つめる。
「……わかりません。ですが、良い雰囲気ではありませんね」
アリアの言う通りだ。
彼はクラスメイトに注目されている中、不機嫌そうに「ふんっ」と鼻を鳴らし、訓練場を見渡した。
そして、こちらに向かってズカズカと歩いてくる。その表情は苛ついているように見える。
「ミオ、アリア。私の後ろから動かないでね」
「……うん」
「……はい」
きっと良くないことが起こると悟り、私はベンチから立ち上がって二人の盾になるように前に出た。
アルバートの表情は、より不機嫌に歪む。相変わらずの亜人嫌いのようだ。
「あら、アルバート先生。こんにちは」
「……そこを退け、亜人」
挨拶を無視、か……。
「あなたのクラスは授業中でしょう? それなのに訓練場に何の用かしら?」
「退けと言っているのがわからないのか?」
「退くも何も、この先にはベンチしかないわ。硬い椅子に座るくらいなら、職員室に帰って自分の椅子に座った方が居心地が良いんじゃないかしら?」
「汚らしい亜人風情が……私の邪魔をしようと言うのか?」
「あら、仮にもあなたは先生でしょう? 生徒を罵倒するのはどうかと思うけれど?」
「亜人に亜人といって何が悪い。力の無い屑種族が、上級貴族に逆らうのか?」
「ふふっ……」
「…………何がおかしい」
「ええ、おかしいわよ。力も無い屑種族? なら、その屑種族の下に付いているあなたは、何種族と呼べば良いのかしらね? ……それに、この国を守っている英雄も亜人よ? 力が無いだなんて、彼女以上に力の無い傲慢貴族に言われたくないわ」
「貴様ぁ……! 俺を愚弄するのか!」
「先に愚弄したのは先生の方よ。それと気付いていないようだから教えてあげるけど、一人称が変わっているわよ、アルバート先生。……もしかして、亜人風情に論破されたから焦った?」
「殺す! ──炎よ、焦がせ『
我慢の限界を迎えたアルバート先生は、口早に魔法の詠唱を完了させ、私を焼き殺そうと超至近距離で大火力の魔法を放った。
炎に包まれる私。ミオやアリアだけではなく、こちらを見守っていたクラスメイトまでもが悲鳴の声を上げる。
「くははっ! 私の邪魔をするからこうなるの──」
「ふむ、火力は申し分なし。詠唱も意外と早いのね。流石、この学園の教師としての実力だけはあるようね」
私は右手を払う。
それだけで私を包む業火は霧散した。
「でも、魔力収束が疎かすぎるわ。だからこんな簡単に対処ができてしまう。……あなた、戦闘経験無いでしょう?」
軍人たる者、常に平常心を保て。
それが基本にして重要なことだ。
しかし彼は、それが全くなっていない。戦場に出ていない証拠だ。
「貴様、一体何者なのだ……!」
「私? 私はただの亜人よ。力が無いはずの、ね」
アルバートの表情が屈辱に染まった。
力一杯睨み、再び魔法を放とうと右手を向ける。
私はそれよりも早く、右手をアルバートに向けた。
「──なっ! う、動けん……!」
「あなたのことは、
全てを掌握する『
視界に映る全ての空間を掴み、固定する。それは敵の姿だけではなく、魔力の流れすらも掌握する。一度私の天握に捕らわれた者は、私の許可がない限り絶対に動けない。これを破られたことは、まだ一度もない。
「さぁ、何の目的でここに来たのかしら? 口くらいは動くようにしておいたわ。早く話しなさい」
英雄の迫力を持って、私はアルバートに問いかける。
「くっ……私、は……!」
「すいませーーーん! 学園長との話が長引いてしまって遅れまし……え、何これ……?」
緊迫した空気を打ち破ったのは、訓練場に駆け足で入ってきたアレク先生だった。
「急にアルバート先生が入ってきて、口論になったの」
「違う! この亜人が急に攻撃してきたんだ!」
私はアルバートを掴んだまま、アレク先生に事情を説明をしたが、口を自由にしていたのが仇となったのか、馬鹿が邪魔をしてきた。
「アレク! 貴様の生徒はどうなって──むぐっ!?」
「ちょっと黙ってて。あなたが喋ると話が進まないわ」
「むごごっ! むごごご……!」
「うるさいわねぇ……このまま息の根も止めるわよ?」
「──っ!」
殺意を込めた瞳で睨むと、アルバートは息を詰まらせコクコクと勢いよく頷いた。威厳も何もあったものではない。
しかし、これで静かになった。
私はアレク先生に事の顛末を説明した。
目撃人は多数居るのだ。私の言葉が正しいことは、すぐに証明された。
「……なるほど、私が居ない間に、そんなことが起こっていたとは……ご迷惑をお掛けしました」
「アレク先生が謝ることじゃないわ。謝るべきなのは、勝手に訓練場に入ってきて理由も言わず強引に何かをしようとしたアルバート先生よ」
……まぁ、こいつは謝らないだろうけれど。
「アルバート先生、クラスのことを放っておいて一体何用だったのですか?」
「…………」
「……ああ、もう話していいわよ」
「──こいつが悪いんだ! 私の邪魔をしたこい──ぶっ!」
自由になった途端喚き散らしたアルバートの顔を、アレク先生が容赦無く殴った。
優しげな笑顔を浮かべている先生なので、まさか殴ってくるとは思わなかったのだろう。アルバートはポカンと呆けたような表情になる。
かくいう私も、彼の躊躇無い拳に少し驚いてしまった。
「ちゃんと答えてくれますか? 私、こう見えて怒っているんですよ。アルバート先生、私の生徒に『
「そんなの知る──っ!」
再度、アルバートは顔を打たれた。
「早く答えてください。何の用で来たのですか? しょうもない理由だったら、学園長に報告します」
「ふんっ! 盗人が調子に乗るな!」
「……盗人? どういう意味です?」
「アリア王女だ! 王女は私のクラスに入る予定だった。なのに、当日になってクラス変更と聞かされた! 貴様が功績を欲張って学園長に頼んだのだろう! 右腕だからか知らないが、下級貴族如きが調子に乗らないことだ!」
「…………はぁ、そういうことですか。そんなことのために、私の生徒を巻き込んだと?」
「そんなこととは何だ! これは明らかな不正行為だ。貴様こそ、学園長に報告してやる!」
アレク先生が「これ、どうしましょう?」と言いたげな視線を向けてくる。
まさか、この程度の理由で自分のクラスを放置し、私達のクラスの邪魔をしに来たとは……怒りを通り越して呆れたのは久しぶりだ。
この男こそ『王女の担任』という功績を欲しがっているだけではないか。人のことを言えないのに、こうも人とは醜く喚けるのか……。
「私はただの生徒だから、この件は先生に任せるわ」
「……このような時だけ生徒顔するのは、少々ずるくはないですか?」
「何のことを言っているのだか、見当も付かないわね」
「まぁ……いいです。それでミアさん、拘束を解除してもらっていいですか?」
「別に構わないけれど、大丈夫なの?」
「ええ、これを使えば、例えアルバート先生だろうと何もできません」
それは鉄製の手錠だった。
しかし、それから微かに魔力反応を感じる。これは魔法の発動を封じる手錠だ。魔法使いの犯罪者によく使われている物なのだが、アレク先生も用意周到だ。
「三時限目は自習とします。各自、怪我の無いようにお願いしますね。…………ほら、行きますよ」
アレク先生はアルバートを連れ、訓練場を出て行く。
自習と言われても、急な場面に遭遇したクラスメイトは立ち止まったまま、未だ思考を停止させていた。
「…………ミア……」
「何、アリア?」
「ごめんなさい……私のせいで危険な目に合わせてしまって」
アリアは頭を深く下げた。
「……どうか顔を上げて。王女様に謝罪をさせたなんて噂が流れたら、面倒だわ」
「ですが、私がわがままを言ったせいで……むぐっ!」
私は、人差し指をアリアの口に押し当てた。
「それ以上は言わないの。私達は友達でしょう? この程度、迷惑にもならないわよ」
「ミア……」
「まぁ、それでも責任を感じているのなら、後で美味しいお店を紹介してくれればチャラってことにしてあげるわ」
「……はいっ!」
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