第31話 討伐


 シン……としている。

 何事も起こらない。

「……居る。奴だ……頭をあげるなよ」

「……分かる。強い魔力だ……」

 何となく、ゾッとする。これが強い魔力のせいなのか、僕の恐怖のせいなのか、よく分からない。

 ガサッ!「チッ……」

「ギ……」ドサッ。

 誰かの舌打ちの後、魔物が倒された音──と同時に

「来たぞ……右だ!!」

 僕とネリが盾と盾の隙間から魔法を撃つ。連続で、右方向のあらゆる場所に向けて。その一瞬後、ヒュッ!カンカンカンカンカンカン!!盾に石が当たった様な音。

「後ろだ!移動した」

 僕達は向きを変え、後ろ方向に魔法を撃つ。とにかく撃つ。だが、

「前だ!」「左!」

 敵の移動が早く、盾の隙間から魔法を撃つ僕達は多分スピードが追い付いていない。盾の中でぐるぐる回っているうちに、前後が分からなくなる。その間にも敵は魔法を撃ってくる。───敵が何処に居るのかも、ダメージを与えているのかも分からない。

 だけど判った事もある。敵が使ってくる魔法は一種類。一度にたくさん撃ってくるけど、攻撃に少しだけ間隔がある。

「くっ……!」

「防御!」

 ザックの号令で全員がしゃがみ、盾の陰に隠れる。

「怪我は?」

「足だ……大した事はない」

 ラキルだった。すぐに回復魔法をかける。

「どうする、らちがあかない」

「動きが速い。多分攻撃が当たってない」

 そう。多分相手は、こっちの攻撃を避けてる。見えてるからだ。攻撃が来る場所を。僕達は見えてないから狙えない。相手の場所さえ、判れば。

「……あのさ」

 僕が考えた事を手短に話す。

「近くの木まで移動する。僕が木を背に、ネリは僕の前、しゃがんで撃って。攻撃範囲を分担する。ネリが左側、僕が右側。後ろは気にしない。撃ち続ける」

「……なるほど。やってみよう……俺の右に、太い木がある」

 僕達は防御姿勢のまま、ジリジリと右方向に移動した。体勢を立て直す。今の移動で、僕の後ろに木、右にザック、右前にユッカ、左前にラキル、左にゼム。ネリが僕の前でしゃがむ。

「回復は?」

「大丈夫だ」

「ネリ、魔力は?」

「待って。補給する」

 僕もカバンから魔石を出して光を移した。ネリの足元に置く。

「ネリはザックとユッカの間から、僕はラキルとゼムの間から。威力はいらない。なるべく広範囲にたくさん撃って」

「わかった」

「四人はしゃがんだまま、防御して欲しい。他の魔物が来ても基本無視で」

「ああ」

「分かった」

「ザック、ゴーストが逃げる気配があれば教えて」

「よし」

「……じゃあ、やってみよう」

 ネリと僕は両手で魔法を撃ちまくる。向こうも撃ってくる。僕は向こうの攻撃が止むの一瞬だけ盾の上から顔を出して確認する。やっぱり……思った通りだ!

 攻撃が当たればそこで、魔法が消える。当たらなかった魔法はもっと先まで飛んで行く。これでその一瞬だけ、敵の位置が判る。あとはタイミングだ。……だけど、なかなかタイミングが合わない。敵は相変わらず動き回り、魔法を撃ってくる。でも、その魔法の威力が少し弱くなって来た。

 持久戦かもしれない……僕達の魔力が持つだろうか……?

 そう思った矢先、その時が来た。僕が頭を出した時、ネリの魔法が当たって消えた。

「そこだ!!」

 その場所に向けて力一杯、魔法を撃つ。同時にネリも、渾身の炎を放った。

 バシッ!ゴオォ!当たった!

「ォオオォ……」

 不気味な波動と共に、そいつは姿を現した……と思う。暗くてよく見えなかったんだ。それは紫の霧のようなあやふやな固まりで、その霧がどんどん収縮していき、消えた。ボトッと何かが落ちた音がした。

「……やったのか?」

「……たぶん。ちょっとこの陣形のまま、えーと、ユッカの方向に動いてみて?ゆっくり」

 光を灯して地面を照らしながら、魔物が消えた辺りに行ってみると───あった。紫色の魔石だ。

「これは……」

「ああ、闇の魔石だな」

「本当にゴーストだったんだ……」

「やったな!」

「とにかく街に戻ろう……気を抜くなよ」


 僕達は来た時と同じように陣形を組んで森を進んだ。来た時と同じように魔物が何匹か出たけど、問題はなかった。一番の問題は、やっとたどり着いた街の門が閉まっていて、朝まで入れなかった事だ。……誰もソコに気づかなかったんだ……。

 僕達は街の塀の外で、交代で寝て(もちろん野宿だ)夜を明かした。


 門が開くと一旦解散となった。皆一度帰って休んで、午後にギルドで集合だ。

 僕とラキルが宿に帰ると、ジローが出迎えてくれた。

「ワン!ワン!」『お帰り!どうだった!?』

「うん、バッチリ!……ちゃんと留守番してた?」

「ワウ!」『おばさんが遊んでくれた!』

「おばさん?……あ、ここの人?」

「ワフ」『そう』

 出かける時、宿の女将さんに今日帰らない事と、ジローにお水をあげて欲しいって言って行ったんだ。

 裏の井戸で身体を洗って服を洗濯し、食堂で女将さんにお礼を言って軽くご飯をたべた。女将さんは「いや、ジローちゃんは良い子だね!こっちの言ってる事がわかるみたいだ」とニコニコして、今日からジローの分の宿賃はいらない、と言ってくれた。ジローぐっじょぶ。

 そして部屋に戻って日記を書き、眠った。


 昼過ぎに目覚めてラキルを起こし、ジローも一緒にギルドに向かった。

 皆が集まった所で、揃ってカウンターに行く。

 紫の魔石はゴーストを倒した証明にもなり、さらに高値で買い取って貰えた。討伐報酬と合わせて金貨十八枚と銀貨六枚になった。一人金貨三枚と銀貨一枚で割切れるんだけど、ザックに盾のレンタル料と僕の帽子代も出して貰ってるので、みんな銀貨三枚ずつザックに渡す事にした。ザックは「最初に俺が出すって言ったんだからいらない」って言ったけど、みんな無理やり押し付けた。

「あー、ん、んん!」

 やり取りを見ていたカウンターの職員が割って入った。

「……お話中に申し訳ありませんが……ネリさん、タロウさん、ランクアップですね」

 みんなが「わあっ!」と盛り上がりかけたけど

「あー、まだです!話が終わってません!……お手数ですが、調書を作りますので。マスター室へお願いします」

「……ああ、それがあったか」

 僕はバッチを交換してもらって、銀色のバッチになった。ネリと一緒だ。ネリは-が+になったけどバッチはそのままなんだって。


 マスター室は二階の一番奥にあった。

 コン、コン。

「失礼します……討伐達成者をお連れしました」

「どうぞ」

 ギルドマスターは、年配の女性だった。凄い。女の人なのに、元Aランクなんだ……。

「この度はお疲れ様でした。……あなたがタロウね? 私がナーラのギルドマスター、ナオよ。宜しく」

「宜しくお願いします……」

「どうぞ座って。……さて、話を聞かせて頂ける?」

 事の経緯を主にザックが話して、マスターがたまに他の皆にも質問をした。ギルド職員の人が書記を務めている。


「───なるほど。だいたい分かったわ。お手柄でしたね。お疲れ様。だけど……夜中に森に行くなんて……まあ、今回は皆さん無事でしたから、あまり言いませんが」

 それから二十分程、マスターのお説教が続いた。


「今日は討伐成功、ネリとタロウの昇級祝いだ!みんなでウチに来い!」

 ザックの提案で、夕飯はまたザックの家で集まる事になった。

 ラキルはエルフの里に行く馬車の護衛依頼を探してから宿に帰るって言うから、僕は夕方まで、一人で図書室に行った。とりあえず魔物図鑑を手に取る。今回倒したゴーストのページを見てみると───

『ゴースト』

 実体がない事からこの名がついた。魔族であるとの見方も強い。

 推奨ランクC〜B

 属性・闇

 有効・光

 無効・物理攻撃

 生息地域・魔族の城

 有効部位・不明

 ───となっている。

 他の魔物のページを見ると───

『フォンマウス』

 体長五十センチ〜一メートルの小型の魔物。時速二十キロメートル程。鋭い三本の爪を持つ。グレーの個体が主だが、茶褐色の個体も発見されている。主に爪で攻撃してくるが、爪が折れると噛み付く。その肉からは濃く香りの良い出汁が取れる事で有名。

 推奨ランク・D

 属性・なし

 有効・全て

 無効・なし

 生息地域・全域

 有効部位・肉

 ───こちらは緻密な絵が書いてあり、情報も多い。たくさん倒されていれば情報が多いんだな。

 全部の魔物を覚えるのは難しいけど、知っていたら戦闘の時、凄く有利だ。

 見ているだけでも面白い。欲しいなあ。……金貨二十枚か……。











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