第11話 ライラプス


「ただいまジロー!お散歩行こう!」

「ワッフ!」

 今日はちょっと行きたい所があるんだ。

 一昨日おとといカバンを買った、袋屋さん。

「ジロー、ちょっとだけ待ってて」

「ワゥ」

 ジローを置いて店に入る。

「いらっしゃいませ……あれ?この間の」

「こんにちは。今日は袋が欲しいんだけど……」

「はいはい、どんな袋?」

「えっと……洗濯物を入れて乾かすヤツ」

「ああ、じゃあコレでいいかな?銅貨四枚半だけど」

 ちょうどラキルの袋と同じようなヤツだったのでそれを買って、店を出た。

「ジロー、早かっただろ!」

「わぅ……」

 ジローの前に弓を背負った綺麗な男の人が立っていた。金髪で長い耳、エルフだ。その後ろに黒茶毛の犬がいる。けど……あらら、しっぽが足の間に入っちゃってる……。ジローが怖いのかな。

「ゴメンなさい、行こう、ジロー」

「……」


 次はパン屋さん。

「待っててね」

「ウ」

 パン屋さんは……スゥ〜〜〜……はぁぁ〜~いい匂い!

 やっぱり、色んなパンがある!どれも美味しそう!とりあえず食べてみないと味は分からないから……色と形が違うパンを四種類、買ってみる。楽しみだな〜!そこそこの大きさのパンが四つで小銀貨一枚だった。

「お待たせ。……?」

 ジローの視線の先に、さっきのエルフと犬。少し離れた所からジローを見てたみたいだ。

 ちょっと話かけてみたいけど……。エルフの連れている犬が、やっぱり怖がっているみたいだから止めておこう。ジローは仲良くしたいみたいなんだけどな。


 市場でおかずを買って、ジローと少し遠回りをして帰った。村の中をちょっと歩いてみたかったんだ。

 民家はお店のある通りみたく密集しているんじゃなくて、程よく間が開いて、家と家の間の塀も、あったりなかったり。まばらに木があって、あちこちに花が咲いていて……。東京で育った僕には、まるで贅沢な別荘地のようにも見えるけど、自然で素朴で……『のどか』ってこういう雰囲気を言うんだと思う。ジローもリードなしで、のびのびと歩き回っている。……夕飯の支度の匂い。赤ん坊の泣き声。なんだかほっとする。

 いいな、ここ。僕、この村、好きだな。


「ただいま〜」

「ワッフ〜」

 ……鍵がかかってたから二人ともまだ帰ってないのは分かってたけどね。

 よし。二人が帰って来る前に、夕飯の準備をしよう!僕はこの前、誉められたので張り切っている。

 レタス(?)をひいて、今日買って来た、肉と野菜の甘辛煮をのせて……、ラキルはいつもスープかシチューを作ってるから……あ。……ダシの取り方が分からない。ダシの素とかないみたいだし……。今度、ちゃんと聞かないと!

 火の着け方は教わったけど、消し方を聞いてなかった。……結局、お湯をわかすことも出来ず、野菜を切るだけにしておいた。


「ワワン!」

 ちょうど野菜の準備が終わった時、ジローが玄関のドアに走り寄って行った。パタパタしっぽを振ってる。

「ただいま……おっ、ジロー!待っててくれたのか!?」

「お帰りなさい……あっ」

 ラキルの後ろに、師匠と……さっきの綺麗なエルフ!

「おおタロウ、お客さんじゃ。ワシのおいで……」

「先ほどは失礼しました、タロウ。私は、セラ・ポー・シュエルツェン」

「あ、初めまして……師匠……ナイル先生にお世話になってます。太郎です。あと、ジローです」

 慌てて頭を下げた。

「ジロー……」

 セラさんは一瞬、困惑したような、少し不愉快そうな顔をした。犬嫌い?いや、さっき犬と一緒に居たよな。

「セラ、まあ座って……」

「タロウ、ライラプス様をお育て頂き、エルフを代表して感謝いたします」

 セラさんが片手を胸に、腰を折った。仰々しい感じ……。??……ライ……何? 感謝?

「セラ!話が性急すぎるわ。とりあえず座って話を……」

「いえ、叔父上。私は一刻も早く、ライラプス様をお連れしなければ」

「おい、セラ……さん。ジローの主人はタロだぞ」

 なんかラキルが怒ってる? 師匠は困ってる感じだし……話が全く見えないし……。

「とりあえず、お茶入れます……?」

 僕がキッチンに行こうとすると、

「ああ、茶は俺が入れるよ」

 とラキルが来て、僕とすれ違いざまに小声で「……タロ、負けるなよ」と言った。

 え、何!?なんなの!?


「……」

 セラさんと師匠と一緒にテーブルを囲んで座る。なんだろう、この重苦しい雰囲気……。

「……本当はワシから折をみて話したかったんじゃが……どうも確信が持てんかったしのう」

 師匠……なんの話?

 はぁ、とセラさんが溜息をつく。

「私がお話いたします。タロウ。あなたが『ジロー』と呼んでいるあの方は、『ライラプス』という神獣です。神獣とは大いなる神の側近であり、我らエルフの守護神であり、また、エルフは神獣を守護します」

 へえ……。この人なにを言ってるんだろう。

「……十一年前、ライラプス様が転生なされた直後……何者かによって連れ去られ……」

「連れ去られたかどうかは分かっておらんじゃろ」

「……。それからずっと、お探ししておりました。それが数日前、長老がライラプス様の気配を感じられて」

「……」

「この村に派遣されて来てみたら……まさか叔父上の手元に」

 ジローの話……?連れ去られ?……確かに、僕とジローが出合ったのは十一年前、だけど……。

「……あの!……ジローが、そのライなんとか、だってこと?」

「ライラプス様です」

「……だとしたら、何だって言うんですか?」

「……もちろん、エルフの里にある神殿にお帰り頂きます」

「!?」

「セラ。先程も話したであろう。この二人は互いに幼き頃から……」

「しかし叔父上……」


「ジロー、おいで」

「ワン!」

 ───僕が五歳の時、僕の家の庭で震えていた小さなジロー。飼ってくれなきゃ嫌だ、と泣き喚いた僕。僕の弟だから、二郎。

「ジローは、ジローだよな?」

「ワウ!」

「……ライラプス様。今はお忘れかも知れませんが、里にお帰りになればご自身の能力も思い出されましょう。まず一度……」

「待てセラ、分かった!とにかく一度、ジローを里に連れて行こう。ただし、タロウも一緒にじゃ」

「叔父上、それは」

 ドンッと甘辛煮の載った皿がテーブルに置かれた。

「俺も行くぞ。……タロとジローに何かされちゃ、困るからな。……だが、まずは飯だ」

 ラキル……。

「そうじゃな、セラ、お主も食っていけ。たまに来たのじゃから」

「……いえ。外の食事は口に合いません。私は戻って長老に報告を」

 セラは大きな弓を担ぐと、ではライラプス様、失礼します。とジローに頭を下げて出て行った。


「……まったくイケ好かない野郎だな!」

 ラキルは怒りながらムシャムシャレタスを食べている。同感!と思いながら僕もパンを引きちぎってモグモグ食べる。

「そう言うな。ヤツも長老の元で働くようになって、気張っておるんじゃろ……。さてまず、エルフの話からしようかの」


 エルフという種族は気位きぐらいが高く、他種族との交流を好まない者も多く、閉鎖的な環境で暮らしている。エルフの里は各国に一つあるかないか、基本的にエルフでない者は入れない。

 長老というのはエルフの里のおさで、他の町で例えるならギルドマスターだが、その権力は比較にならない。なぜならエルフは年齢や家柄などの上下関係に厳しく、加えて長老になる者は人格、魔力など全てを満たしているから尊敬され、誰も逆らわないのだ。ちなみにエルフの里にギルドはない。

 そして神獣とは神が創った特別な存在で、古くからエルフがその世話をする役目らしい。エルフ族の神話では……神はまず神獣を創り、その世話役としてエルフを創り、その他の存在は魔族と戦う兵として造られた、と伝えられている。その証拠に神獣にはとてつもない魔力があり、エルフはその次に魔力が高い、と。

 神獣は肉体的寿命が近づくと自身の分身を生み出し、乗り換える。つまり永遠に生きる───と信じられている。その魂の乗り換えを『転生』と言い、それが起こるのは千年に一度と言われていて、大変な神事だそうだ。お祭り騒ぎが何日も続くような。

 ところがある日、その大事な神獣が消えてしまった……。エルフとしては大失態だ。それは大騒ぎだっただろう……。

「ジローが、その神獣だって、何で分かるの?」

「……普通の犬に魔力はないわい。しかもこの数日で、ジローはどんどん魔力が強くなっているようじゃ。恐らく間違いないじゃろうな」

 ……ジローが。魔力?神獣……?思わずジローを見つめる。

「ワウ?」

「タロウ、心配するな!ジローが連れて行かれないように、何とかするからな。な!じいちゃん!」

「……う〜む……そうしてやりたいがのう……」















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