第2章 王都

第36話 坊ちゃま


 王都の高い塀の向こうに見える建物が、王様の住むお城。小高い丘の上に建っているそう。ここからは見えないけど、その向こうに海があるそうだ。

 まだ遠くに見える王都だが、その塀はどこまでも続いていて、王都の大きさを物語つている。圧倒されていると、

「……昨日は、もう引退しようと思ったんだ」

 ふいにヨセフさんが話し出した。

「王都じゃ息子夫婦が商売していてね。婆さんが孫の面倒を見てるんだ……ワシも歳だから、息子も婆さんも心配しててね。いい機会かもしれんな、と」

 でもやっぱり無理だな、とヨセフさんは言った。

「……こうして王都を見ると、ホッとする。帰って来たな、と。だが、王都は帰って来る場所なんだ。住む場所じゃないんだ。……今までも色んな事があったさ、それでもワシは、冒険者と旅をするのが好きなんだな」

 と笑った。


 高く厚い塀と大きな門。門の上には見張り台があって、兵士らしき人が見える。四角く赤い旗がはためいている。国旗だろうか。

 門を入ると、ナーラの街と同じ様に広い馬車寄せがあって沢山の馬車が停まっていた。ヨセフさんの馬車はそのまま街中へ入って行き、そしてギルドの前まで僕達を送ってくれた。

「ありがとうございました」

「また機会があれば……それまでお元気で」

「世話になったな……君らも元気でな」

「ワフ」『またね』

「ブルル……」

 ジローが挨拶したのは馬の方だ。

 ヨセフさんは手をあげて去って行った。

 早く、元気になってくれるといいな……。


 王都には大きな門が四つある。

 僕達が来たタガヤ村方面の北門、ポロック地方に出る東門、お城の裏手、海に面した漁村に出る南門。もう一つ、西にも門はあるが、その先はスラム街だそうだ。

 そして西門以外の三つの門の近くにそれぞれギルドがある。つまり王都にはギルドが三つあって、ギルドマスターも三人居ると言う。……確かに大きな街だから、三つでも足りない位かも知れない。

 僕達が今居るのは北ギルド。中の広さはナーラのギルドよりは狭い感じ。とりあえずここで証明書を出して、登録を済ます。すると薄い手帳を渡された。その説明はラキルがしてくれた。

「ギルドが三つあるから、面倒なんだ」

 この手帳は王都の中のみで使う証明書の様な物で、これがあれば三つのどのギルドでも登録した事になり仕事が出来るが、仕事を受ける度に提示する必要がある。また、この手帳がないと泊まれない宿屋もあるし、入れない店もあるらしい。もちろんなくしてはいけないけれど、三つのどのギルドでも再発行が可能なのでそこまで心配しなくていい、と言われた。

 その手帳には証明書と同じ内容……最初に冒険者登録をした場所、ランク、特技などと、僕の見た目、特徴、が書いてある。そして僕自身のサインと指紋。王都では何らかの身分証がないと不便な事が多いので、皆十六歳になるととりあえず冒険者登録をするんだって。

 無事に登録を終えてギルドを出て、辻馬車に乗った。ラキルの家はここから馬車で四、五十分位もかかるらしい。

 馬車の中から街並みを見ると、一見、ナーラの街とそんなに変わらないな、と思った。遠くにお城が見える以外は。

 ところが少し行くと雰囲気が変わって来た。建物は石造りかレンガ造りの三階建てか四階建てで、木造の建物が見当たらない。そしてお店にはショーウインドウがある。歩いている人達も見た目が冒険者ではなく、小綺麗な格好の人が多い。

 その一角を過ぎてお城に近くなると、また雰囲気が変わった。緑豊かな住宅地……だけどやたら大きな家ばかりだ。緑が生い茂っているのは、どれも邸宅の敷地内だ。

 そんな、見た事がない大きな家だらけの中、大きな鉄の門の前で馬車は止まった。

 門の中には広い庭。その奥にデーン!と構えたお屋敷。ラキルがお金を払って馬車を降りた。

 うそ。まさか……。ラキルを見る。

「タロ、着いたぞ……そんな目でみるな」


 僕も馬車を降りて門の前に立つと、門の中を誰かが走って来る。そして門を開け……

「ラキル、お久しぶりです!お帰りなさいませ」

 と頭を下げた。ぼっちゃま。またラキルを見る。

「ただいま、アラン。『坊ちゃま』はよせ。俺はもういい歳だ。……今日からコイツが『坊ちゃま』だ」

 ラキルが僕を見ずに言った。

「はは、失礼致しました……さあ、どうぞ。タロウ坊ちゃま」

 門を開けてくれた日に焼けた男の人は、僕にニッコリしてから頭を下げた。


「ラ、ラキル……凄い家だね」

「……そうだな」

「ラキルって……お金持ちだったんだ……」

「金持ちなのは親。俺じゃないの」

「ラキルって……貴族、ってやつ?」

「いや……タロが思ってる貴族とは違うと思うぞ」

 思ってるも何も、僕は『貴族』がどういうモノかもよく知らない。ただ、『お金持ち』から連想しただけだ。

 大きな玄関が開けられると、高い吹き抜けの天井、目の前にバーンと大きな階段。

「おお、ラキル様、お帰りなさいませ」

「ああ、お元気そうで!」

「ゲン、ミーナ。ただいま!元気だったか?」

「はい。こちらがタロウ様ですね?お待ちしておりました」

「それからジロー様。ようこそお越し下さいました」

 ゲンさん、ミーナさんはいわゆる『執事』と『メイド』。メイドって言ってもピラピラしたエプロンを着けた若い女の子じゃない。二人は夫婦で、さっき門を開けてくれたアランは、二人の息子で『庭番』だと聞いた。他には『料理番』が一人いるらしい。

「使用人は四人だけだ」とラキルは言った。……そもそも使用人が居るってだけでびっくりだよ……。

 それにまだ仕事から帰っていないラキルのお父さん、お母さん、それがこの豪邸、ラートハイム邸の住人だそう。

「さあさあ、まずはお湯をお使いになって、お着替え下さいませ」

 ミーナさんに急かされてお風呂に案内される。広いお風呂で、湯舟があった。お湯もたっぷり張ってある。ジローも付いて来たから、ついでに一緒に洗っちゃえ。洗濯もしちゃおう。

 お風呂を上がると、タオルとガウンが置いてあった。

 まず、タオルだ……。久しぶりに……こっちの世界に来て初めて、タオルらしいタオルを見た。今まで見たタオルは厚めのただの布だった。吸水性は良いから何も問題なかったんだけど、コレは……ちゃんとタオルだ!

 それに、ガウン。お金持ちの着る物、って感じ。コレは、下着の上にそのまま着ていいのかな……?テレビだと、パジャマの上に着てた気もする……。

 コン、コン。

「タロウ様、宜しいですか?」ミーナさんの声。

「は、はい!」慌ててガウンを羽織った。

「お着替えをお持ちしました。ラキル様のお若い頃の物なんですよ……あら?脱いだものは?」

「あ、お風呂で洗っちゃったんですけど……」

「まあ、ちゃんとなさってますねぇ!これからはその様な事、私がしますからね……さ、ジロー様、乾かしましょう」

 ミーナさんは風魔法でジローを乾かしてくれている。僕も自分で髪を乾かして、ミーナさんの持って来てくれた服に着替えた。

「まあ、とても良くお似合いですよ!」

 本当かなぁ……。ここには全身が映る鏡がないから見れないけど……。

 ラキルの若い頃の物だという服は、女の子が着るようなフリルとリボンの付いた白いシャツに、細身の深緑色のズボン。室内履きだろうか、ヒールのある黒い靴。長いヒラヒラした黒い布は多分ベルトだろうと思うんだけど、どう結ぶのか分からずにいたら、ミーナさんが腰の横でふんわりとリボンを結んでくれた。

「ワワン!」『タローかわいい!』

「そ、そう……」


 居間に案内され、ミーナさんが出て行くと入れ違いに、ゲンさんがお茶を持って入って来た。

「もうすぐ旦那様と奥様もお戻りになりましょう。それはもう、タロウ様にお会いになるのを楽しみにしてらして……。お腹の具合はどうですか?今、ジャンが腕によりをかけて晩餐の支度をしておりますから……」

 広く豪華な居間に緊張している僕に、ゲンさんは色々話しかけてくれた。そこにラキルが入って来た。

 ラキル……だよね?

 いつも洗いっぱなしでサラサラの金髪はピシッと撫でつけられ、たっぷりしたフリルで胸元を飾った深い紫色のシャツに黒いズボン。いつもの薄汚れた白いシャツからは想像もつかない装いは、まるで絵本の中の王子様だった。



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