第21話 日常

 家に帰ってジローのバックから瓶を出してみると、八十本あった。

 これから毎日、作らないといけないのかな……? 人の役に立つ事だから嫌じゃないけど、慣れたとしてもけっこう時間がかかる。他の事もしたいし……。でも有名になっちゃったみたいだし……。

「ほ? ジロー……ほほう、便利な袋を買って貰ったのう」

「ワン!」『いいでしょ!』

「いや、師匠これ……」

 僕は今日のギルドでの出来事と、これからどうするかを相談した。

「なるほどのう。さすがはセカンドだの」

「セカンド?」

「そうじゃよ。リリルはカシワ村ギルドのセカンドマスター、二番手じゃ」

 まさかリリルさんが次のマスターになるのか、と思ったが、セカンドとはギルドマスターの片腕として働く者、という意味らしい。主に実務上の責任者でカシワ村のギルドはリリルさんが居ないと回らない、と言われているんだって……。

「しかし、まあ、毎日八十本も納品する必要はないじゃろ。精々三、四日に一度で十分なはずじゃ」

 そっか!それくらいなら出来そう。

 これからはラキルにも頼んで、ギルドに行ったら瓶を十本くらいづつ買って来て貰うといい、そして作れる時にまとめて作って持って行く。そしたら帰りに草と瓶で荷物が一杯にならず、買い物して帰って来れる、とアドバイスも貰った。ありがとう!師匠!

「師匠、今日もマッサージする?」

「いや、今日は調子がいいわい……でも、たまにお願いするかの」

 師匠、遠慮してるのかな? それとも……あんまり気持ち良くなかった?

 僕が遠慮がちに聞いてみると……

「いや!あれは最高に気持ちが良いぞ!金貨を払ってもいいくらいじゃ!」

 と言ってくれたので、ホッとした。やっと見つけた恩返しの手段だもん。もっと、マッサージが上手くなれるといいんだけど。

「師匠、僕マッサージが上手くなりたいから、毎日やらせて欲しいんだけど……」

 師匠は嬉しそうな顔をしたけど「毎日では有難みが薄れる」と言って、一日おきに決まった。


 僕の毎日は、穏やかに過ぎていった。

 午前中に文字の勉強のため、子供向けの本を読む。絵が多めの、王子様とお姫様の話や、ウサギの兄弟の冒険物語なんかだ。すると、文字を一字一字たどって行くと、単語や短文の区切りで意味が理解できる様になって来た。

 例えば『PRINCESS』を「ピー・アール・アイ・エヌ……」と読んでいって最後の「エス」まで読むと『お姫様』って単語が脳内にスッと入ってくる感じ。だから『PRINCESS』って単語をしらなくても、意味がわかる。僕はそうやって文字を覚えていった。


 だいたい四日に一度、回復薬を作った。一度に納品するのは八十本で、ジローのバックにちょうど入る本数。そのたびに金貨一枚以上の収入だ。

 あと一日おきに、師匠と一緒にギルドの救護室に通った。師匠に教わりながらだけど、師匠はほとんどの治療を僕に任せてくれるようになった。

 それ以外にも、病人の出た家に治療をしに行く師匠に付いて勉強。目に見える怪我と違って、病気の原因を突き止めて消し去るのはとても難しい。僕はまだまだ勉強中だ。勉強させて貰う代わりにせめて少しでも……と思って、師匠が治療を終えた後、患者さんに回復つきマッサージをしてあげると、とても喜ばれた。師匠は貰ったお金の中から、必ず僕にいくらかくれた。銀貨一枚から三枚くらい。

 お金が貯まってきたので、金貨十数枚分をギルドに預けた。ギルドは金庫がわりで、利子はつかないのだけど。

 お金が貯まったら、ミーバックを買うんだ!


 僕とジローは毎日、お散歩がてらの食材買い出し係になった。ここの食材や調味料の味も覚えてきたし、お店の人に料理の仕方を教えて貰ったりして、レパートリーが増えた。今度、お菓子づくりにも挑戦したい。

 ジローは最近、一人でギルドにお使いに行ってくれる。ジローの首に銀貨を一枚入れた袋を下げておくと、バックに瓶を二十本と、ヒール草を入れて帰ってくる。良くお菓子や干し肉も入ってる。みんなに可愛がられてるようだ。一度、冒険者の人が書いたと思われる「いつもありがとう」って紙が入ってて、ウルッと来た。


『ただの魔石』の使い方も知った。この『属性のない魔石』は人の魔力を貯めておく事が出来る。だからアイデア次第で、色んな使い方が出来るみたい。代表的な使い方は魔力を貯めておいて、自分の魔力が減った時に魔石から魔力を引き出すこと。

 僕が欲しかったスタンドライトも、解決した。光の魔法を吸収させると、暫く光ってるんだ。


 そして毎日、日記を書く。ラキルに貰ったノートは使い終わってしまい、新しいノートを買った。日記用、勉強用、持ち歩き用。

 持ち歩くノートは、つまりメモ帳だ。気になった事、モノの名前や値段、教わったレシピ……何でもここに書いておく。


 師匠のマッサージは二日に一回、必ずやってる。少しコツが分かって来た気がする。たまにラキルにもやってあげるんだけど、ラキルはくすぐったいみたい。腕と足のマッサージは喜んでくれた。


 初めての旅から二月ふたつきほど経った。

 ───とても平和で、毎日が楽しい。楽しいんだけど───僕はまた、外に出てみたい。そう思い始めていた。

 そうだ、ジローをエルフの里に連れて行かなきゃ。うん。そうだ、そうしよう!

「……師匠、そろそろ、ジローとエルフの里に行って来ようと思うんだけど」

「ふぅむ。ラキルと一緒ならば、良いぞ……だが、そうじゃの……うむ」

「?」

「タロウ、攻撃魔法を教えて欲しい、と言っておったの」

「……はい!教えてくれるの!?」

「いや、まずは適正を見よう」

 ついて来なさい、と言われ連れて行かれたのは、家の裏。木が三本並んでる。師匠に小さなボールを渡された。

「真ん中の木、あの節の辺りを狙って投げてみなさい」

 ポーン。コンッ。少しずれたけど、木に当たった。

「右の木」……外した。「左の木」……コンッ。目標より少し下。

「……まぁまぁかの」

 これはコントロールの試験かな。魔法じゃなくて。

「攻撃魔法で一番大事なのは『当てる』事じゃ。毎日、練習しておきなさい。コントロールが定まらなければ攻撃魔法は使えん」

 なるほど……。僕はユッカとゼム、ラキルが、ヤウルフの群れと戦った時の光景を思い出す。あの時、僕と師匠に向かって来た一匹を、師匠は魔法で簡単に倒したけれど、あの魔法がもし外れていたら……僕達が襲われただけじゃなく、ユッカ達に当たっていたかも知れない。

 「攻撃魔法が使えるようになったら、ラキルとエルフの里に行き、そこからさらに王都まで行ってみるといい」

「王都!?」

「そう、この国の都じゃ」

 え……王都!きっと都会だろうな!それにお城もあるんだろうな。行きたい!

「王都には何でもあるからの、若い者にはきっと楽しいじゃろ。ワシの娘夫婦がおるから、暫く世話になるといい」

「え?娘夫婦って……?」

「ラキルの親じゃよ」

 ……僕、勝手にラキルの両親はもう……って思ってた。だってお爺さんと住んでるし、親の話なんて一度も出た事なかったよ!?だから聞いちゃ悪いのかと思ってたんだ。

「そ、そうなんだ! じゃあ僕……ちゃんと挨拶しなくちゃ」

「ほっほ、タロウの事はとっくに手紙で知らせておる。向こうからも早く会わせろ、と言われておったのじゃ」

 ラキルも数年、実家に帰ってないんだって。だから師匠はそのうち、僕と行かせるつもりだった、って。

「そこそこの長旅になるからのう。ワシは遠慮するぞ……だから、タロウが魔法を覚えてからの方が安心じゃ」

 そうか、師匠は自分が行かないから心配なんだ。僕も、ラキルの事も。


 『王都に行く』って、新しい目標が出来た。僕の日常に『訓練』が加わった。

 僕はまず、三本の木に板を打ち付けた。三十センチくらいの四角い板を、一本の木に三枚。ボールもたくさん買って来た。とにかく板に当てる練習。ジローがボールを拾って来てくれるから助かってる。

 ……でもジローが居ると、つい遊んでしまう。

 僕はジローにボールを当てようとする。全く当たらない。ジローが楽しそうに逃げ回る。両手にボールを持って、連続で投げても、軽々避けられたり、前足で打ち返して来たり。

『タローだめだね〜』

「くっそ〜!」

「……なんか楽しそうだな!」

 ラキルも加わった。

 ボールは四つになったけど……ジローには一つも当たらない。

 ジロー、何、その動き!?








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