第26話 エパナフォラ


 寒くなったな、と思ってたらもう十二月だった。冬だ。日本だったらそろそろコートが必要になる頃だけど、ここはあまり気温の変化がないようで、そういえば僕がここに来た時は夏だったんだな、と思った。


 数字が読めるようになってから、カレンダーで日付が分かるようになった。ここでも一年は十二ヶ月、365日。(もちろん閏年もちゃんとある、と後から聞いた)

 ただし、一週間は十日で一ヶ月は三十日だ。そして一年が終わり、新年を迎えるまでの五日か六日間を『エパナフォラ』と言うらしい。

 それからここのカレンダーには『曜日』がない。『曜日』の概念がない。だから土日祝日お休み、みたいな事もない。もちろん、お店をやってたりギルドなどの組織で働く人は「五の付く日は休み」とか決まってる人も居るけど、冒険者は皆、働きたい時に働き、休みたい時に休むのが当たり前だ。

 考えた事なかったけど、曜日ってなんの為にあったのかな?と思ったり。

 一ヶ月が三十日なのも分かりやすい。「ひと月後」と言ったら、それは必ず三十日後だ。

 今日は十二月一日。の日付では十一月二十八日。最近は日記に、ここの日付も書くようにした。

 

「寒いのう……!タロウや、今日はもう終わりにしようかの」

「はい師匠」

 今日も林で厚着の師匠と魔法の訓練。

 最近やっと、光魔法で落とした枝を、落ちてくるまでに三分割することに成功。連続で素早く魔法を打つのが難しくてなかなか出来なかったんだけど、食事の準備中、野菜を切ってて「これだ!」って思って。大根のようなゴボウのような根菜を切ってる時だったから『輪切り』と命名。今日は枝を四分割に出来た。コツをつかんだ感じ!

 あと今の僕が出来るのは、丸い光の玉をポンポン打ち出す『ピッチングマシーン』と、最初に習得した、ラキルの剣をイメージした『スパッと』をブラッシュアップした『斬鉄剣』。

 ……ネーミングは、僕がイメージしただから、仕方ないんだ。別に名前を付ける必要はないんだけど……その方がイメージし易いから!

 ミーさんの魔法のネーミングも、もしかしたらこんな感じなのかも……。


 帰り道、師匠が「この調子なら、年明けにでも出発して良いかもしれんの」と言ってくれた。

「本当!?やった!」

「王都は暑いからの、涼しい時期に行った方が良いじゃろ……エパナフォラまでに手紙を出しておくとしよう」

「そうだ、師匠、エパナフォラって何をするの?」

「祭りがあるの。それと大掃除じゃ」

 ……クリスマスと年末大掃除な感じ?なんか意味ありげな響きだと思ってたけど、意外と普通だった。

 もっと詳しくお願いすると……。

『エパナフォラ』は古い古い言葉で『古い契約から新しい契約に移行する』という意味と『破壊と再生』『真っさらな状態』って意味に理解されているそう。リセットかな?

 だからこの期間に、一年のけがれを落とし、気になる事を片付け、スッキリした気分で新年を迎えるようにするんだって。

 この期間だけは、ほとんどの人が仕事を休んで、家族と過ごしたりお祭りに参加したりする。エパナフォラにやるお祭りのこと自体を指す言葉でもある───と説明してくれた。

 あとここの人達は、このタイミングで一つ歳をとる。だからエパナフォラの直前に生まれた赤ちゃんは数日で一歳だ。

 みんなの誕生日を一斉に祝う感じのお祭りなのかな?と思ったけど、本来は『精霊の祭り』らしい。精霊に一年の無事と恵みを感謝し、来年の無事と恵みを祈る。

「師匠、精霊って……何?」

「……精霊を知らんのか……。精霊は神がつくった全てのものに宿っておる。目に見えんがの」

 木には木の精霊が、石には石の、水には水の、山にも風にも精霊は宿っている。さらに自然のものだけじゃなくて、が作ったものにも、精霊が宿る。家とかパンとか、鉄で作った剣にも。

 日本で言う『八百万やおろずの神』かな?「お米には七人の神様が……」ってやつ。たぶん近い感じ。

「精霊はこの世のバランスを保つ大事な存在……じゃから、モノは大切にせねばならんぞ」

 あっ……森林破壊……。木の精霊さん、ごめんなさい。


 いよいよ明日からエパナフォラ!

「エパナフォラは仕事も修行も無しじゃ」と師匠に言われてる。なんでか、ソワソワするな。

 ジローと今年最後の回復薬の納品に行く。

「今年ももう、終わりねぇ……来年も宜しくね、タロウ、ジローちゃん」

「はい!リリルさん、こちらこそ、宜しくお願いします」

「ワン!」『おねがいします!』

 市場はかなりの賑わい!

「明日から休みだからね、安くするよ~!」

「エパナフォラにはいい肉食わなきゃ!」

 ……この雰囲気、年末って感じ!みんなソワソワしてるみたい。……なんか勢いで、食材を沢山買ってしまった。

 

 次の日。

 午前中は三人で大掃除。それぞれ自分の寝室は明日にして、今日は居間とキッチン、お風呂トイレなどの掃除。三人がかりでも結構大変!そしてジローが邪魔!

「ジロー、ちょっとソコどいて!」

「……ジロー、すまんが向こうで遊んでくれんかのう」

「おっと、ジロー!洗剤まいたからコッチ来んな!」

「ワゥ……」

 拗ねちゃった。ゴメンね!

「あいたた……腰が」

 師匠リタイア!後でマッサージします!

「ラキルー、そっち終わった?……ラキルー?」

 ……。

 ラキル逃走!ジロー、出番だ!ラキルを連れ戻せ!

「ウォン!」『了解!』


 ……そんなこんなで何とか終わったー!

 ジローに連行されて戻って来たラキルに昼食の準備を任せ、僕は師匠のマッサージ。

「すまんの……タロウのお陰で今年は何とかなったわい……ほれ、小遣いじゃ」

 師匠が金貨を一枚くれた。

「え、いいよ師匠!……みんなで頑張ったんだし」

「……どうせラキルはサボっとったんじゃろ?……いいから取っときなさい」

「ありがとうございます!」


 午後はジローとラキルと散歩。

 市場は今日も人がいっぱい!屋台は普通に営業中。でも普段は野菜を売ってる店がお酒を売ってたり、そのまま飲み屋になってたり。

 賑やかな音楽が聞こえると思ったら、ギルド前の広場では沢山の人が踊ってた。輪になって踊ってると思ったら突然ブレイクダンスみたいなのを始める人がいたり、派手な衣装の人もあちこちにいて、見てるだけでスッゴく楽しい!

「タロ、踊ってこいよ」

「えっ!?無理ムリ!!ラキル行って来なよ!」

「いや俺は……」

「あっ!ラキル~~!」

「……あ!ミーさん!」

 ひときわ派手なお化粧と衣装で踊ってたの、ミーさんだった!

「ホラホラ、踊らなきゃ!エパナフォラなんだから!」

 ラキル連行される。

 ジローも付いて行って、二人のそばで前足タシタシしたりクルクルしたり、しっぽを振りながら楽しそうに踊ってる!

「タロも来いよ!」

 ……ラキル、踊れるじゃん!!楽しそうだけど、僕にはまだハードルが高いです……。

 ジュースでも買って来ようっと!


 ギルドは開いていたので、ちょっと入ってみたら……ベンチに師匠とドーンさんが座ってた。

「あれ、師匠?」

「おおタロウ。楽しんどるか?」

「ドーンさんも……お仕事ですか?」

「おう。まあ、暇だがな」

 確かにギルドはガラ~ンとしてる。エパナフォラはみんな仕事をしないからギルドは暇だけど、職員の人も二、三人は働いてる。ギルドに休みはないから、交代で休むんだって。師匠が来てるのは、酔っ払って怪我する人や、喧嘩する人もいるからだって。

「タロウ、夕飯は用意せんで良いからの」

「……坊主、来年も頑張れよ」

「はい、来年も宜しくお願いします!」


 暗くなって来たら、音楽に混じってシューン!シューン!て魔法を放つ音がする。

「お、始まった」とラキルが上を見る。僕も上を見ると……誰かが炎の魔法を空に向かって放ってるみたいだ。そのうち、あちこちで炎の魔法が上がった。火の玉が尾を引いて星空に吸い込まれていく。あっ、光の魔法も上がった!

「ラキル、僕もやっていいかな!?」

「ああ、ちゃんと真上に打つんだぞ?」

 僕は両手を高く上げて、優しい光を意識しつつ、『ピッチングマシーン』を放った。近くに居た人達が、拍手をしてくれる。指笛を鳴らしてくれる人もいる。

 音楽は鳴り止まず、踊りの輪もなくならない。

 僕は、この世界に来れて、本当に良かった。心から神様に感謝した。

 

 エパナフォラは毎日こんな感じで過ぎていき、僕は十七才になり、新年を迎えた。


 

  



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