第23話 魔法の威力
───僕は初めて魔物を倒した。
その日、寝る前に日記を書きながら……今さらドキドキしていた。あの時は夢中だったのと、慣れない魔物の解体で疲れてたから……。師匠に「まだまだ」って言われたしまだ一匹倒しただけだけど。
……この気持ちをどう表せばいいんだろう。『魔物』を倒した高揚感と『生き物』を殺した罪悪感……。
襲って来たから殺す。食べる為に殺す。後悔はしてない。でも、何か割り切れない感情が残っている。
───僕がこの世界の生まれじゃないからだろうか。ラキルは、僕が初めて魔物を倒した、って言ったらすごく褒めてくれた。ここでは魔物を倒すのは善い事。当たり前の事。放っておけば人間が殺される。向こうの世界だって……僕は牛肉や豚肉を食べてた。悪さもしない生き物を。
ただ殺すのを人任せにしていただけ。
僕は心の底にある『何か』を消し去る為の言い訳をたくさん考えながら日記を閉じた。
その日も、師匠と林で魔法の訓練中……突如、遠くから悲鳴が聞こえた。
「うわあぁ!」「キャー!」「逃げろ!早く!!」
一瞬、師匠と顔を見合せた。僕達がいる林とは街道を挟んだ反対側の林の方。僕は走った。
街道に出ると子供が二人、転がる様に飛び出して来た。
「どうした!?」
「助けて!ジョアがっ……ジョアが!」
女の子が林の奥を指差し───
「ゥグアアァアア……!」
身の毛がよだつ様な獣の唸り声。林に飛び込み、走る。走る……見えた! とてつもなく大きな熊!? 誰か戦ってる!
剣を構えた冒険者に大熊が襲いかかっている。冒険者は辛うじて攻撃をを免れているが、全く手も足も出ずだ。何とかしなきゃ。何とか……!くそっ、木が邪魔だ!魔法が打てない!
「ぐぁ!」
冒険者がついに攻撃を避けきれず、血飛沫が飛ぶ。大熊が止めの一撃だと言わんばかりに腕を振り上げ───
「やめろぉーーー!!!」
大熊はもう僕の目の前に居た。右手に溜まっていた魔力を放つ。光の刃は大熊の振り上げた手に当たった。だが、その手を僅かに後退させただけだった。大熊の目が、真っ赤な目がこちらを向いた。 殺される───。
「ウガァアア!!!」
「うわああぁァアあ!!!」
───その瞬間、時間が止まった様な気がした。一瞬で全身の血が煮えたぎり、僕自身が爆発する気がした。そのエネルギーは大熊に向けられたままの右手に収束され、解き放たれた。世界が白くなり───時間が動きだした。
ズウゥゥゥ……ン。
心臓が、口から飛び出しそうなくらい、バクバクしていた。何が起こったのか分からなかった。
「ぐぅっ……」
!!!
冒険者!!口から血を流してる。肩の肉が抉られて……うう……太ももの辺りからも大量の出血……落ち着け。何からすればいい? ……まず出血を止めなきゃ。肩の損傷部分に回復魔法をかけながら、声をかける。
「大丈夫。僕は回復師だ。……足にも傷があるけど、深くない。胸は胸当てで守られてる。大丈夫。しっかりして」
「う……ああ、……」
あんまり、回復、できてない……僕も、なんか、クラクラして───
「ジョアーー!!」
女の子が走って来た。さっきの、子供だ。
「ジョア! 生きっ……生きて……っ」
「……あぁ、生きて、るよ」
「タロウ!」
師匠!……ああ、師匠が来てくれた……。もう、大丈夫だ……。僕は全身の力が抜けてしまった。
「……うむ、大丈夫じゃ。胸当てがあって良かったのう」
「……はい……ありがとう、ございました」
僕は腰が抜けたように動けなくなってしまい、師匠が冒険者の傷を調べて回復しているのを
「お兄さん、大丈夫?」
女の子が僕を心配そうに覗きこんだ。
「う、うん。僕は平気だよ」
全く力が入らないから、平気じゃないと思うけど。
「お兄さんがジョアを助けてくれたのね。ありがとうございました」
「タロウ、良くやったの……」
師匠が僕の頭をポンポン、と優しく叩いた。
「……もう一人の子は?」
「村に助けを呼びに行って貰ったんじゃ。タロウ、怪我はないか?」
「はい……でも、力が……」
「魔力切れじゃろう。そのまま休んでいなさい。……しかし、お主は予想以上じゃったのう」
……?
「おーーい、無事か!? ……な、なんだ!? 何があった!?」
ドーンさんだ。僕の後ろの方を見て目を丸くしてる。
「じいちゃん!!タロ!!」
あ、ラキルも来てくれた。さっきの男の子も一緒だ。
「ぶっ……なっ……」
……?
ラキルもドーンさんと同じ方を見て言葉をなくしている……。僕は重い頭をゆっくり回して後ろを振り返った。
「あれ……?」
熊は……? てゆうか、林はどこ行った?
良く見ると、遠くの方に何か倒れてる。アレが熊かな。その距離二、三百メートル。そこまで一直線に、木々がなくなっていた。
「坊主、大丈夫だな? ……後で話を聞かせてくれ。先生、俺は先に戻る。ラキル、後を頼むぞ」
「ああ。なあ、マスター……アレ、ベアーか?」
「……俺にはガドルベアに見えるな」
「ガドル……!」
ドーンさんは冒険者を背負い、子供二人と一緒に村に戻って行った。
ラキルは熊が倒れてる方へ走って行く。
「師匠……これ、僕がやっちゃった?」
「そうだろうのぅ」
「怒られる……?」
「緊急事態じゃ。怒られはせんよ。……ま、必要以上に自然を破壊するのはいかんぞ」
「ごめんなさい……」
「いや、良くやった。必死だったんじゃろ? お陰であの冒険者は助かったんじゃ。しかし……ここまでとは」
ラキルが熊を解体し終わる頃(二時間ほどもかかっていた)僕も動けるようになった。解体した熊の肉はラキルのミーバッグですらパンパンにし、綺麗に剥がれた毛皮は凄く大きくてめちゃめちゃ重かった。
「三人で運ぶのは無理じゃないかな……? 僕、リヤカー借りて来ようか」
「そうだなぁ」
その時……
「ワン!」『タロー!』
街道の方からジローの声が聞こえた。なんとまた、ジローがリヤカーを引いてお迎えに来ていた。
「ガドルベアの毛皮、状態S、爪が二十枚、魔石Aクラス……全部で金貨十五枚になります」
「えっ、十五枚!?」
びっくりした。凄い金額になるんだな……熊って!
「申し訳ありません……。これだけの品、直接商人に卸せばもっと高い値がつくと思いますが……ギルドでは買い取り額が決まっていまして……」
ギルドの買い取り窓口の職員は、申し訳なさそうに言った。
「あっ、いえ、いいよねラキル!?」
「ああ、タロがいいなら」
僕は書類にサインをし、金貨十五枚を受け取った。そしてラキルに渡した。
「うん?」
「え?」
「……タロ、お前が倒したんだから、お前の金だ」
「ええ!? ダメだよそんなの!だってラキルが解体したんだし!」
「そっか、じゃあ解体料、一枚貰う」
「そうじゃなくて……あっ、ほら、僕とラキルは……なんだっけ、パーティー?だから」
「あのな、タロ。これは依頼じゃないし、俺はあの場に居なかった。ガドルベアなんて大物を倒したんだから、これぐらいの報酬を受け取るのは当たり前だ。まあ正直、羨ましいけどな!」
それから暫く取り分について言い争った。
今まで僕は何にもしなくても、ラキルは必ず僕に報酬の半分をくれた。だから金貨七枚半の線は絶対ゆずらなかった。
パンパン!と手を叩く音。リリルさんだ。
「ほらほら!いい加減にしなさい……話は聞こえてたわ。ラキル、受け取りなさい。そして二人ともギルドに預けなさい」
リリルさんに言われ、ラキルは困った顔をしながらも折半を受け入れてくれた。そしてまたカウンターに行って、二人ともお金を預けた。
それからリリルさんに別室に連れて行かれ、怒られた。
「全く……報酬の取り分で揉める冒険者は沢山居るけど、譲り合って喧嘩する人は初めて見たわ。それはいいけど……金貨十五枚は大金よ?あんな大声で人前で話すなんて。危ないわ」
ああ、そうか。だからリリルさん、あの場で預けさせたんだ。
「そうだな……ごめん、タロ」
「ううん、僕も……。リリルさん、すみません」
「分かればいいのよ。……ところでタロウ、本当なの?タロウが倒したの?……ガドルベア」
「はい……木も、たくさん……ごめんなさい」
やっぱり怒られるよな。森林破壊。
「……そう。本当なのね……この間Dランクになったばかりなのに……」
「だよな。俺はじいちゃんからタロの魔力が凄いって聞いてたから、信じるけど」
二人が引いてる空気。
あの熊、確かに強そうだった。きっと僕が倒せたのは奇跡だったんだろう。
「確かに、凄い迫力で……怖かった」
「タロウ、あなた……ますます有名になったわよ、きっと」
「?」
「あんな大声で話してるんだもの。何人かの冒険者は聞いてたはずよ。明日には噂が広まってるわ……『回復師がA級を倒した』って」
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