第29話 みんないい人
「うう、なんか気持ち悪い……」
翌朝、起きると喉がカラカラで胸がムカムカする。自分で作った回復水をがぶ飲み。いくらかスッキリしたような……そうでもないような。
「ああ、それは二日酔いだな」
とラキルに笑われた。昨日は料理が美味しくて楽しくて、ワインを二杯飲んだ。僕はあまりお酒に向いてないのかも知れない。
ここでは子供でも、食事の時にワインを水で薄めたり、ジュースで割ったモノを飲んだりする様だけど、身体のつくりが違うのかも……。あっちの世界だったら僕はまだ未成年でお酒は飲んじゃいけないんだから、これからは気を付けよう。
あんまり食欲がないけど、朝ご飯だ。
僕は薄い味のスープ、ラキルは朝からガッツリお肉。……昨日もあんなの飲み食いしたのに、凄いなぁ。
食べ終わる頃、ザックが現れた。ザックとラキルは昨日、一緒に仕事をしようと約束したらしい。僕も誘われたけど、今日は、行くところがある。ジョアのお父さんの店だ。ザックに言うとその店の事を知っていて、場所を教えてくれた。
そんなに遠くなさそうだったので、ジローと散歩がてらに歩いて行った。
途中で本の絵の看板を見つけた。本屋さんだ! カシワ村には、本屋さんがなかった。早速入ってみる。
「あの、図鑑はありますか?」
「右の棚の端だ」
眼鏡をかけた気難しそうなお婆さん。ちょっと怖いな……。
言われた棚を見ると、色々な図鑑があった。薬草。花。鉱石。魔物。ああ、全部欲しい!……試しに魔物の図鑑を手にとってめくって見る。魔物の詳細な絵と名前、情報……。これは文字の勉強にもなる。ちょっと分厚くて重いけど、ミーバックだから問題ないだろう。裏表紙に値段が貼ってあった……ん?……金貨二十枚!?高い!ちなみに薬草の図鑑は……? 少し薄いし……あぁ、これも金貨十七枚……。本って高いんだな……。僕は諦めて店を出ようとした。するとお婆さんが「お前さん、新米冒険者か?」と聞いてきた。
「……? はい、そうです」
「やっぱりね。魔物や植物の図鑑なら、ギルドにあるよ。聞いてみな……またおいで」
「え……はい、ありがとうございます」
……意外と優しい。
僕はお辞儀をして本屋さんを出た。
ギルドも気になるけど、まずはジョアのお父さんの店だ。
その店は裏通りにあったけど、ザックに説明して貰っていたからすぐ分かった。「革の匂いがする」って。
「こんにちは」
店に入ると、革の独特な匂いが強くする。カバン、鎧、盾、靴や帽子……全部、革製品だ。でも商品が置いてあるのは店のごく一部で、広い店のほとんどは作業場になっていて、数人の職人さんが働いている。
「何かご用かな?」
職人さんの一人が僕に気づいて声をかけてくれた。真面目そうな顔……ちょっとジョアに似てるかも。この人がお父さんかも知れない。
「あの、靴を作りたいんですが」
「はいはい。こちらへどうぞ」
僕は革のソファーに座って、靴と靴下を脱ぐように言われた。店の人は白い液体が入った箱を二つ持って来た。
「型を取るからね。これに足を入れて」
石膏かな? なんだか本格的で……お値段が心配になって来た。
「で、どういった靴がお望みかな?」
「詳しくないんですけど……」
職人さんが、商品を指差してどの形がイメージに近いか、聞いてきた。
僕はショートブーツがいいな、と思った。それでいくら位か聞いてみると、使う革によるけど、安い革で金貨三枚から、なるべく予算内でやるよ、と聞いて安心した。
「ところで君は冒険者かな? 得物は何だい?」
「……基本回復師で……少し攻撃魔法も……」
「えっ?もしかして……カシワ村のタロウ?」
あ。まずかったかな。ここでも噂になってる? 僕は一瞬、戸惑った。いやでも、ジョアが手紙を出したって言ってたし。
「そうです。あの、ジョアのお父さんですか?」
「ああ!そうだよ!いや、息子が世話に……おっと、足を出していいよ」
石膏から足を出した。ジョアのお父さんは礼を言いながら石膏を片付けて、僕の足を手で触り、観察しながら紙にメモをしていく。
「息子の恩人だ、最高の靴を作らせて貰うよ。任せてくれ。お代はいらないよ」
それは困る、お礼ならもう、ダガーを安くして貰った、そう言うと、それは本人からの礼で、これは自分からだ、と言われてしまった。そして最優先で作るが、二ヵ月程かかる事を聞いた。
「だったら急がなくて大丈夫です。これから王都に行って暫く滞在する予定だから……」
「そうか。仮縫いまでは仕上げておくよ」
一度フィッティングをして、問題がなければ後は三日で仕上げる、と言いながらジョアのお父さんは首を揉んだ。
「……ちょっと、いいですか?」
僕はジョアのお父さんを椅子に座らせて、首と肩をマッサージした。師匠にやるように、回復魔法を流しながら指圧していく。肩も首もガチガチに凝っていたから、少し強めに回復魔法を使った。
ジョアは元気な事、お父さんの後を継いで、いい職人になる為に頑張ってる事なんかを話ながら……十分位マッサージしたら大分ほぐれた。
「どうですか?」と聞くと
「……凄いな、これは……。目もよく見えるようになった気がする……頭もスッキリしたよ」
良かった! お金を受け取って貰えないなら、他のモノで返すしかないもんな。他の職人さんにもやってあげたい、って言うと
「……いいのかい?悪いね。じゃあ……」
職人さんはあと三人居て、順番でやってあげた。
「なんだ、こりゃぁ。身体が軽くなったみてぇだ!」
「はあ〜、て、天国だ……」
「仕事がはかどるよ!」
みんな喜んでくれた。職人さん達、みんなガッチガチで、大変な仕事なんだな、と思った。
「今度来た時も、またやらせて下さい」
「おお、助かる!」
「しかし、いいのかねぇ?ジョアの坊主の恩人なんだろ?」
「だよなぁ。……俺達もなんか礼をしないとな」
それは丁寧に断った。
みんないい人ばかりだ。そう思いつつ、革屋さんを出た。
「ジロー、遅くなってゴメン」
『みんな遊んでくれた!』
ジローはどこでも大人気だな!……こんなにカワイイのに、神獣様かぁ……。
……さて、ギルドに行ってみようかな。
「魔物の図鑑があるって聞いたんですが……」
ギルドのカウンターで聞いてみると、二階に行くように言われた。
階段を昇るとすぐ分かった。図書室だ。そんなに広くない。入り口に居た職員に利用の仕方を聞いた。
「誰でも利用できます。ただし持ち出しは禁止です。飲食も禁止。本は丁寧に扱って下さい……それと……犬、は……どうだったかしら……」
ごめんなさい。図書室に犬連れて来る人なんて居ないもんね。
「分かりました。また来ます」
「ワン」『また来ます』
ジローはダメだと思うんだ……。
『タロー、お腹減ったね』
そうだ。気づくとお昼を過ぎていた。ギルドの食堂を覗いてみる。……人は少ないみたい。ジローが入れるか聞いてみたら、入り口付近の端の方の席なら構わないって。
壁にかかったメニューを見て、よく分からないからオススメを頼んだ。カバンからジローのお皿を出して、水筒の回復水を入れててあげる。僕の作った回復水を、美味しそうに飲んでくれるジローを見ながら料理を待っていると、
「あれ? ジロー?」
「おおっ、タロウ!久しぶりだな!」
ユッカとゼムだ!
僕の初めての旅で一緒になった、頼りになる夫婦の冒険者だ。
僕達は一緒にご飯を食べた。
「元気そうだな」
「ジローもね」
「ワン!」『元気!』
「先生とラキルは一緒じゃないの?」
「ラキルは一緒だよ。これからエルフの里に行って、それから王都に行くんだ」
「ああ、残念。入れ違いか」
ユッカとゼムは王都から帰って来たところだって。
「タロウ、あの噂、聞いたよ。すぐタロウだって分かったよ」
「魔法、覚えたんだ?」
僕は二人にも、噂は大袈裟だ、と伝えた。ゼムは「え、じゃあ本当のところはどうなんだ?」と言い、ユッカは「なるほどね、そう言う事にしとくんだね。……ゼムは鈍いんだから」と、ゼムの頬っぺたをムギューと引っ張った。
ご飯を食べ終わって、お茶も飲み、ラキルにも会いたいから夕食を一緒に食べよう、後で宿に行く、と言って二人は帰って行った。
僕達も少し早いけど、宿に帰る事にした。
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