第42話 通報


「……」

「……あ~、ダメだったか~」

 ビンゴは二人とも外れた。

 ……あと少しだったのに……リーチが三つもあったのに……!!

「もう一回……」

「タロ、ちょっと来い」

 ラキルがどこかを見たまま、ビンゴの席を離れた。ラキルが見ていた方を見ると、カードゲームのテーブルで遊んでる人が数人……なんだろう?


 僕達は再び回廊に上がり、さっきとは別の場所に座った。

「ラキルどうしたの?」

「あの卓の男と女……じゃないか?」

 ここからは、ラキルが見ていたテーブルが良く見える。並んで座り、ゲームに夢中になってる男女……あっ……もしかして!!

「カイトとチル……?」

「やっぱりそうだよな」

 王都に来る時、僕達に眠り薬を盛って、ヨセフさんの馬車からエルフの布を盗んだ二人。服装が違うけど、よく見れば間違いない。

「ど、どうする!?」

「あの様子だと、しばらく動かないだろうが……とりあえず通報するしかないな」

 ラキルはウエイターを呼んで、飲み物を取りながら

「泥棒を見つけた。被害届けは出してある……騎士団に通報してくれ」

 と言って銀貨を渡した。

 ウエイターは黙って一礼すると去っていった。


 僕達は暫くそのまま、カイトとチルをチラ見しながら待った。二人の前には結構な量のコインが積み上げてあって……遠目にも二人が興奮しているのが分かる。

「大方、ココで遊ぶ金欲しさにやったんだろうな」

「あの二人も……鉱山に送られるのかな」

「当然だろ」

 ……凄く愉しそうな二人……。少し胸が痛む。いや、でも泥棒だし……ヨセフさんに、あんなに悲しい思いをさせた……。

「タロ───」

 ラキルが何か言いかけた時、さっきのウエイターが来た。

「お客様、フロントまでお願い致します」

 ラキルと僕は立ち上がって、ロビーに向かった。


 ロビーのカウンターに騎士団の人が一人来ていた。ラキルが話をしに行き、僕は離れたソファーで待っているように言われ、そのとおりにした。用心棒らしき人も加わって何か話してる……来た時とは違う緊張感。

 騎士団の人が外に出て行くと、ラキルもソファーに来て座った。

「事情を説明してきた。ヨセフさんにも連絡して貰える。俺達はここで待機だ……奴らが出て来たら護衛に合図する」

「わかった。……ラキル、さっき何か言おうとした?」

「ああ……。タロ、あの二人の事で、気に病む必要はないぞ。昨日の、あの男とは違う」


 昨日、ラキルが捕まえた泥棒は、痩せて身なりも貧しく、食うに困っての犯行だったのだろう……だからラキルは、咄嗟に捕まえたものの、本心では助けてやりたかった。ラキルは昨日、苦しんだ。

 でもカイトとチルは、冒険者で魔物と戦えて、食べ物もお金も手に入る。実際、こうしてカジノに来るお金も、綺麗な服も持っている。それに───

「アイツらは、野営で俺達に眠り薬を盛ったんだぞ」

 つまり、僕達が寝込みを魔物に襲われて死ぬ事を───少なくとも死んでも構わない、と思っていたって事だ。

 そんな事まで、考えなかった……。改めてショックだ。

「わかったか?だから気にするな。全く、タロは優しいからなぁ」

 ラキルは自分の事を棚に上げて、僕の頭をペシペシ叩いた。

「ラキルの方がずっと優しいよ!」

 変な言い合いになった。


 ───もう、どれくらい待っただろう。カイトとチルは、まだ出て来ない。

 誰かが内側のドアから出てくるたびに、ラキルが首を横に振る。護衛の人に合図しているんだろう。

 一時間……いや、二時間は経った。お腹が減ってきた。あんまり遅くなると、ゲンやミーナが心配するんじゃないかな……と思い始めた頃、また内側のドアが開いた。

 ラキルが頷いた。

 来た!?

 ───誰も動かない。ラキルもあらぬ方を眺めてる……僕はそっとカウンターを伺う。

 後ろ姿だけど、多分そうだ。あの二人だ。

「換金お願いね」

「畏まりました───どうぞ、ご確認お願い致します」

「ええ、ありがとう」

「ありがとう御座いました。またのご来店をお待ちしております」

 綺麗なお姉さんが深々と頭を下げ……二人はご機嫌な様子で、表のドアに向かって歩いて行く。と、護衛の人達が素早く動いた。

 護衛二人が、カイトとチルをがっちりホールド。一人が表のドアを開けると、そこには騎士が数人待ち構えていた。

「な、何だ!」

「ちょっと!何するのよ!?」

 パタン。ドアは閉められた。


「よ~し、終わったな」

 ラキルが伸びをしながら言った。

 なんか、ええ……。一瞬で終わった。それにカウンターのお姉さんも、護衛の人達も、何事もなかったように平然としてる。

 僕が呆気あっけにとられている内に、ラキルはカウンターでコインを換金し、戻って来た。

「もうちょっと遊びたかったけどな。ギルドに寄らないといけないし、遅くなるとミーナがうるさいから、行くぞ」

「うん……」


 カジノを出ると、もうあの二人も騎士団も居なかった。


 馬車を拾い、北ギルドに向かった。

 罪人はまず、北ギルドにある地下牢に入れられるらしい。そこで取り調べを受けて、刑期が決まったら何処かの鉱山に送られるそうだ。

 僕達も北ギルドで事情聴取を受け、それがやっと終わってギルドを出ると、もう暗くなり始めていた。


「お帰りなさいませ!さあさあ、湯殿へ!もうすぐ旦那様と奥様がお帰りになられますよ!」

 待ち構えていたようなミーナにかされ、お風呂に入る。

 お風呂を上がってから、ジローと遊んでいると、ラートハイム夫妻も帰って来た。

 みんな揃ったら夕飯!


「何!……!?ゴフッ」

「旦那様、お水で御座います」

「……ゴクン……ありがとうゲン……何と!今日も賊を捕まえたのか!」

「あなた、興奮し過ぎよ」

 夕食の席で、今日あった事をフランツさんとエリスさんに話した。

「親父、違うって。たまたま見つけて、通報しただけだよ」

「そうか、いやそれでも、良く見つけたじゃないか!まぁ飲め!」

「タロウ、二日続けて大変だったわね?大丈夫?」

 今日もフランツさんは嬉しそう。エリスさんは僕の心配をしてくれる。

「ね?カジノは怖い所でしょ?だからあんまり行かないようにって──」

「エリス、いいじゃないか。ラキルはもう子供じゃないんだ」

「タロウはまだ子供です」

「あ、あの、一度中を見てみたかっただけだから……もう行きません」

「ああ、タロウは偉いわ!」

 また行きたい気持ちはあるけど、あんなにお金がかかる所、簡単に行けないから!

「そうだわ。今度家族みんなで、もちろんゲン達もジャンも一緒に、お芝居を観に行きましょう」

「それはいいな。私とエリスが休みを合わせれば───」

 みんな楽しそうで、ラキルも楽しそうで……。


 その日の夜、寝る前にラキルの部屋に行った。

 コンコン。

「ラキル、僕だけど……ちょっといい?」

「ああ。タロ、どうした?」

「あのさ、ラキル……昨日の事、本当はまだ気にしてるでしょ」

「……ああ、まあ……そうだな」

「僕、さっき、ゲンに聞いたんだけど───」

 

 僕は今日、カイトとチルの事で、心が痛くなった。二人がした事は、僕が思ってた以上に酷い事だったと分かっても、鉱山送りになる事を考えるとやっぱり少し辛い。

 ラキルはきっと、昨日の男の事……思い出すたびに辛いんじゃないかと思う。

 夕食の後、ジローと話したけど、どうしたらいいのか分からなかった。それで、ゲンに相談に行った。

 僕の話を聞いてゲンは、お金を払えば釈放する事は出来るが、それはやってはいけない、と言った。あの男のやった事を、正当化してはいけない。どんな事情があったとしても、罪を犯した事は事実です。と。

 そして牢屋の中では粗末な食事しか出ない事、鉱山に行ってもそうであろう事……牢屋には手紙や洋服、食べ物などを差し入れる事が出来る、と教えてくれた。


 それをラキルに伝えると、

「さすが、ゲンだな……」と呟いてから、

「タロ、ありがとな!」

 僕に抱きついてきた。ラキルにも、ゲンのアドバイスが通じたみたい。

 頭の上で、鼻水をすする音がした。

 

 




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