第20話 一夜にして有名人


 僕はまた、瓶を百本、買って来た。

 ちょっと重かったけど、カバンに四十本ほど入ったし、残りは手提げ袋を借りて持って帰って来た。

 今日はもう、作れない。晩ご飯をつくる鍋がなくなっちゃうから……。明日また、頑張ってつくろう!

 僕は夕飯の準備を始めた。

 ラキルが帰って来て「リリルが興奮してたぞ」って言った。


 次の日も朝から回復薬作り。

 昨日よりも少しは早く出来た。師匠に味見をして貰いに部屋に行くと、師匠はベッドの上でうつ伏せになったまま回復薬を舐めて「合格」と言った後、

「すまんが腰を回復してくれんかの」

 と言った。

 僕は腰痛になった事がないから、上手くイメージ出来るか分からなくて、師匠の上にまたがってマッサージしながら、少しづつ魔力を流してみた。マッサージも初めてだけど。

「あ〜そこ、そこ……う〜〜、効くのぉ〜」

 師匠が呻くたびに、その場所に集中的に回復魔法を流し込む。師匠が気持ち良さそうだから、腰を中心に背中や肩、足も。中学生の時、運動部の子達がやってたのを思い出しながら……。

 しばらくすると静かな寝息が聞こえてきた。寝てしまったみたい……。そっと部屋をでた。


 鍋二つの回復薬は、タライに水を張って冷やす事にして……。その間、師匠がくれた絵本で文字の勉強だ。するとジローが来て

『何してるの?』

「ジローは字が読める?」

 僕は絵本を見せてみた。

『……カワイイ絵だね!』

 ……読めないか。

「字の勉強なんだよ……アポーの『あ』イスの『い』……」

『懐かしいね!』

「え?」

『サクラが小さい時、やってた』

 ……そうか。

 桜は、僕の妹だ。桜が小さい時、僕が縁側で桜に絵本を見せて読み聞かせてたのを、ジローは見てたんだ。……まだ、家が幸せだった頃。

 ……桜、元気かな。もう十歳のはずだ。不思議だな……僕は、もうずっと、桜の事も、お母さんの事も、お父さんの事も、思い出してなかった。向こうの世界では、僕はきっと死んでて、お葬式も終わっただろう。お父さん、お母さん、桜は、僕のお葬式に来てくれただろうか……。僕が死んだ事、知ってるかな。

『タロー、ごめんね、ごめんね』

 ジローが不安気に僕を見てる。いけない、悲しい顔をしてたのかな?

「大丈夫だよ、ジロー!僕は、ジローが居ればいいんだ。ここが大好きだし、今が一番、楽しいよ!」

『うん!ボクも!』

「さあ、勉強しなきゃ」

 でも……向こうで僕のお葬式があって、僕の死体が焼かれたなら、ここに居る僕の体は……?

 勉強は集中出来なさそうなので、僕はジローとお昼ご飯を買いに市場に行く事にした。


「ただいま〜」

『ただいま〜』

「おお、タロウ!!お主、やはりただ者ではないのう!タロウの回復の秘術のお陰で、ほれ、この通り!ぴんぴんじゃ!」

 師匠はスッゴく元気になってた。良かった!これから毎日、やってあげようかな。それで少しでも恩返しになるなら、僕も嬉しい。師匠にずっと元気で長生きして欲しいし!


 師匠は回復薬を瓶に詰めてくれていた。

「なに、マッサージのお礼じゃ」

 昼食後、僕はまた百本の回復薬をギルドに届けようとカバンと袋に詰めたけど、さすがに重くて持てなかった。

「中身が入ってたら無理だよね」

『ボクが持つよ!』

「えっ、どうやって?」

『袋をボクの背中に乗せて』

 試しに乗せてみる。

「……重くない?」

『ぜんぜん!もっと乗せて!』

 僕のカバンに二十本、袋に八十本の回復薬を入れてジローの背中に乗せ、ギルドに向かった。


 ジローと一緒にギルドに入ると、案の定リリルさんがすっ飛んで来て

「まあぁ!ジローちゃん、偉いわあ!ご褒美をあげなくちゃ!もちろんタロウにも!」

 ……僕も、ジローと同列まで格上げされたようだ。

 ギルドのベンチでリリルさんのくれたジンジャー味のクッキーを食べていると、カウンターに居たゴツい冒険者が僕の方を見て、近づいて来た。

 えっ、ちょっと怖い……。

「よう!お前がタロウか?あの、回復薬を作った」

「はい……」

「いや、凄い効き目だったよ!助かった!ありがとな!お前……若いのにスゲエなぁ!」

「……えへへ」

 思わず笑顔になってしまう。これからも宜しくな、と背中をバンバン叩かれた。

 リリルさんに呼ばれてカウンターに行く。

「フフフ、評判いいわね!さすがよ!しかも一度にこんなに納品してくれて……本当に有難いわ。それで……今日、バッチ持ってるかしら?」

 僕は無くさない様にカバンの内側に付けておいたギルドのバッチを出した。

「じゃ、はい、これ。おめでとう!」

 カウンターに置かれたのは、銅の真ん中が銀のバッチ。

「Dランクに昇級よ」

「え!本当に!?……でも僕、まだ魔物も倒してないし、依頼も……」

「回復薬の納入は、常にギルドが出してる依頼みたいなものよ。それに、ギルドランクの昇級は、魔物を倒した数や依頼をこなした数だけで決まるものじゃないの。詳細は秘密だけど」

 それから金貨二枚を受取り、サインをして、また瓶を百本買って、ギルドを出た。


「タロ……、プ!お前、有名人になるぞ、プフフ!」

 夕方、ラキルが帰って来るなり、笑いながら言った。

「なんで?」

「回復薬が冒険者に評判いいって」

 ああ、そっか!さっきのゴツい冒険者も喜んでくれてたし。嬉しいな!……でも、それくらいで有名人って。それに、ラキルの笑い方も気になる。

「あっ、そうだ。タロ、昇級したって? おめでとう!!」

「おお、そうか!ギルドに認められたんじゃ。良かったの、タロウ。今日はお祝いせねば」

 夕食は師匠がジローを連れて買い出しに行き、僕とラキルで準備をした。

 師匠は沢山の肉や野菜、果物とワインをジローの背中に乗せて帰って来た。

 その日の食卓は少し豪華で、「祝い事の時はいい酒を飲むもんじゃ」と言われて、僕も飲んだ。初めて飲んだ時のワインよりも、美味しく感じた。ちょっと大人になった気がした。


 次の日も回復薬作りに励む。

 今日でやっと、貰って来たヒール草がなくなりそうだ。もう三回目だから、だいぶ手馴れて来た。

 今日は師匠に、冷気を出す魔法を教わった。熱の魔法の反対。これからは自分で煎じた回復薬を冷やせるぞ!

 そして出来た回復薬をジローに乗せて、ギルドに向かう。すると……

「おっ。お前がタロウか!?」

「あら、こんなに若い子だったのね」

「タロウって、お前だったのか。いつも白い犬と一緒だよな!」

「よう、小さい先生!」

「頼りにしてるぜ!タロウ!」

 何だ何だ? なんで冒険者がみんな、僕の名前を知ってるんだ!?僕、本当に有名人になってる……!?

「おう、坊主。昇級したってな」

 僕が戸惑っていると、ギルドマスターのドーンさんがやって来た。

「頑張ってるな。だが、油断はするなよ」

「はい。あの、ドーンさん……」

 なぜ急に、みんなが僕の名前を知ってるのか、聞いた。

「ん? あれが見えないのか?……そうか、読めないのか」

 ドーンさんの指差すカウンターの上、天井近くに横断幕があって……大きな字で何か書いてある。真ん中の、タロウ、だけ読めた。

「……あれが、昨日の夕方からあってだな……『我らの守護神、タロウの回復薬!発売中!』……と書いてあるぞ」

「……リリルさん、ですね」

「……ああ」

「あっ。タロウ!ジローちゃーん!」

 噂をすればリリルさん。

「リリルさん、アレ……」

「素敵でしょ?お陰で飛ぶように売れてるわよ!」

「……まあ、何だ。こう有名になっちゃ、下手ヘタな仕事は出来ねえな。頑張ってくれ」

 ドーンさんは若干、同情の視線を残して行ってしまった。


「あとね、これも作ったの」

 リリルさんが持っている布を広げた。長方形の布の両側がポケットになっている、厚手のしっかりした布地だ。

「こうして……ほら、ピッタリ!」

 その布をジローに掛ける。なるほど。ジローのバックだ。裏に紐がついてて、お腹の下と首側にまわして結べるようになってる。

「へー、凄い!」

「ワウ!」『ボクの!?』

「ここに『ジロー』って刺繍したのよ。気に入ってくれた?」

「ワン!ワン!」『嬉しい!ありがとう!』

「ジロー、良かったね!リリルさんありがとう!」

「うふふ、喜んでくれて良かったわ!徹夜した甲斐があったわ。じゃ、これね」

 リリルさんは僕にヒール草の束を、ジローバックの両側に瓶を詰め始めた……。







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