第30話 ゴースト
ラキルが宿に帰って来て、ユッカとゼムに会った事、後で訪ねてくる事を話すと、夜、ザックも来るらしい。なんか、僕に話があるって。
「ユッカとゼムか……いいかも知れないな」
ラキルが呟いた。
ユッカとゼムは程なくしてやって来て、宿の食堂で夕飯になった。
食事をしながら、お互いの近況報告なんかをしてる時に、ザックが娘さん、ネリを連れて登場した。ユッカとゼム、ザックとネリは、お互いナーラの街を拠点にしていて顔を知っていたらしいけど、改めて名乗り合い、握手を交わした。ザックのギルドランクはB+で、ネリはC-の魔術師だって。
ザックとネリは夕食は済ませて来たと言い、ワインとジュースを頼んだ。僕もネリと同じジュースを頼んだ。
「……ユッカとゼムは、ゴーストの噂をどう思う」
ラキルが声を潜めて言った。
「ああ、あれね……。アタシ達しばらく王都に行ってたんだけど、まだ討伐されてないみたいね」
「本当に『ゴースト』かどうかも分からないんだろ?」
「……最初の被害者が、ネリなんだ」
ザックがネリを見た。
ザックとネリは、その時の事を二人に詳しく話した。でも昨日、僕が聞いた以上の話はなかった。よく分からない、って事だ。
その後も被害者が出ていて、姿が見えない事、魔法攻撃しかしてこない事から『ゴースト』じゃないか、と噂されているらしい。だが、ゴーストは森に出る魔物じゃない。『魔族の城』と言われる、地下深くまで続く遺跡で確認されている魔物だ。普通の剣で切る事は出来ず、魔法か魔力を帯びた武器でなければ倒せない───魔物のランクで言うならB級だけど、魔法の準備がなければ逃げるしかない、と言う。逃げられれば、だ。
「……それで、ラキルには話したんだが……タロウ、討伐に協力してくれないか?」
ザックが言った。
「もし出来たら、ユッカとゼムにも協力して欲しい」
ラキルが言った。
「私は、やるわ。やりたいの!」
ネリが言った。
「……僕で、役に立つのかな……?」
僕は小声で言った。
「あくまで敵が『ゴースト』だとして、の憶測なんだが……」
ザックは、ゴーストは暗くなってから現れるだろう、と言った。ネリが襲われたのは夕方、森の中はかなり暗くなっていた。他の襲われた冒険者達も、同じだった。昼間、討伐に向かった冒険者達はゴーストを見つけられていない。ゴーストが確認されている遺跡も、地下深くにあると言う事は、暗いと言う事だ。
だが、それが分かったとしても……夜、森に入る人は居ない。真っ暗な中で魔物に襲われたら、危険極まりない。逃げ道すら分からない。
ザックの考えた計画はこうだった。
「俺達半獣人は、夜目がきく。少ない灯りで多少遠くまで見える」
ユッカが頷く。
「俺が先頭を歩く。俺はゴーストの気配を覚えてる。その後ろをタロウとネリ、二人には明かりを頼む。後ろをラキルだ。……ユッカとゼムが協力してくれるなら、左右をお願いしたい」
「もう、やる気だよ」
ゼムが真剣な声で言った。
「良かった。誰か探そうと思ってたんだ。腕のたつ奴を」
とラキル。ザックの話は続く。
「魔物に囲まれる危険もあるが、暫時切り捨てて行く。俺達四人は、鋼鉄製の盾を持つ。タロウとネリは、頭を守る防具だな。……多少、怪我はするかもしれん。だが、タロウが居る。落ち着いて対処して行こう。……ゴーストの気配がしたら、俺が合図する。盾でタロウとネリを守る形で、全員固まるんだ。俺が方向を指示する。タロウとネリはその方向に魔法を打ちまくる……その間、俺達は防御に徹する」
全員が静かに聞いていた。ザックが皆を見回す。
「……どうだろうか?」
「……いいんじゃない?」
「やってみる価値はあるな」
「タロ、どうだ?」
「うん……でも、ネリは怖くないの?その……怖い目に、会ったんでしょ?」
ネリは、僕よりも若く見える。ここでは年上かも知れないけど、見た目は中学生くらいだ。血塗れのネリを思い出してしまう。
「私、悔しいのよ。何も分からないうちにやられた事が。……しかも相手が魔法でしか倒せないなら、私がやる。仕返しよ」
つ、強い……。
「……あの時は、俺も無防備だった。だが、もう、ネリを傷つけさせん。もちろんタロウもだ」
ザックは、ネリが心配じゃないのだろうか。……そんなはずはない。ネリも、冒険者だ。自己責任。ネリが冒険者の道を選んだ時点で、覚悟してるんだろう。自分も、冒険者だから。守る為に、戦う……。
「僕も、やるよ。頑張るよ」
「ワン!」『ボクも!』
「ジローは危ないからダメ」
「……現実的な話だけどさ、鋼鉄の盾は、どうすんだい? アタシ達、持ってないよ」
「ゴーストを倒せても、赤字にならないか?」
「……俺の知り合いの武器屋に、話をつける。中古を扱ってる店だ」
「中古でも、金貨二、三枚するんじゃないか?それを四枚だろ?」
「借りるんだよ。心配するな、その金は俺持ちでいい」
「あとアレだ、討伐報酬の上乗せ、ダメもとでギルドに言ってみよう」
「ああ、それは多分いけるぞ。息子がギルドに居るんだが、すでに議題に上がってるらしい」
「でもねぇ、ギルドはシブイからねぇ」
大人の話になって来たので、僕とネリはジローと一緒に外に出た。
「タロウ、協力してくれてありがとう……巻き込んでゴメンなさい」
「ううん、ちょっとワクワクするよ」
これは強がり。本当は不安。
「僕は、攻撃魔法は光しか使えないんだけど……ネリは何の魔法?」
「私の適性は炎。あと風と水も使えるわ。冷気は苦手で、地と
「そんなに色々できるんだ!?凄い」
「回復と光を使えるタロウだって凄いわよ……タロウが光属だから、お父さんが今回の作戦を立てたの。……でも、アイツを倒したいってわがままを言ったのは、私」
「……ネリは、強いね」
ネリはジローを撫でながら「お父さんが居れば怖くないの」と言った。
「うん……僕も、ラキル達が居れば、怖くない」
これは本当。
次の日の午前中、皆が分担して仕事をした。
ザックは鋼鉄の盾を用意する。
ネリは頭防具の用意。
ユッカとゼムは報酬の交渉。
ラキルはギルドでゴーストの情報を集めるって。
僕は特にやる事がなかったので、回復水を作って水筒につめた。
昼、また宿の食堂に皆で集まった。
「やったよ。討伐報酬、金十七になったわ」
「二十で頑張ったんだけどな」
「おう、俺も盾四枚、用意出来たぞ」
「これ、私達の帽子。革だけど、
「俺の方はあんまりだな。図鑑にも、噂以上の事は書いてなかったよ」
「えっと……僕は回復水を作りました……」
決行は今日の夜に決まった。
この後はそれぞれ帰って休み、早めに夕飯を食べて夕方に西の門に集合、となった。
西の門は小さな、狭い門だ。
門の周辺には、馬車が停まる代わりにテントがいくつか張られ、肉を焼く冒険者の姿があった。宿に泊まる金を節約する冒険者達だ。この門はほぼ冒険者しか使わない。馬車も通らないから道も狭い。門から出ると、すぐ林で、進むほどに木々が濃く、闇が深くなる。
「狩場だ」とザックが言った。
交通の要、ナーラの街に集まる冒険者達の仕事は、主に護衛だ。だが当然、あぶれる者もいる。あるいは街からあまり離れたくない事情がある時もある。そうした冒険者は、西の森で魔物を狩って日銭を稼ぐ。魔物を狩れれば少なくとも肉と魔石は手に入るから、食うだけなら困らない───俺もそうやって生活してる。考えてみりゃ、魔物様々だ。ザックが話してくれた。
三十分程歩くと、辺りは森になった。道も途切れた。すっかり日が暮れて月が出ているが、先に見える森の中は真っ暗だ。
「……よし、手はず通り陣形を組もう」
ザックが前、その後ろに僕とネリが並び、僕の横にユッカ、ネリの横にゼム、後ろにラキル。街の近くで練習した、ザックの合図に合わせてサッと
更に三十分程森を歩く。
何度か魔物が出たけど、四人の誰かが一瞬で倒している。僕には見えないけど、剣が空を切る音と、魔物の呻き声でそれを知る。誰も喋らないし、歩みを止めない。僕達の歩く僅かな音と、遠くから聞こえる魔物の声。僕は魔物よりも、暗闇と静寂さが怖くなって来た。
───そんな時、ザックが止まった。
全員に緊張感が走る。
「……居るぞ」
四人が練習通りサッと近づき、一塊になり盾を構えた。
僕は光を出来るだけ小さくした。
ネリが唾を飲み込む音がした。
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