第25話 ミーバック

 

 今日も回復薬の納品。

 ギルドは昼時で閑散としているので、僕は壁の依頼書を見てみた。少しは字が読める様になって来たんだ。

 えーと、これは「採取」内容はよく分からないけど……銀貨三枚。これも「採取」銀貨二枚。こっちは……「魔石」銀貨三枚。魔石集めかな?あとは……。

「タロウ、仕事を探してるの?」

「あ、ううん、見てただけ……」

 ジローをブラッシングしてくれてるリリルさん。どうやら僕が師匠と訓練中、ジローはいつもここに来ていたらしい。

「ジローちゃぁん!」

 ん? ……あっ、ミーさんだ。

「ワフ〜」『来た〜』

「あら!今日は時の人タロウも一緒ね!」

「こんにちは、ミーさん」

 ジローがそっと立ち去ろうとしたがミーさんが一歩早かった。ジローの首に抱きついてスリスリからのギュゥー。

「こんにちはミーズス。依頼?」

「そう、いつものね、リリル」

 リリルさんがカウンターに戻って行った。

「タロウちゃん、ナンか凄いんだって?ところでラキルは元気? 」

 ……鈍感な僕でも分かるよ……。ミーさん、ジローとラキルにしか興味ないね?

「はい……元気です」

「……そうね。そうだわ」

 ミーさんがやたらと回りを黒く塗った目で、僕を真っ直ぐ見て呟いた。

 ……なんとなく嫌な予感。

 でもその予感はハズレた。少なくとも僕にとっては。ミーさんは、魅惑的な言葉を吐いたのだ。

「……タロウちゃん。その肩掛けカバンに、もっと沢山の愛を詰めたくないかしら?」

「……それって……『ミーバック』ですか? ラキルが持ってる……」

「知ってるなら話が早いわ……で、欲しくない?」

 ミーさんの声がかなり低くなってる事からしても、良からぬ話だろう。……でも!

「欲しいです」

「……よし。耳を貸しなさい……」

 ───ミーさんの話を聞き、報酬を確認し、僕達はお互いの瞳を見て力強く握手をした。


「リリル〜? ごめんなさい、依頼の内容をちょっと変えるわ〜」

「ええ? 今、書き上がったのに!」

「ゴメ〜ン。でも書き直さなくてもいいわ……タロウが受けてくれるから」

「直接取引……? ギルドの中で」

「ま〜さ〜か〜! 依頼はギルドに出すわよ。それを……」

「その依頼、僕とラキルが受けます!」


 ミーさんの依頼は、アラーネの糸の採取……の、護衛。ギルドを通しての報酬は金貨一枚。だが僕との裏取引は、僕のカバンをミーバックに改造して貰う事だ。

 僕は何としても、このミッションをやり遂げなければならない。

 夕飯の支度をしながら、さりげない感じでラキルにお願いする。

「『アラーネの糸』ってやつを取りに行く依頼なんだけど……」

「ああ、ミーズスの依頼だな」

 ドキッ。

「いいんじゃないか。そんなに遠くないし」

 ……良かった。

 ミーさんは、二ヵ月に一度くらい『アラーネの糸採取』の依頼を出しているらしく、別に珍しくなかったみたい。『アラーネ』っていうのはお尻から糸を出して巣を作る魔物だって……蜘蛛の事だね。


 数日後。

「ん〜〜、いいお天気で良かったわ!」

「……なんでミーズスが居るんだ?」

「ミーって呼んで。だって今回の依頼は『護衛』だもの」

「そうだったか?タロ」

「え、えーと、うん……?」

 カバンから依頼書を出してラキルに渡す。そこには『採取』の文字の隣に『と護衛』と書き足してある。

「……そっか。タロ、読めなかったんだな。ま、行くか!」

 う……、少し胸が痛む。

「宜しくね、ラキル!……しゅっぱ〜つ!」

 ニコニコのミーさんがラキルの腕に腕を絡めて歩き出した。

 今回は初めて、ナーラの街とは反対方向の街道を進んだ。

 ミーさんはの広い帽子にバスケットを持って、ピクニックの装い。

 ……そう、このミッションの本当の目的は『ピクニック』なのだ。


 一時間ほど歩いたあたりで「休憩にしましょ!」ミーさんが切り株に腰を下ろした。僕が作って来た回復水で、お茶を入れてくれる。ミーさんのバスケットからはちゃんとしたティーセットが出て来た。

「クッキーも焼いて来たのよ。はいラキル、あーん」

「いや、俺は……ムグゥ」

 無理やり口に押し込まれた。ゴメンねラキル。でも、ミーさんが凄く幸せそうだから、許してね……。

「はい、タロウも。あーん」

 僕は素直に口を開けた。


 さらに十分ほど歩いて森に入って行く。

 アラーネの巣は木々の間、結構高い位置に張られていた。長い木の枝を使って絡め取っていく。かなり大きな巣だ。たまに本体の蜘蛛が居る巣もあってその大きさとグロテスクさに「ひっ!」てなるけど、アラーネは刺激しなければ人を襲って来ないんだって。主食は虫ではなく、コウモリだそう……。本体がお留守の巣だけを採っていく。僕が採取しラキルが辺りを警戒する役目。巣自体が大きいし、木の枝を両手で持ち上げて上を見上げながらの作業なので結構な重労働だ。

「タロ、代わろうか?」

 とラキルが言ってくれるが、これは僕の仕事。ミーバックの為だ……!

 それに……ラキルにはミーさんがピタッとくっついているし……ラキルの仕事は護衛なんだ。依頼主の希望で。

 その依頼主は……本当は護衛なんて要らないんじゃないかと思う。ここに来るまでに数匹の魔物に会った。全部ラキルがサクッと倒してくれたんだけど、三匹のネズミが出た時、実はもう一匹、ラキルの後ろからミーさんに飛びかかったネズミが居た。僕は見た。ミーさんが素手でそいつを殴り倒したのを。ワンパンで……。そして「いやあ〜!怖〜い」って何事もなかったようにラキルに抱きついていた。

 僕はもちろん黙っていた。ミーバックの為……男同士の約束だからな!

 ある程度アラーネの糸を採取したところで昼時になった。ミーさんのバスケットからは、次から次へと料理が出て来た。サンドイッチ、唐揚げ、煮物に焼き物……カットされた果物にワインとワイングラス。テーブルクロスもだ。ミーさんの手料理は本当に美味しかった。ラキルも「旨い!」って沢山食べて、ミーさんは幸せそうだった。

 ピクニックは成功だ。


 その帰り道。

「なあミーズス。タロにこの……ミーバック、作ってやってくれないか?格安で」

 ドッキー!思わずミーさんを見る。

「あら、お安いご用よ! 他ならぬラキルの頼みだったら!」

「サンキュー!良かったな、タロ!」

「あ、ありがとうございます」

 ミーさんが僕にウィンクした。

 ラキル……本当にごめんなさい!僕はもう二度とラキルに嘘はつかない!


 こうして僕は、念願のミーバックを手に入れた。


 















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