第40話 正義と、情と


 次の日、ラートハイム夫妻を見送った後、厨房に昨日の回復薬を取りに行くと、ジャンが洗い物をしていた。

「手伝うよ」と言ったら全力で拒否されたので、思いついてピッチャーに回復水を作った。「良かったら使ってみて」と置いておく。ジャンは笑顔になって「凄く楽しみです!」と言ってくれた。


 それから午前中に師匠への手紙を書き上げ、ラキルとジローと一緒にアランの操る馬車に乗って、東ギルドに向かった。

 ギルドで手帳を出し、回復薬を納品すると、その内容が手帳に記された。そうやって他のギルドと情報を共有してるみたい……面倒だな。パソコンなら一瞬なのに。でも、そうなるとギルドで働いている人の半分は、職をなくすかも……?

 次は、隣のカウンターで手紙を預ける。

「ユーゴ地方、カシワ村。えーと……銀貨ニ枚、銅貨ニ枚です」

 どうやら場所によって値段が違うようだ。僕の感覚だと高いけど……冒険者や商人に頼んで運んで貰うらしいから、しょうがないのかな。でも、うーん。あんまり頻繁には出せないな……。


「アラン、都を一周して帰ろう」

「はい。では……ここと……あそこと……」

 アランとラキルは、王都観光コースを練ってくれている。

 その時、後ろから馬の蹄の音がして、馬に跨がった騎士団の人が二人、僕達の横を通り過ぎた。

 騎士団の制服は白くピッタリしたズボンとシャツに、国旗と同じマークが入った赤い布を、頭だけ出す形で前後に垂らしている。あの布の下に防具を付けてるって、フランツさんとエリスさんに教えて貰った。腰に剣を差し腕に盾を付けて、姿勢良く馬に乗る姿は……かなりカッコいい。

「見回りの騎士だ」

 僕達の馬車は、その二人に付いて行く形になった。


 東ギルドから北ギルド方面へ。

 この辺りはお城から一番遠いエリアで、家が密集してる。馬車が通る道から、何本も細い路地が伸びている。家の窓から顔を出して、路地を挟んで話をしてたり、お婆さんと犬が日なたぼっこしてたり。下町って感じかな。

 途中で道を折れ、メインストリートに出る。北門からお城まで続く、街道と同じ広さがある大通りだ。右に行けば北ギルド。左へ行けばお城の前の広場にぶつかる。

 大通りを横切り、西門方面へ。

 ここのエリアも、奥に行けばさっきと同じような住宅街だそうだけど、ここには闘技場がある。かなり大きな建物だ。高い壁で中は見えないけど、時折歓声が聞こえてくる。今日は何か球技の試合をしてるみたい。

「年に一度の、剣士トーナメントの時は凄い盛り上がりだぞ。入場券を手に入れるのは至難の業だ」

「ラキルは出ないの?」

「……考えとく」

 後から聞いた話、国中からAランクの冒険者が集まってくるらしい。

 西門と東門をつなぐ大通りに出ると、通りの向こう側の雰囲気がガラッと変わる。

「カジノと劇場があるエリアだ」

 高級な宿、高級な家具屋、高級なレストラン……子供は入れない店なんかもあるんだって。

「……金さえあれば天国、って場所だな。塀の向こうは金のない人間ばかりのスラムなのにな」

 ラキルが不機嫌そうに言った。

 スラム街は貧しい人達が住む場所で、勝手に無秩序に家を建てているから、町の中は迷路の様に入り組んでいる。王都の外壁に沿うように広がっているが、基本的に王都の外だから、ギルドも騎士団も手を出さない。 

 認めている訳ではないけれど、排除するには規模が大きくなり過ぎていて、実質見て見ぬふり……。だから、犯罪者が逃げ込むのに恰好の場所になっている。カジノが出来てから、スラム街がさらに大きくなっていってるそうだ。

 西門が見えて来た時、

「キャァー!」

 女の人の悲鳴がした。

「そこに居ろ!」ラキルが飛び出すと同時に馬車が止まった。

 僕も馬車のドアを開けたけど、アランの「駄目です!ドアを閉めて!」の声に慌ててドアを閉めた。

 ラキルは街角に消えた。さっきの人達だろうか、騎士が馬で駆けつけ、同じ方向に消えた……と思ったら、別の角から走り出して来た男が、こっちに向かって来た!

 アランが御者台から男に鞭を打つ。

「ぐっ!」鞭は的確に男を捉えたが、でも、男は止まらなかった。西門に向かって一目散に走る。西門の前に、騎士の馬が先回りして立ち塞がる。方向転換しようとした男に、どこから現れたのか、ラキルが見事なタックルを決めた。騎士団の人達がすかさず取り押さえる。

「うわぁ!」「おおぉ!」「ピュー!」

 街角に居た人達が、ラキルと騎士団に賞賛の拍手を送る。

 ───何故か、僕は、この出来事を詳細に見ていて、覚えている。

 男は女性物のハンドバッグを抱えて逃げていた。その顔は若くもなく、必死の形相だった。身なりはどう見ても貧しかった。体力がある様にも見えなかった。ラキルや、騎士団の馬に敵うはずがない。

 ……西門の手前で男が捕まった時、こちら側の野次馬ははしゃいでいたが、西門の向こう側に居た人達は、静かに消えていった……。

 男が縛り上げられ、騎士団に連行されて行く時……騎士が「ご協力感謝します」とアランに敬礼した。その時、僕は男と目が合った。

 その人の目は憎しみと、悲しみと、諦めと……僅かに救いを求める揺らぎがあって、でも、僕から目を逸らす瞬間には何も見ていなかった。

 被害者の女性はドレスを着て日傘を差し、連れの男性もお洒落な帽子を被った、太めのお金持ち風の人だった。


 ラキルが馬車に戻って来て、本当なら、僕は、賞賛やねぎらいの言葉をかけるべき場面なんだろうけど、今さっきの男の目が頭から離れなくて……とっさに言葉が出なかった。ジローの『大丈夫?』と言った声で我に返る。

「ラキル大丈夫!?ケガは!?」

 ラキルは少し悲しそうに笑って「大丈夫だ」と言った。


 王都観光は終了、真っ直ぐ屋敷に帰った。

「まあ、ラキル様!こんなに汚して……」

 ミーナがラキルをお風呂に連行した。

 僕はジローと部屋に戻って、ジローに聞いた。

「……ねえ、ラキルは良い事をしたよね」 『うん!』

「……あの人、悪い人だよね」

『んー……わかんない』

「だって、女の人のカバンを取ったんだよ?」

『じゃあ悪い人!』

「……そうなのかなぁ」

『?』

 自分でも何が言いたいのか分からない。

 ───コン、コン。

「……タロウ様、宜しいですか?」

 どうぞ、と言うとゲンがお茶を持って入って来た。


「……ケンカでもなさったのかと思いました」

 ゲンは、帰って来た僕達の様子がおかしいと思ったみたい。僕はさっきの出来事と、ラキルの様子、それから僕のモヤモヤした気持ちを正直に話した。

「そうでしたか……そんな事が。は、は、は」

 意外にもゲンは笑った。

「……可笑しい?」

「いえ、そうではありません。そう……嬉しいのです」

「何で……?」

「あなた方は……ラキル様もタロウ様も、正義感が強く……同時に情け深いのでしょう。それは、どちらも人として、とても大切な資質です。私は、その様な方々にお仕え出来る事を、大変誇りに思います。それに……」

 ゲンは僕の前に膝をつき、僕の目を見ながら話した。

「ラキル様は、成長されました。タロウ様の影響もあるのでしょう。……タロウ様。今回、ラキル様が取った行動は、間違っていません。ご立派です。ですがそれを、、本当に正しい行いだったかと考えられた事が素晴らしいと思うのです……。さて、そろそろ……」

 コン、コン。

「失礼します。タロウ様、湯殿が整いました」

 ミーナが迎えに来た。

 ゲンとミーナがすれ違う時、二人は微笑み合って何か言葉を交わした。「交代」って聞こえた気がする。


 その夜、夕食の席で、ラートハイム夫妻はとても上機嫌だった。

「ラキル、聞いたぞ。でかしたな!」

「ああ、私も愛しい息子の勇姿を見たかったわ!」

「さすが我が息子……アランも活躍したそうじゃないか」

「タロウも、怖かったでしょう?でも、大丈夫よ。この王都には騎士団が居るんだから」

「ラキル、さあ飲め!……どうだ?騎士団に入る気はまだないのか?」


 ラキルは照れくさそうにワインを注がれていたけど、僕にはやっぱり、不機嫌そうに見えた。










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