第24話 噂と対策
リリルさんに最後に「若い冒険者を救ってくれてありがとう」そして「マスター室に行くように」と言われた。
ラキルに付いてギルドの二階に上がり、一室に入る。部屋の中にはドーンさんがどーんと座っていた。
「おう、来たか。座れ」
ああ、なんか睨まれてる……。やっぱり森林破壊のこと、怒られるのか?
「あのっ!ごめんなさい!」
「……ん?」
「タロ、なに謝ってんだ?」
……あれ、違う?
「森林破壊の件……じゃ、ないんですか?」
「……違うぞ。……ま、大体の話はジョアって坊主と子供らから聞いたが、お前にも事情を聞かせて貰いたい」
僕はあった事をそのまま話した。
師匠と訓練中だったこと、悲鳴を聞いて駆けつけたら冒険者が熊と戦っていたこと、無我夢中だったこと、ラキルとドーンさんが来るまで森林破壊に気付かなかったこと。
ラキルがガドルベアを確認したこと……どこにも傷がなく、お陰で高く売れたこと……を付け足した。
「ガドルを一撃で仕留めたか……」
ドーンさんはそう呟くと、やっと僕から目を逸らした。
「ガドルベアは、普通のベアーの上位種だ。Aランクの冒険者なら一人で倒せるだろうが……A級ってのはそういう事だ」
「俺も戦った事がある……一人じゃ無理だ。Bランク三人でやっとだった」
とラキルも頭を振りながら言った。
そんなに強い魔物を、僕が……。改めて恐怖が襲ってきた。あの赤い目がこっちを見た時……
「殺される、って……思った」
「火事場の馬鹿力ってヤツだな」
「……先生がお前に入れ込む理由だけは、よく解った」
村のそばに強い魔物が出た事について、これからギルドが調査をするらしい。
森林破壊のお咎めはなかったけど、最後に
「……今回は無事で良かった……だが、調子に乗って無茶をするんじゃない。わかったか」
と、また睨まれた。
ギルドを出るとすっかり暗くなっていた。もうお腹がぺこぺこだ。
帰り道、ラキルが言った。
「俺……タロに抜かされない様にもっと頑張らなきゃな!」
それは絶対にないよ、ラキル。
「うん、怪我したら僕が回復するから!僕も回復師、頑張るから!」
ラキルがいつもの爽やかな笑顔で僕の肩を抱いた。……本当の、お兄さんみたいだ。優しくて、強くて、イケメンの兄貴!そしてジローは僕の弟。優しくて、可愛くて……神獣だ。僕、恵まれ過ぎてて、怖い。
家に帰ると、キッチンから「ベアーの〜ステーキ〜〜」って師匠の歌声が聞こえて来た。「ワッフゥ〜」……ジローの合いの手も。
次の朝、昨日助けた冒険者が家に来た。男の子と女の子も一緒に。
冒険者の青年は「ジョア」と名乗り、Cランクの冒険者でナーラの街から来たそうだ。男の子と女の子はこの村の子供で……子供だけど十六歳で……Eランクの冒険者。二人は「これ、お母さんが先生に持って行けって」「うちの母もです」とそれぞれ野菜と果物をくれた。そして僕と師匠にお礼を言い「仕事があるので」と帰って行った。
ジョアは二人が出て行った後、突然「申し訳ありません!」と頭を下げた。
「命を助けて頂いた上に、高度な治療をして頂いたのに……僕は、お金が払えません。売れる物も何もなくて……けど働いて必ず払います」
「いらんよ。このタロウは回復師の修行中での、良い経験になったわ。のうタロウ」
「はい!助けられて良かったです」
「……びっくりしました。タロウさんが、あの凄い魔法を放った後……『僕は回復師だ』って言って治療してくれて……」
「うむ。ワシの弟子じゃからの」
「あの、僕たぶん年下だし、敬語はやめて貰えませんか?」
「……ありがとう、タロウ。この恩は絶対に忘れない」
ジョアは「父親はナーラの街で革製品や防具を作る仕事をしているから行く機会があれば是非訪ねてくれ」と言って、何度も頭を下げ、帰った。
「あの青年は、運が良かったのか悪かったのか……」
師匠が言った。たまたま僕と師匠がいて、命が助かったのは本当に運が良かった。けれど、普通は村の近くにA級の魔物なんて出ない。B級だってめったに出ない。だからこそ、そこに村や街が出来る──と。
多分ジョアは、ギルドの依頼で初心者であるEランクを二人連れて、剣の指導をしていたのだろう。ギルドにはそういったシステムがあるそうだ。Eランクが村の外に出るのは危険だから、実戦訓練には必ずCランク以上の冒険者が付き添う。ギルドからの依頼なので報酬はないに等しいが、ギルドへの貢献度としてランクアップに影響するらしい。どの冒険者もそうやって成長して来たし、皆で若い冒険者を育てる、先輩が後輩を指導する素敵システムだ。
そんな時に出るはずのないA級の魔物に出合ってしまったのは、本当に運が悪かった。ジョアは二人を逃がすだけで精一杯だったはずだ……。
自分は勝てないと分かっている相手に、それでも立ち向かう。死を覚悟して。……なんて勇気だろう。
僕は自分が甘かった事を思い知った。この世界は、僕が思っていた以上に厳しい世界だ。助け合わなくては生きて行けない。戦わなくては生きて行けない。強く、ならなくちゃ。
心の底で
リリルさんが言った通り、次の日から僕はさらに有名人になってしまったようだ。
ただでさえ珍しい黒目黒髪、珍しい真っ白い大きな犬を連れ、元から有名なナイル先生の弟子で、回復師でDランクなのにA級の魔物を倒した。しかも三十歳くらいに見えるのに実は十六歳で、どこから来たのかも分からない記憶喪失の謎の少年……。
冒険者達の情報網は広く早い。朝、ギルドに行ったラキルは皆に質問責めにされたそうだ。そこをドーンさんが助けてくれて、一緒に帰って来た。
家で緊急会議が開かれた。
「……坊主が危険かもしれん」
「うむ、やっかむ奴は必ず出て来るじゃろうな」
「……十六ってのがマズいんじゃないか?」
「あの熊……ベアー、師匠が倒した事にしたら?」
「ワウ」『うんうん』
───会議の結果……。
ガドルベアの件はしょうがない。昨日の僕とラキルの会話を何人かの冒険者が聞いていたし、子供達は誰かに話してしまっているだろう。回復師で攻撃魔法も使える、という冒険者は少ないが居ない事はない。師匠だってそうだ。但し、若すぎる。十六歳と言うのは伏せる事になった。幸いそれが本当だと知っているのは……僕だけだ。僕の年齢は見た目通り……三十歳くらいにしておく事になった。記憶喪失だから、年も覚えてない、って事で。本当は若く見える四十代かもしれない、とか、記憶喪失で覚えていないけど、元々は魔法の発達した国の戦士だったんじゃないか、とか……ギルドとラキルに噂を流して貰う事になった。
「……まぁ、そんなところだな」
「それでも天才には変わりないけどなぁ」
「天才の弟子なんじゃから、天才でもおかしくないじゃろうに」
「ワウ!」『タロー天才!』
「……色々、すみません……」
四十代はないだろう……しょうがないけど……。
その日から三日間、家から出なかった。
「タロウはかなりの実力者だが、あのナイル先生の弟子だし、記憶喪失で年齢も多分三十代」……って噂が広まるのを待つ。
このところ毎日村の外に出ていたので、家でのんびりと回復薬を作ったり文字の勉強をしたりした。
「そろそろ大丈夫そうだ」
四日目、ラキルのお許しが出て、ジローと回復薬の納品に行った。
「お、タロウ、もう良いのか?」
「お前やっぱすげえ奴だなぁ……でも無理すんなよ」
「あら有名人、もう熱は下がったの?」
ギルドでは皆が声を掛けてきたけど、嫌な感じはしなかった。僕はリリルさんに小声で聞いた。
(熱って、何?)
(……あの時、無理をしたせいで熱を出して寝込んでる、って、ラキルが)
ああ、なるほど。記憶喪失って言うのも手伝って、みんなが優しくしてくれてるのかも。
確かに有名人にはなったけど、噂の上塗りのお陰か、嫌な目には会わなかった。
一番困ったのは小さな子達が「サインください」とか「握手して」って寄って来る時だったけど、2、3日で収まった。……子供って飽きっぽい。
みんなが僕の名前を知ってる、という状況にも慣れ、僕はまた、日常に戻った。
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