第35話 裏切り

 カイトとチルの戦い方は、参考になった。チルは火魔法が得意みたいだ。チルが魔物の頭を目掛けて火魔法を撃ち、魔物の視界を遮っておいて、その隙にカイトが魔物に近づいて一撃を加え、すぐ離れる。すかさずチルが魔法を撃つ……二人は息がぴったりだ。

「二人は結婚してるの?」と聞いたら

「まだ、これからだよ」ってカイトが照れながら笑った。結婚して家を買うために、お金を貯めている、って。

 早く家を買うお金が貯まるといいね、と僕は言った。


 その日、かなり暗くなるまで馬車は進んだ。そして野営の準備。ヨセフさんは馬車で、僕達はテントで寝る。

 みんなで食事を済ませると、チルが

「私達が先に休んでいいかしら?」

 と言った。順番で見張りをする為、四、五時間後に交代だ。

 僕とラキルは馬車の近くで火を絶やさないようにしながら、回りを警戒する。ジローもちゃんと起きていた。……まあジローは、道中寝てたけど。

 夜中、チルが先に起きて来た。

「何だか目が覚めちゃった」

「まだ、早いぞ。もう少し休んでてくれていいぞ」

「大丈夫よ。少し寝たわ……もう少ししたらカイトを起こすわね。お茶でも飲みましょう」

 チルは焚き火でお湯を沸かし始めた。

 ちょうどお湯が沸いた頃、カイトも起きて来た。

「二人とも早いな」

「ああ、大丈夫だよ。慣れてるから。さ、交代だ」

「あ、待って。今お茶をいれるから……もちろん、ジローにもね」

 チルがいれてくれたお茶は甘くて美味しかった。よく寝れそう。

「ご馳走さまでした。それじゃ宜しくお願いします」

「ええ、お休みなさい」

「お休み」

 僕達はテントに入った。



「……さん!ラキルさん!タロウさん!起きて!起きて下さい!!」

 体を揺すられて目を覚ました。まだ頭がボーッとする。

「あ……ヨセフさん?おはようございます」

「ラキルさんも起きてくれ!……やられた!!あいつらだ!」

 ヨセフさんの顔が真っ青だ。何かあった。カイトは?チルは!?

 僕はテントを飛び出した。外は明るくなって来ていて、二人の姿はなかった。


 ヨセフさんが目を覚ますと、焚き火は僅かに燻っていて、見張りが居ない。もしや、と思って懐を見ると財布は無事だった。だが、大事な商品が……エルフの里で仕入れた高価な布だけが全て、なくなっていた。

 ……信じたくないけど、だけど……状況から見て、カイトとチルが盗んで逃げたんだろう。

「……あの、茶だな」

「……ワシは夕飯の時だろう」

 ラキルがおそらく、眠り薬を盛られたんだろう、と言った。

「追いかけないの!?」

「……どっちに行ったのか分からない」

「ジローが居るよ! ねぇジロー、分かる!?」

「ワフ……ワゥ」『甘い匂い……分かんない』

「なんと言う事だ……」

 ヨセフさんが頭をかかえた。

 僕は掛ける言葉が見つからなかった。

 簡単に朝食を済ませ、とにかく次の目的地、タガヤ村に向かう事になった。


「ワシが、馬鹿だったんだ……」

 重苦しい空気の中、ヨセフさんは自分に言い聞かせるように言った。

 あの二人は、ギルドで雇った冒険者じゃない。王都で「ヨセフさん、お久しぶりです」と声をかけられて、誰だったかな、と思ったけど「前にエルフの里までご一緒しました」とカイトに言われ、そうか、と思ってしまった。

「今はコイツと組んでます」とチルを紹介され、護衛の仕事があったら声を掛けて欲しい、と言われた。決して強引な感じでもなく、二人とも自然体で『感じの良い若者』に見えた───僕の印象と一緒だ───それで二人に護衛を頼んだ。


 ギルドを通さない直接取引は、別に珍しい事じゃない。商人は出来れば、信頼出来て気の会う冒険者と旅をしたい。ギルドに依頼を出せば誰がその依頼を受けるかは分からないし、手数料もかかる。その代わり報酬で揉める事もなく、何か問題があった場合にはギルドが仲裁に入ってくれる。

 冒険者からすると、ギルドを通した仕事でなければ『実績』にはならないのだが、自由に交渉する事が出来る。Bランクまで行ってしまえばなかなかそれ以上ランクが上がる事もないので、ギルドの依頼にこだわらない冒険者はけっこう居る。……逆に言えば直接交渉したがる冒険者はBランク以上だ、とも言える。

「実際、アイツら、ちゃんと実力もあったし……良いパートナーを見つけた、と思ったんだ。……金を貯めて結婚するんだ、ってな……応援してやろう、と思ったよ」

 ───そしてまた、馬車は重い沈黙に包まれた。


 タガヤ村の手前に、エントラの交差点がある。

 そこは各方面からやって来た、多くの商人や冒険者達の休憩場所でもある。

 近くのタガヤ村から、飲み物や食べ物を売りに来ている馬車もいて、そこそこ賑わっていた。

 僕とラキルは手分けして「こんな二人組に会わなかったか」と聞いて回ったけど、情報はなかった。

 僕達もここで昼食にしたんだけど、ヨセフさんはあまり食べなかった。朝もほとんど食べていなかったのに……。

 タガヤ村に着くと、ヨセフさんとラキルはギルドに向かった。被害届けを出す為と、冒険者からの情報収集。

 タガヤ村はカシワ村と同じ位の人数が住んでいるんだけど、村の面積は何倍もあるそうだ。その九割は畑で、とても大規模だった。見渡す限り、ずーっと畑。大きな風車が幾つも見える。ここで王都の食糧を全て賄えるくらい。今日はこの村で一泊する。王都まではあと、約半日だ。


 ……どうして。

 僕は今日ずっと、そればかり考えていた。

「悪いヤツに気をつけろ」って言ってくれたのに。

 魔物と戦う時、カッコ良かったのに。

 仲良くご飯を食べたのに。

 騙された?全部、嘘だった?

 ……こっちに来てから、僕の回りには『いい人』しか居なかった……。それを改めて思い知る。


 ギルドの隣にある馬車寄せで待っていると、二人が帰って来た。

「どうだった?」

「……似た様な話は沢山あったが、アイツらかどうかは判らない。名前もどうせ偽名だろうしな」

「もう、諦めるよ」

 ヨセフさんは沈痛な面持ちで言った。

 王都側の馬車寄せに移動し、馬車を預ける。ヨセフさんは「食事に行く」と僕達と別れた。

「大丈夫かな、ヨセフさん……」

「ああ、心配だな……だがベテランの商人だ。こんな目に遭ったのも初めてじゃないだろう」

「そんな……!」

「バウ!」『ひどい!』

「タロ、せめて俺達はキッチリ仕事しよう。それと…」

 もしヨセフさんが、僕達に報酬を払うと言っても、辞退しよう。うっかり眠らされた僕達にも責任がある。

 それからタロはをやってあげたらどうだ?と、ラキルが言った。とはスペシャルマッサージの事だ。うん、そうしよう!

 ……でもだいぶ遅い時間になってもヨセフさんが戻って来ないので、心配したラキルが探しに行った。

 この村の主な施設、ギルドやお店、宿なんかは村の中心部に固まってあるので、たぶんすぐに探せるだろう、と。暫くするとラキルが一人で戻って来た。

 ヨセフさんは、宿の食堂で一人、酔いつぶれていたって……。宿の主人はヨセフさんの事を良く知っている様だったので、事情を説明し、部屋に運んで寝かせたらしい。

 マッサージはお預けになった。僕は宿で水を買って来て回復水を作った。明日、ヨセフさんが二日酔いかもしれないから。


「……いや、生き返ったよ。……申し訳なかったね」

 翌朝、ラキルが回復水を持って宿に向かった。僕は「ヨセフさんに何か食べさせて」と言った。昨日、ほとんど何も食べていないと思って。

 馬車に戻って来たヨセフさんは、昨日よりは元気に見えた。


 村を出てずっと、畑や果樹園の中を進む。

 たくさんの馬車が行き交う。みんなタガヤ村の農民だそうだ。大体の馬車は一人きりで危なくないのかな、と思って聞いてみると、農民はみんな戦えるし、なるべく魔物が増えないように、定期的にギルドに『掃討』の依頼を出しているんだって。

 他にも僕は、ヨセフさんに色々質問をした。風車の中はどうなってるの、とか、ヨセフさんはどこに住んでいるの、とか。……なるべく喋っていたかったんだ。


 何時間か街道を進むと畑が途切れ、さらに暫く行くと、王都が見えてきた。



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