第37話 ラートハイム家


 暫し見つめ合う僕とラキル。

「プッ……」「ブフ!」

 堪えきれず、二人同時に笑い出た。

「可愛いぞ」「王子様だ!」「誰かと思った」「そっちこそ!」

「あはは、はぁ……。ミーナには敵わないよ」

「申し訳ございません、ラキル様。しかし今日は、タロウ様の初お目見えですし」

「ああ、分かってるよ、ゲン。いや、変わらないな、と思って」

 その時、表から馬の鳴き声が聞こえた。そして「ラキルー!」女性の声。

「……お帰りになられましたね」

 僕は立ち上がった。最初が肝心だ。ちゃんと挨拶しなきゃ……貴族の挨拶って、どうするのか先に聞いておけば良かった!どうしよう……。緊張する。

 ───居間のドアが開き、女性と男性が入って来た。

「ラキル!元気だった!?」

「おお、君がタロウか!」

 二人とも両手を大きく開き、僕達に近づいて来た。「あ、初めまし……」

「ストーーーップ!!」

 皆の動きが止まる。ドアの向こうに笑顔のミーナさんが居る。

「……旦那様、奥様。お坊ちゃま達はすでにお召し替えがお済みでございます。そのような格好で抱きつかれましては……。さ、先に汗を流してお召し替えを」

「そ、それもそうね!」

「すぐに戻ってくるからな!」

 二人はミーナさんに連行された。

 ───ポカンとする僕に、ラキルが言った。

「ゴメンな、びっくりしたよな。……あれが、俺の両親。ミーナは……キレイ好きなんだ」


 暫くして……ラキルのお父さん、この家の主人が戻って来た。さっきとは全然違う……ミーナさんの仕事だろう。

「先ほどは失礼したね。私がラキルの父親、フランツ・ヴァン・ラートハイムだ」

「初めまして、田中太郎です……こっちはジローです。ナイル先生とラキルさんに、とてもお世話になりました」

 再びコチコチに緊張しながら自己紹介した。

「タロ、緊張する事はないぞ!親父も、服装で言葉遣い変えんな」

「おお、そうだな!タロウ、よく来たな!ラキルも元気そうだ!」

 フランツさんは順番に僕達を抱きしめた。そして「こちらが神獣様か?」とジローの手を取った。

「ワウ!」『ジロー!』

「ジローって呼んで欲しいみたいです」

「そ、そうか……?恐れ多いんだが……ジロー、宜しく……?」

「ワン!」『うん!』

 そこに廊下から足音とそれを追いかける声が聞こえてきた。

「奥様!ドレスで走っては危ないですよ!」

「ラキル!」

 ラキルのお母さんは居間に入って来てすぐ、ラキルに抱きつきキスをした。ラキルは恥ずかしそう。そして

「タロウね!?ああ、なんて可愛らしい!」

 僕もぎゅっと抱きしめられ、キスしてくれた。

「想像していた通りだわ!ラキルの若い時に似てるみたい。嬉しいわ、息子がもう一人出来るなんて!……それに」

 ジローにも抱きついてキス。

「ライラプス様がこんなに可愛いなんて……!」

「……母さん、落ち着いて」

「はっ……そうね。タロウ、ごめんなさい。私はエリスよ。……あなたの事は父から聞いているわ。……色々あったのね?」

 エリスさんは、今度は優しく、抱いてくれた。

「父の家族は、私の家族よ。ラキルの弟なら私の息子よ。ずーっとここに居ていいのよ」

 エリスさんは優しい笑顔で、だけど、目は真剣だった。

「タロウ、エリスの言う通りだ。それに、屋敷の者達にもタロウとジローの事情は話してある。皆口は固い。信用できる人間だから、安心していいぞ」

 フランツさんも言ってくれた。

 ……何でみんな、こんなに優しいんだ。

 ラキルはいいお父さんとお母さんが居て……、だから……ラキルも優しいんだな……。

「皆様、晩餐の支度が整いました」

 ゲンさんが呼びに来た。


 広い食堂、二十人は座れる大きなテーブル、豪華な料理が並んだ中で、びっくりしたのはお刺身があった事だ。それに、かかっているソースは……醤油!?

「生魚は食べ慣れないか?無理しなくていいぞ」

「いえ、大好きです!」

 醤油っぽく見える黒い液体は、僕が知っている醤油の味とは少し違かったけど、でも、醤油だった。お刺身、醤油。嬉しくて涙が出そう!

 さらに!僕の大好物だったピザだ!

 トマトソースではない気がするけど……この、薄くモッチリした生地と、とろけるチーズはまさしく、ピザ!

「良かったわ、お口に合ったみたいね」

「はい!すごく美味しいです!」

「ジャンの……もぐ……腕は超……ごくん……一流だからな!」

 ラキルとフランツさん、喋り方も食べ方もそっくりで、思わず笑ってしまう。


「あの……いかがで、しょうか……?」

 白いエプロンをして、おずおずと食堂に入って来た小柄な男の人は、料理番のジャンさんだった。

「あの、タロウ様……お口に、合いましたですか?」

「はい!もう!最高です!」

「あ……良かった……」

 強張っていたジャンさんの顔が、少し綻んだ。

「で、では、デザートもありますので……」

 ジャンさんはすぐに行ってしまった。


 食事の間に、僕達は色んな話をして、分かった事がいくつかある。

 ラキルの両親は……王家の騎士団の、偉い人達だった。フランツさんは『シシリナ国騎士団第二師団長』で、エリスさんは『シシリナ国騎士団第一魔法部隊長』。さっき帰って来た時の格好は、騎士団の制服だったんだ。

 それから、ラートハイム家は『新参貴族』または『一代貴族』と呼ばれるらしい。代々受け継がれる名門貴族ではなく、フランツさんとエリスさんが結婚する時に、二人の騎士団での功績が称えられ、王様から貴族の位を表す『ヴァン』を名乗る名誉と、この屋敷を賜った。

 そもそもこの国で『貴族』って言うのは王家の血筋である『王族』以外は皆、何かしらの功績で王様からその名を賜ったただの『称号』で、領地を持たない。またその『称号』も一代限り、子供は位を引き継げない……。

 そんな話だった。

 それから普通、各街や村の自治権はギルドにあるのだが、この都にはギルドが三つある他に、王家の騎士団が居て、南には漁村が、西にはスラム街が隣接している。自治権が混乱している為、犯罪が多い……いかにも大きな都会らしい話。

「だから、外に出る時は誰かと一緒に、汚い格好で出かけなさい」

「そうよ、あなた達、天使の様に可愛いんだから、誘拐されて売られちゃうわ!」

「タロはともかく……俺はいい歳なんだから……」

「何言ってるの!ラキルはまだまだ可愛いわよ!」

「あはは」

「ほら、タロに笑われてるよ……」

「あ、違うんです!ラキルは凄く強いのに、誘拐なんて出来るかな、って」

 カチャ。フランツさんの手が止まった。

「ほう……ラキル、少しは腕を上げたのか?」

「……親父。俺、もう、B+なんだぜ。なんなら手合わせしようか?」

「ふふふ、生意気な……。この、第二師団長に向かって……よし、表へ出ろ!」

 えええ!?

「あなた。ラキル。明日になさい」

 エリスさんはニコニコして言った。止めないんだ……。


 デザートも食べ終わり、居間に戻ってお茶を飲む。

「さっきはイヤな話をしてしまったけれど、王都には楽しい所もいっぱいあるのよ」

 エリスさんとフランツさんが話してくれた。

「まず劇場が二つあるの。お芝居とかコンサートとか、いつも何かしら上演してるわ」

「それから闘技場だ。年に一度、我々騎士団も参加する剣士のトーナメントがある」

「剣士だけじゃないわ。いろんな競技の試合もやるの」

「一番派手なのはカジノだな!豪華だぞ!」

「……行っちゃダメとは言わないけど……スリも多いし、ギャンブルで身を持ち崩す人が後を絶たないのよ」

「ん……タロウは酒は飲むのか?カジノの上に……」

「珍しいお酒もあるけど、綺麗な若い女の子も居るところ。タロウにはまだ早いわ」

「……あー、そうそう。騎士団の訓練を体験出来る日もある」

「ああ、それはいいわね!見学だけでもいいのよ。一度いらっしゃい」

「暑い日は川で泳いで……」

「馬には乗れるの?私の馬で……」

 途中、怪しいところもあったけど……楽しみがたくさん過ぎて困るくらい!


「皆様……積もる話がお有りでしょうが、今日はタロウ様もお疲れでしょう」

 絶妙なタイミングで、ゲンさんが二人の話を止めた。

「ああ、そうだな」

「そうね。そろそろお部屋に」

「俺も」

「あの……明日からもお世話になります。宜しくお願いします」

 僕は立って、ラートハイム夫妻に頭を下げた。

「何を、水臭い」

「ふふ、すぐに慣れるわよ。ゆっくり休んでね」


 ミーナさんに案内された部屋も広く豪華で……ベッドはフカフカだった。

 ジローのベッドも用意されていた。





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