第12話 初めての旅
その日、日記を書いた後も寝付けなかった。ジローはベッドの横で、ぐで〜んと幸せそうに寝てる。ウチでは、小さな犬小屋で丸まって寝てたな……。
ジローはずっと、外で飼われていた。僕の両親も、叔父叔母も、ジローを家に上げることはなかった。ジローがまだ小さな時……僕も小さかった冬のある日、ジローが寒いだろうと思って、自分の毛布をジローの小屋に持って行ってジローをくるんだ。それで僕は風邪をひいて、お母さんに凄く怒られたっけ……。
僕はジローが大好きだ。ずっと一緒に居たい。ジローは……どうだろう?
もし……ジローがセラさんの言う通りこの世界の『神獣』で、エルフの里が本当の家だったら……。ジローは帰りたいかな……。離れて暮らしたら、僕の事なんて忘れちゃうのかな……。十六歳の僕にとって、十一年は人生のほとんどだけど、もしジローが千年生きるなら……何千年も生きているのだとしたら……十一年なんて、一瞬みたいな時間だろうし。
……僕はジローに甘えっぱなしだった。
ジローは頭が良くて、何でもすぐ覚えた。僕が呼べばすぐ来てくれた。僕が泣いていると心配そうに側に居てくれた。嫌なことがあった時、嬉しい事があった時、僕はいつもジローに話した。ジローはまるで僕の話が分かるかのように、一緒に喜んでくれたり、悲しんでくれたり……してくれていると思っていたけど……ジローは……僕と居て、幸せだっただろうか……?
色んな事を思って
「ワフ!」
ジローの重さで、目覚める。
「おはようジロー……重い」
ジローの真っ直ぐな、キラキラな瞳を見て、ふふ、と笑顔になってしまう。
───決めた。
「おはよう、ラキル!おはようございます、師匠!」
「ワン!」
「……おお、おはよう……元気だな!?」
「……うむ」
二人とも、僕を気遣ってくれてる。
……大丈夫。僕は、大丈夫。分かったんだ。ジローが幸せならいいって。それが一番、大事なこと。
「タロウ、エルフの里に行く事になるが……」
「うん。僕も行く」
「俺も行くぞ。タロ、初めての旅だな!早速準備しないと」
旅……そうか。村の外へ……。
よし、冒険だ!ちょっとテンション上がって来たぞ。
「ワシは先に、ギルドに行っておるぞ。数日は留守にするからの。ラキル、タロウ、旅支度をな」
僕達は今日、エルフの里に向けて出発する。初めてのカシワ村以外の場所。エルフの里までは馬車で走り続けても一日かかるらしい。もちろん夜は休むから、途中の町で一泊するって。
ラキルと一緒に旅の支度。……と言っても、ほとんどラキルが荷物を持ってくれるんだけど。僕はカバンにノートとペン、巾着のお財布、下着と靴下、ミーさんに貰ったハンケチと水筒を入れただけ。
「よし、行こうか」
「ワン!」
ギルドは今日もたくさんの人で賑わっている。「俺はついでの仕事がないか見てくるから」とラキルは中に入って行った。僕とジローは入り口の外、人混みを避けて大人しく待つ。真っ白いジローはやっぱり珍しいのか、みんなが見ていく。
「ジロー、楽しみだね」
「ワウ!」
エルフの里に行って、やっぱりライなんとか……じゃなかった、って事もあるかもしれないんだし、旅を楽しもう!
「この子ジローっての?」
見ると猫っぽい女の人。頭の上にピンと立った猫っぽい耳、地面につきそうな長いしっぽ。切れ長の大きな目。
「アタシはユッカよ。アンタがタロウでしょ?」
「あ、はい……?」
「エルフの里まで一緒よ。よろしくね。それから……あ、いたわ……ゼーーーム!こっち!」
ユッカさんに呼ばれて来た人は、色黒で大きな剣を背負った人。ラキルと同じように逞しい体。普通の……純粋人、かな。
「ゼム、エルフの里まで護衛の仕事を受けたわ。この子、タロウと、ラキルと組む事になった」
「そうか。僕はゼムだ。よろしく。えっと君は……魔術師か?」
「え、えっと……回復師、です」
たぶん……。
「おお、それは有難い!……これは……犬?一緒に?」
「はい、ジローです」
「ワン!」
ギルドからラキルと師匠が出て来た。
「さて、揃ったかの?では行こうか」
「!ナイル先生もご一緒ですか!」
ゼムさんはびっくりしているようだ。
「ほっほ、ワシは客じゃよ。よろしくな。……あの馬車かの?」
馬車は、大きくて足の太い馬二頭がひくようだ。荷台には向き合ったベンチがあって、たぶん片側に四、五人座れそうな大きさだけど、前半分は荷物で埋まっている。荷物を積んでいたちょっと太めの人が御者かな? ユッカとゼム、ラキルは知り合いのようで、挨拶を交わしている。
「こちらはお初ですな。私はタイタンの商人、オルゾです。よろしく頼みますよ。さあ、乗ってください」
───後から聞いた話だが、この馬車はいわゆる乗り合いではなく、オルゾさん所有の商品を運ぶ馬車で、僕とラキル、ユッカとゼムは馬車の護衛として雇われた冒険者、という立場だった。師匠とジローは商用馬車にお金を払い便乗するお客さん。その辺の交渉もギルドでやるそうだ。だからあんなに、人が集まってるんだな。
「出発!」
ピシッ!馬に鞭が入る。馬車がゆっくり動き出す。
馬車には簡単な屋根がついていて、壁はない。風が気持ちいい。屋根の両脇に幌が巻き上げてある。雨が降ったら下ろすのかな?
僕の前に師匠、隣にラキル、その前にゼムが腰を下ろした。ジローは真ん中にデン、と寝そべってる。ユッカは馬を操るオルゾさんの隣だ。
馬車は村を出て、麦畑を過ぎ、林を過ぎ、森の中に入った。
「……ストップ」
ユッカが言って、馬車が止まった。
「右前方……チープドラゴンかしら」
ドラゴン!!……美味しかったけど。
「一匹ね。アタシがやる」
ユッカはサッと御者席から飛び降りると、腰から引き抜いた短剣を両手に、馬の前に立った。肩の上で切り揃えられた赤茶色の髪が風になびき、長いしっぽは緊張感もなく自然に揺れている。その後ろ姿はカッコ良すぎ。
ラキルもゼムも、動かない。
「ねえ、一人で大丈夫なの!?」
「ああ……まあ、見てなよ」
ゼムが笑って言った。
右の森からザザザっと音がして、出てきたのは……大きなワニ……!?いや、トカゲ!? ドラゴンぽくはない……と思ったら後ろ足で立ち上がった!───その瞬間、ユッカがチープドラゴンに向かって、低い姿勢でシュッと飛んだ。ドサッ。チープドラゴンが倒れる……。なっ……。一瞬すぎて良く分からなかったけど……終わった?
「凄い……」
ユッカはチープドラゴンの頭を落とすとポイッと森の中に投げて、太いしっぽを片手でつかみ、持ち上げた。自分の背丈ほどもあるチープドラゴンを、片手で……。
ユッカは獲物をゼムに渡すと何事もなかったように御者席に戻り、何事もなかったように馬車が動き出した……。
「すっごい!ユッカさん、凄く強いんですね!」
僕は興奮して後ろから声をかけた。
「そうか?……ふふ、ありがとう」
ユッカは振り向いてニッコリした。
「解体は後にしてくれよ。馬車が汚れるから」
オルゾさんがのんびりした声で言った。
ジローが頭の落とされたチープドラゴンをくんくん嗅ぎ回っている。僕もちょっと触ってみたり。
「ジロー、それは昼飯だ。ホラ」
ラキルが袋から干し肉を取り出して千切って、ジローにあげた。僕にもくれたけど……うう、なんか魔物の死体を前に、干し肉はちょっと……。
それからしばらく行くと川があり、橋を渡ったところで馬車が止まった。
「休憩かの。ふう、座りっぱなしは腰にくるのう」
師匠がやれやれ、と言いながら馬車を降りた。僕も降りて伸びをした。
「タロ、薪を集めてくれ」
昼食の準備だ。
ゼムがチープドラゴンの内臓を出し、皮を剥ぎ、肉にしていく。馴れているんだろうな。手際がいい!
内臓の中から、ピンポン玉くらいの魔石が出て来た。
「ゼムさん、これ何の魔石?」
「え?……これは何でもない、ただの魔石だよ」
「あっ、そうなんだ。えへへ」
パーティーで仕事中に倒した魔物の魔石や皮なんかは、全部まとめて商人に売って、平等に分配するんだ、と教えてくれた。
薪に火をつけ(パチン、は僕がやらせて貰った!)ユッカが木の枝を削って作った串にさし、火で炙る。豪快なバーベキューだ。ワイルド!
ラキルはもう一方の火でスープを作ってる。……鍋、持って来たんだ……。さすがミーバッグ。
オルゾさんは、川で馬に水を飲ませている。師匠とジローは……遊んでる。
なんか、凄く旅してる、って感じだ!
みんなで外で食べる食事なんて、小学校の遠足以来だ……。
チープドラゴンの味付けは塩のみだったけど、十分に美味しかった。
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