第10話 回復師


 次の日もギルドの救護室へ、回復魔法の訓練に行く。怪我人が来るまでは、師匠と勉強。


「師匠、回復魔法が使える人はまぁまぁ居るけど『回復師』は少ないって、リリルさんが言ってたんだけど……」

「そうじゃ。簡単な切り傷や打ち身程度を消すくらいなら、出来る者は多い。しかし回復魔法は消費する魔力が大きいんじゃ……元の魔力が少ない者には向かんの」

「じゃあ『回復師』は魔力が多い人の事?」

「いや、そうではない。魔力が高くても、切り傷しか治せないのでは『回復師』を名乗る資格はない。せめて千切れた指を元に戻すくらいは出来てほしいのう」

 えええ!?ハードル高!!

「師匠……僕、出来る気がしないんだけど……」

「何を言っておるんじゃ。タロウは必ず出来るようになるぞ。……何せいきなり『蘇生』じゃからのう」

 蘇生……。そうだ、僕がジローを助けたって言う、

「あれは、たまたま……だったって事も……」

だろうが偶然だろうが、一度出来たんじゃ。そもそも素質のない者には起きんよ」

 一度出来た事は必ずまた出来る……ってことかなぁ。師匠の言うことだから信じるけど、ただ……。

「死んだ人が生き返るのかぁ……」

「……ん?……いやいや、タロウ……死んだ者が生き返るワケなかろう」

「えっ?」

「……何か大きな勘違いをしておるのう」

 あれ?『蘇生』ってそーゆー意味じゃ?実際、ジロー生き返ったし……。

「死んでしまったら蘇生は出来んよ。そうじゃな、例えば……」

 師匠のしてくれた説明は、ちょっとグロテスクだった……。

 例えば、腕や足を切り落としても、それだけで人は死なない。直ぐであれば、そして優れた回復師であれば、再びつなぎ合わせる事も可能だ。

 では首をねたとしたらどうか?

 当然、その人は死ぬ。離れた頭と胴体を元に戻したとしても、生き返るわけじゃない。

「魔族ならやりそうじゃが……魂が離れた肉体は、もはや人ではない」

 うわ、想像しちゃった。ゾンビ!

 でも、良かった。そうだよ……ゾンビを作れちゃったら怖すぎる!

 つまり『蘇生』は、人ではなくの状態の人を生き返らせる、って意味のようだ。

「じゃあ師匠、ジローはあの時、死んでなかったんだね」

「うむ……しかしドーンは『確かに死んでいた』と言っておったの」

 僕もそう思った……あの時、ジローは冷たくなっていて……ああ、思い出すと今でもゾッとする。───ジローが生きててくれて、本当に良かった!!

「……タロウ、ジローはもしかすると……」

「はい?」

 コンコン!

「すみませーん、イタタ……」

 あ、今日最初の患者さんだ。


「ありがとうございました」

「うむ、気を付けてな」

 患者さんが帰ったら、また勉強。


「病気はどうやって治すんですか?」

「まず、何処が悪いのかを探し出すんじゃ。病の原因じゃの。じゃが……コレが一番難しい」

 まず全身に薄く回復魔法をかけていって、悪い箇所を突き止める。原因がわかれば、修復、あるいは悪いものを消せばいい。

「修復はケガを治すのと同じじゃ。悪いものを消すのは……簡単に言えば攻撃魔法と同じじゃ。原因を探すのが難しい。ま、修行と経験が必要じゃの」

「難しそう……」

「もちろんじゃよ。何者になるにせよ、一人前になるには勉強と修行と経験……つまり鍛錬は必要じゃ」

 でも、いくら努力をしても資質のない者は最高峰には行けない。資質があっても鍛錬を積まない者は成長しない。剣も魔法も職人の技術も、全て一緒だと───そして、残念ながら師匠でも原因が分からず、治せない病気もある……。ワシもまだ完璧ではない、と師匠は言った。

 ……そうだよな。考えてみれば当たり前の事なんだけど『魔法』って簡単に何でも出来るものじゃないんだな。


 それから、魔力は使えば使うほど鍛えられて、魔力は増え、使える魔法も強くなると教わった。体力と一緒かな?だとすると、年を取ると衰えて行くのかな?

「そうじゃ。じゃが体力の衰えが始まっても、魔力はまだ成長する。ワシはまだ現役バリバリじゃ!」

「あ、それはもちろん……えっと、回復魔法で自分を治す事は出来るの?」

「出来ん事もないが……余程の緊急事態でも無い限り、止めておいた方が良いぞ」

「どうして?」

「『魔力酔い』になるんじゃ。アレは、かなり……最悪じゃ……」

 師匠はものすご~く嫌な顔をした。

 うん。止めておこう。

「じゃあ回復師は、自分がケガしたらどうしたらいいの?」

「他の回復師に頼むなり、回復薬を使うなりすれば良いじゃろ」


 そこでまた、患者さんが来た。

 冒険者が負ぶって入って来たその人は、顔が青白く、ぐったりしている。すぐベッドに寝かせて、運んで来た人に師匠が聞く。

「何があった?」

「北の沼地で、ブルゴーンに腹をやられた。倒した後、回復薬を使ったんだが……」

 師匠が患者さんを調べる。僕も見たけど、うっすら傷痕はあるものの、傷は塞がってる。

「ふむ……ちと血を流し過ぎたようじゃ。タロウ、カウンターに行って『造血剤ぞうけつざい』を買って来なさい」

「あ、俺が買って来ます!」

 冒険者が慌てて出て行った。

「大丈夫じゃよ。ちと血が足りておらんから、力が入らんだけじゃ」

 師匠がそう言うと、患者さんはホッとした顔をした。

 冒険者が買って来た薬を飲ませて「しばらく安静じゃ」と師匠が言うと

「ありがとうございます……後で迎えに来るからな。……先生、宜しくお願いします」

 冒険者は仲間に声をかけてから出て行った。

 ……ああ、緊張した!!

 とりあえず大丈夫みたいだ。良かった!


「まず何があったのか知る事が大事じゃ」

 魔物にやられたなら、毒の可能性もある。この患者さんの場合、戦った魔物は毒を持っていないこと、傷がそこそこ深かったであろうこと、戦いが終わってから治療したこと……などから、出血多量、と師匠は判断し、造血剤を使った。

 ……回復師って……やっぱり凄く……物凄く知識が必要だよね!?

 僕はこの世界のさえないのに───!!

「確かに、魔物の知識や薬の知識も必要じゃが……一番重要なのは、イメージじゃよ。知識は、イメージする為の補助に過ぎん」

 どの魔法を使うにも重要なのはイメージで、僕にはその才能がある、と師匠は言ってくれた。『魔法』そのものを知らなかった事が、却って良かったのかもしれない、とも。

「タロウはまだ修行を始めたばかりじゃろ。焦ることはない。大丈夫じゃ。このワシの弟子なんじゃから」

「はい、師匠!」

 師匠が「大丈夫」って言うと、本当にそう思える。うん、ゆっくり頑張ろう!


「ところでタロウ。ジローなんじゃが……」

「ジロー?」

「……他の犬と比べて、何と言うか……違う所はなかったかの」

「他の犬と違う所?……ジローは賢くて、優しくて……あとは……普通だと思うけど」

 ジローは雑種だし、向こうで白い犬は珍しくもないし、他の犬は飼った事ないし。

 でもジローは11~12才くらいで、人間で言うと結構おじいちゃん。

「そうだ。ジロー、こっちに来てから凄く元気になりました。あと……大きくなった気がする」

「ふーむ……」

 ……どうしよう。もしかして、ジローが居ると迷惑?そんな……!

「し、師匠……やっぱり迷惑……」

「いやいや、そうではない!タロウとジローは可愛いぞ!……いや、スマンの。ジローは本当に賢いからのう。他の犬とは違う気がしての」

「迷惑じゃ、ないですか……?」

「当たり前じゃ」


 今日も先に帰っていいと言われ、夕飯の買い物を頼まれた。

 部屋を出る前にさっきの患者さんのベッドを覗くと、静かに寝息を立てて……だいぶ顔色が良くなってる。さすが師匠だ!

 僕は安心してギルドを出た。


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