第32話 噂話

 ザックの家での夕飯は、ユッカとゼムが加わって一昨日よりさらに賑やかに、さらに楽しい一時ひとときだった。


 僕達は果物とお菓子を持ってザックの家に行った。今回は手ぶらって訳にいかないよね。ユッカ達はワインを持って来ていた。

 ザックの奥さんに、また大勢で押し掛けて申し訳ない、とラキルが言ったら「私は料理が好きなのよ!この人と結婚したのも、たくさん食べてくれるからだもの。たくさん作れて嬉しいわ」って。

 ネリも疲れていただろうに、いっぱい手伝ったらしい。大丈夫かな?

「じゃ、討伐成功に乾杯だ!」

「ネリ、タロウ、ランクアップおめでとう!」

「乾杯!!」「かんぱ~い!」「ワワン!」

 皆がビールで乾杯した。

 僕とネリはビールをアポーのジュースで割ったもの。これはとても飲みやすくて美味しかった。でも、もう二日酔いにはなりたくないから、一杯だけ。

「……今回の仕事は、きっとずっと記憶に残るだろうなぁ」とゼム。

「私は、一生忘れないわ!」とネリ。

「……本当に世話になった。皆、改めて礼を言う」と頭をさげるザック。

「よしてよ。面白い仕事だったし、いい経験になったわ。鋼鉄の盾はマジ重かったけど」とユッカ。

「ハハハ!最後にオチも付いたしな」とラキル。

「バゥ……」『ボクも行きたかった……』

「ジローもお留守番、偉かったね!」

 僕もきっと忘れない。初めて、冒険者として仕事を達成した!って実感。……ミーバックのアレは置いといて。

 この、冒険者の人達と、僕も一緒に。


「しかし……何故ゴーストなんかが現れたんだろうな」

「それはこれからギルドが調べるだろ」

「そういや、カシワ村の近くでもガルドが出たろ。……タロウを有名人にした」

「ああ、まだ原因は分かってないな」

「魔物の生息域が変わってきてるとしたら、厄介だね……」

「警戒しとかねぇとな」

「ま、今日は祝いだ!飲め飲め!」


 宴会は盛り上がったけど、ラキルが明日の朝、エルフの里に行く馬車を見つけて話をつけて来ていたので、僕達は早めに宿に帰る事にした。

 みんな口々に「また一緒に仕事しよう」と言ってくれた。凄く嬉しかった。


 翌朝、宿の女将さんが「また来とくれよ!気を付けて行くんだよ」と、ジローのバックに干し肉を入れてくれた。

「バウ!」『ありがとう!』

「ふふ、どういたしまして」

 ……ジローの事が好きな人は、ジローの言ってる事がわかるみたい。


 ナーラからエルフの森まで、商人の馬車の護衛。今回の仕事は、報酬はなし。その代わり馬車賃はジローの分だけ。そういえば前回もそんな感じだった。

 商人としては護衛はたくさん居た方が安心、でも費用はなるべく掛けたくない。一方冒険者は、護衛する代わりにタダで馬車に便乗できる。お互いに損はない為、よく使われる方法のようだ。ただし、エルフの里にはギルドがないから、馬車は帰りの護衛も連れて行く必要がある。

 ナーラの街からエルフの森までは日帰り出来る距離だから護衛の費用は安い。でも報酬の低い依頼を、高ランクの冒険者が受ける事は、まずない。

 商人にとって悩ましいところだろう。


 一緒に護衛する冒険者の人に挨拶をすると「キミ、もしかしてカシワ村のタロウ?」と聞かれた。

「A級の魔物を一人で倒したんだって?Dランクなのに」

「ええ!? 本当ですか?」

 御者席の商人さんも振り向いた。

「あ、たまたまです、たまたま!……僕はトドメを刺しただけ?みたいな……」

「そうそう、それにタロはもうCランクだぜ」

「お、そうだったのか。それにしても大したもんだ!回復師なのに」

「えへへ……ありがとう」

 褒められるのは嬉しいな。怪しまれちゃいけないのは分かってるけど。ふふふ、と思っていると、話好きらしい商人さんが馬を駆りながら

「そうそう……この街道近くに出た化け物、やっと退治されたんですって?」

「ああ、そうらしい。今朝ギルドで話題になってたよ。狙ってて見つけられなかった奴ら、悔しがってたな!」

 ……なるほど。冒険者達の情報の早さと広さはこうやって……。

「あ、それ俺達だよ」

 ラキルが得意そうな顔で言った。

「は!?マジか!」

「本当ですか!是非とも話を聞かせて下さいよ!」

 ───ラキルは事の顛末を詳細に、そして擬音を多用し声に抑揚をつけ、臨場感あふれる物語にして、熱く語った……。


 ラキルの話が終わると、二人はひとしきり感心し、また商人さんが話始めた。

「……あれは知ってます? カジノで成り上がった、謎の男の話」

「謎の男?」

「いえね、謎って言っても、実在する人物なんですよ。北のコーザス地方に……」

 その男は商人で、一銅貨なしから始めて巨万の富を築いた。王都にカジノを建てたのだ。しかもまだ若いうちに。かなりの変わり者で、王都で贅沢な暮らしが出来るにもかかわらず、何故か王都から一番離れた寒くて住み辛いコーザス地方に拠点を構え、ほとんど人前に姿を見せない。何処の出身で、どうやってそこまでになったのか……誰も知らないと言う。

「名前は忘れたけど……その人、タロウさんと同じ黒目黒髪だそうですよ。まぁ、噂ですけどね」

「へえ、そうなんだ。あのカジノが出来たのは、俺がまだ子供の頃だったからなぁ」

「お、ラキルさんは王都の出身ですか──」

 ───謎の男の話は、別に興味はなかった。成功者は色々と噂されるものだ。芸能人みたいに。……ただ、僕と同じ黒目黒髪、と聞いて、ちょっとだけ気になった。


 話好きの冒険者と商人のお喋りを聞いていたら、あっと言う間にエルフの森が見えて来た。

 ジローの乗車賃を払い、馬車を降りると、ジローが森の方に走って行った。

「あっ、ジロー!待って!」

 僕は慌てて挨拶を済ませ、ジローを追った。ジローは森の入り口でちゃんとお座りして、しっぽをフリフリしながら森の方を見ている。……誰か来るの?

「まぁやっぱり!ライ……ジロー様!」

「お待ちしておりました、ラ……ジロー様」

 キラとララ。双子のお世話係のお姉さん達だ。

「お久しぶりです、キラさん、ララさん」

「タロウ様、早々のお戻り感謝いたします」

「お迎えに上がりました。さ、参りましょう」

 二人が『ジロー』って呼んでるのは、人前だからだろうな。

「……なぁ、なんで俺達が今日来るのが分かったんだ?」

 そう言えば、そうだ。

「ラ……ジロー様の気配がしたのです」

「ええ、徐々に気配が近くなりましたので」

 え、気配……。ここからエルフの里まで距離があるし、キラさんララさんの居る神殿まではもっとずっと遠いよね? ジローに位置情報を知る発信器でも付いてるの?

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