第33話 温泉

 

 森から里へ、そして小舟に乗って長老の家へ。

 途中、ラキルに「そういやタロ、長老のご褒美、考えたのか?」と聞かれ……うわ、すっかり忘れてた……。どうしよう。

 何も考えつかないうちに長老の家に着き、挨拶をするとすぐに双子が

「さぁライラプス様、神殿に参りましょう」

「温泉で清めましょう。お疲れがとれますよ」

 ……温泉? あの温泉かな……!?

「お!温泉があるのか!」

 僕が聞く前にラキルが言った。

「そうです」

「それはもう、神の互利益のある」

「それ、お風呂ですか?……暖かいお湯につかる?」

「 もちろん、そうです」

「ちょうど良い温度です」

「……僕も入りたい!」

「俺も!」

「ワウ!」『一緒に入る!』

「ええ、では参りましょう」

「では長老失礼します」

「……」

「いやぁ温泉かぁ!久しぶりだな!」

「ラキル入った事あるの? 僕は初めて!」『気持ちいいんだよ!』

「ふふ、ライラプス様は大好きなんですよ」「わたくし達の肌が美しいのも……」

 僕達は賑やかに長老の家を後にした。

 ……あれ、ちょっと長老をないがしろにしちゃった……いや、し過ぎじゃないかな、と思ったのは神殿に向かう機関車が動き出した後だった。


「うっわ〜!温泉だ!」

「おー、でかいな!」

 神殿にある温泉は、露天風呂だった。……神殿そのものが山だから当たり前だけど。

 ラキルとジローはザッブーン!と温泉に飛び込んだ。僕は熱いお風呂は苦手なので、そろそろと入ったんだけど、本当に丁度良い湯加減だった。

「うはぁ〜、極楽、極楽」

「ワフゥ〜」『ごくらく〜』

 ラキルとジローが年寄りくさい……けど

「ふぁ〜〜」

 つい、声が出てしまう。

 だってこっちに来てから、湯船に浸かるのは初めてだ。そういう習慣がないみたい。それに、僕は温泉も初めて。家族旅行とかした事ないし……入浴剤の『温泉の素』ならあるけど。

 でも全然違う。身体からだから力が抜けて、疲れも抜けて、そう、重い荷物を下ろした様な感じ。……このお湯、もしかして回復水?

 湯気の向こうには、青い草原に散らばる岩と色とりどりの花、回りを囲む山々……美味しい空気……。暫し僕達は無言で至福の時を過ごした。

 ───ああ、そろそろダメ人間になってしまうかも……そう思った時、

「気持ちいいでしょう?」

「ライラプス様、お流ししましょう」

「ワッフ」『は〜い』

「!?」

 キラさんとララさんが突然現れた。

「さ、お二人も」

「ご遠慮なさらずに」

「いや、俺は」

「ぼ、僕も自分で出来ます!」

 そんな、僕達ハダカなのに……。ラキルも焦ってる。

「ワウ?」『気持ちいいよ?』

「ふふふ、お恥ずかしいのね?」

「ふふふ、お可愛らしい」

「私達、あなた方のお母上のような歳なのに」

「あら、孫かも知れないわよ?」

 二人はクスクス笑いながらジローを丁寧に洗っている。ジローも気持ち良さそう。

 僕達はコソコソしながら二人に背を向けて、体を洗った。


「やった!米だ!」

 温泉を上がって建物に入ると、食事が用意されていた。ラキルは白いご飯に大喜び。僕だってもちろん嬉しい。ただ、さらに……様々な料理の中に、それを見つけて歓声をあげた。

「魚だ!!」

 こっちに来てからずっと肉ばかりだったから、魚が食べたかったんだ!

「神殿の池で取れるんです」

「里の池にも居ますけど、ひと味違います」

 魚はとても淡白な味だけど、ほんのり甘い。身は柔らかく、口の中でホロホロと崩れ……これで味噌汁とお新香があったら……。また、日本を思い出してしまった。

「タロ、魚好きなのか? 王都に行ったら好きなだけ食べれるぞ。海の魚だけどな」

 海……! 海なんて、何年見てないだろう。王都は海のそばにあって、漁師さん達が居るらしい。この地方は内陸部だから海の魚はめったに食べられないって。輸送手段が、難しいんだろう。

 僕達が食事をしているとジローが入って来た。フワッフワになって。


 その日はそのまま、神殿にあるキラさん、ララさんの住んでいる家に泊めて貰った。夕食が早めだったので、寝るまで二人に色んな話を聞かせて貰った。

 二人はジローのお世話係で間違いないけど、本当は『神獣の巫女』って言うんだって。巫女はエルフの独身女性から選ばれて、巫女である間、結婚は出来ない。だから二人とも独身だ。「わたくし達はライラプス様と結婚したんです」って。

「千年に一度の、神獣の転生に立ち会えた私達は本当に幸運です」

「私達は一生をライラプス様に捧げるのだと、誓いました」

「転生されたライラプス様は本当にお小さくて。お可愛らしくて」

、ライラプス様が」

「……転生する前は、どんなだったんだ?」

 ラキルの質問の答えに驚いた。

 ジロー……ライラプスは、大きさで言うと小さな家くらい、その姿は気高く畏れ多く、気品と威厳のあるお方です、と……。

「おお……それは神獣っぽい」

 千年も生きたら、そうなるのも分かる気はするけど……ジロー、そんなに大きくなったら一緒に歩けなくなっちゃうよ……。そう口にしてみると、

「タロウ様、大丈夫ですわ」

「何代か前の巫女の記録に、ライラプス様の成長記録があります」

「転生から百年目に、ライラプス様の体長が一メートルを超えた、と」

「タロウ様は純粋人ですから……」

「ララ、失礼よ」

「そうね。申し訳ありません、タロウ様」

「まだ暫くは大丈夫、という事です」

 なるほど……ジローが大きくなる頃、僕は生きていないだろうと……。ほっとした様な……余計に淋しくなった様な……。

「ワフゥ?」『どしたの?』

「……まだまだずっと、ジローと一緒に居れるって」

「ワン!」『うん!』

 ラキルが目頭を押さえてる。

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