第39話 ラートハイム邸の使用人
屋敷に馬車が着くと、アランが出迎えてくれた。
「お帰りなさい、坊ちゃま……ラキル様、タロウ様」
「もう、どっちでもいいよ」
ラキルがヤレヤレって感じで言うと、アランは笑った。
アランはラキルより少し年上みたいだけど、そんなに変わらない様に見える。だからかも知れないけど、他の三人よりも
「あっ、ジロー!ちょっと待って!」
ラキルについて屋敷に入ろうとしたジローを呼び止めた。
「ワフ?」『なに?』
「ジロー、砂だらけだから、外で洗おう?」
ジローバックをラキルに預け、アランに屋敷裏の井戸に連れて行って貰う。そこには馬小屋と、馬車が止めてある小屋があった。
アランと一緒にジローを洗いながら、色々話をした。
アランはラキルがまだ小さい頃から一緒に居る事。一度は冒険者になろうとここを出た事。ラキルが新米冒険者の頃、一緒に仕事をした事もあるって。
それからここには馬が三頭いて、アランがお世話している事。馬車は三台あって、今日僕達が乗った馬車の他に幌馬車と、二頭引きで大きめの豪奢な馬車があるんだそう。
「僕や父が買い出しに行く時は幌馬車です。旦那様達がお出かけになる時も、大体は今日使った馬車です。豪華な方は、滅多に使わないんですよ」
「それはいつ、使うの?」
「お城や貴族の家で、パーティーがある時ですね……でも、旦那様も奥様も、そういった場があまりお好きではないので」
今度、馬のお世話の仕方を教えて欲しい、と言うとアランは「喜んで」とニッコリして「馬は可愛いですよ」と言った。
ジローを二人で乾かして、アランにお礼を言って屋敷に戻った。
「タロウ様、お帰りなさいませ。さ、湯殿へどうぞ。潮風でベタベタしましたでしょう?」
ミーナが待っていた。
「ラキル様に聞きました。屋敷を汚さないよう、ジロー様を外で綺麗にして下さったとか……。
「だってミーナ、この大きなお屋敷を、一人で掃除するんでしょ?」
「ええ、お部屋は全部。玄関や廊下はゲンがやりますし、厨房はジャンの領域ですけれど」
それにしたって、いったい幾つ部屋があるだろう!?それに、ミーナの仕事は掃除だけじゃないはずだ。洗濯も、アイロンも、ベッドを整えるのも……。今まではラートハイム夫妻の分だけだったろうけど、僕とラキル、ジローまで増えたら……。
僕は申し訳なくて、洗濯も部屋の掃除も、自分でやります、って言ったら
「そんな寂しい事、仰らないで下さいな!あと二、三人増えたって何て事ありません」
と笑って、でも、若いうちから自分の事を自分で出来るのは、素晴らしい事です、と言った。
お風呂を上がると用意されていた服を着る。
今日は昨日よりはフリル少なめな白いシャツに、吊り紐のついた膝丈の黒い半ズボン。半ズボンなんて久しぶり。まあ、昨日よりはシンプルだ。ただ、ツヤツヤした布地の赤い紐は、どう使うのか分からなかった。ベルトにしては短いし……。
そのまま持って出ると、ミーナが襟元でリボンを結んでくれた。
居間に行くとラキルとジローが居た。
ゲンがお茶とおやつを用意してくれていた。おやつはクッキーで、細かい模様が描いてある。香ばしくサクサクしてて甘さ控えめ、ミルクティーと抜群の組み合わせ。
「そうだ、回復薬を作るのに、厨房を借りたいんだけど……」
「ええ、ラキル様からお聞きしました。タロウ様はご立派ですな」
今の時間なら大丈夫でしょう、とゲンに厨房まで案内して貰う。
「失礼します……」
「っ、タ、タロウ様!?ど……どうしました?こんな所に……!」
ゲンがジャンに説明してくれた。
「では、私は失礼します」
ゲンが出て行って、ジャンと二人きりになった。
「……えっと」「……あの、」
カブった!
「あっ……、」「す、すみません!」
またカブった!
「あの、お邪魔じゃなかったですか?」
「いえ、ちょうど休憩中で……」
「えっ、ごめんなさい!」
「いえ!?ち、違うんです!そんな意味じゃ……!」
ジャンは僕が苦手なのかな?人見知りなのかも知れない。
「な、何か、お手伝いすることは……」
僕は使っていい鍋と、ピッチャーを出して貰った。その間にヒール草を洗う。
「他には……」
「……えっと……ないです」
ちょっと気まずさが漂う中、ピッチャーに回復水を作り始めた僕。少し離れて見ているジャン。すると、
「タロウ様、すみません。その水……味見させて頂けますか?」
ジャンが話しかけてくれた!
「どうぞどうぞ!」
回復水をコップに入れて渡すと、ジャンは何度も確かめる様に口をつけ「……これは」「うん」「なるほど」と独り言を言っている。僕の方は鍋に火を入れ、あとは待つだけ。
「……タロウ様、その魔法水は、私でも作れるでしょうか?」
「回復魔法が出来れば、出来ると思うよ?」
「回復魔法ですか……ゲンにお願いしようかな」
この水であれば、味付けの幅が広がるかもしれない、特に煮込む料理には最適だろう、この水で出汁を取るとどう変化が生まれるのか興味深いです……。
ジャンはさっきとは打って変わって、真剣な表情で話した。オドオドした感じがまるでない。……分かった。ジャンは『料理オタク』だ。
僕は今日、漁村に行った事、エビやカニを焼いて食べた事、醤油を作るのを見た事なんかを話すと、ジャンは活き活きして、海産物の料理について教えてくれた。
回復薬が出来上がって冷まし、瓶に詰めるのを手伝ってくれている間も、僕達はお喋りした。いつの間にか夕方になっていて、ジャンは慌てて夕飯の支度に取りかかった。
何か手伝えないかな?と思って少し見ていたけど……ジャンはもの凄いスピードで厨房を動き回り、とても僕が手伝えるレベルではなさそうなので、そっと厨房を後にした。
食堂に入ると、ゲンがテーブルのセッティングをしていた。
「ゲン、何か手伝う?」
「タロウ様、ありがとう御座います。……そうですな……では、カトラリーを磨いて貰えますか?」
断られるかな、と思ったら、ゲンはすんなり手伝わせてくれた。ゲンに教わって、銀のナイフやフォークを一本一本、真っ白な布巾で丁寧に磨いていく。
「回復薬は、首尾よく出来上がりましたか?」
「うん!ジャンが手伝ってくれて……ジャンといっぱい話せて楽しかった」
「ほう、ジャンが……」
ジャンは料理の腕は素晴らしいが、人付き合いが苦手で、職場を転々としていたらしい。フランツ様がどこかでスカウトして来て、この屋敷に来たばかりの頃は誰とも話せず、今もゲンと一緒に食材を買いに行く以外はずっと厨房に居る。アランやラキル様は歳が近いせいか、余計に苦手なようで……。昨日初めて会ったタロウ様と長く会話したとは、驚きもしますが、大変喜ばしい事です───。
ゲンにそう聞いて、僕はこれからも厨房に遊びに行こう、と決めた。そして「ジャンは料理オタクだよ」と教えてあげる。
「……オタク、とは?」
「その道一筋で、それが大好きで、強いこだわりを持ってる人のこと、かな?」
「なるほど……」
ゲンは納得したようだ。
話している間も、ゲンは静かに、的確に、テーブルクロスのシワを伸ばし、椅子を並べ、テーブルの上に燭台や皿、僕が磨いたカトラリーを並べていく。僕が最後のスプーンを磨き終わった時、そのスプーンをそっとつまみ上げて既に並んだナイフとフォークの隣に置くと、セッティングは完璧に完了していた。
「……いや、タロウ様のお陰で助かりました。ありがとうございます」
「僕の方こそ!また、何か手伝わせてね、ゲン」
……厨房に回復薬の瓶を置きっぱなしだけど……今は入らない方がいいよね。
食事の時間までまだありそうだから、僕は部屋に帰って師匠に手紙を書くことにした。
……書きたい事がいっぱいあって、まとまらない。なんとか、王都に着くまでの事を書き終えたところで、ゲンが「御夕食の支度が整いました」と呼びに来た。
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