第16話 神獣の巫女
ジローが悠々と駆け回っている。
「ライラプス様!」
「ああ、本当に───」
不意に女の人の声がしてそっちを見ると、右手にある建物から女の人が二人、ジローに駆け寄っていく。ジローも嬉しそうにしっぽを振って……僕は少し不安になる。やっぱり、ジローはここがいいって思ってるんじゃないかな……?こんな綺麗な場所だし……。
「長老」
女の人達が揃って長老に頭をさげる。長老が僕達を紹介してくれた。
この女性二人はジローのお世話をする係で、名前はキラとララ、双子のエルフ。ジローが消えた後もずっと、ここの管理をしながらジローを待っていた、と。
「ライラプス様がお隠れになった時は本当に……」
「
「でも、ああ!信じて待っていて良かった!」
「ライラプス様もあんなにお元気そうで……!」
二人は泣きながら口々に喋る。
「タロウ様、話は聞いております。ライラプス様をお助け頂き、何とお礼を申し上げたら良いか!」
「あとは私達にお任せください!」
「タロウ様もたまに会いに来て頂いても宜しいかと存じます!」
「そうですとも!ライラプス様の恩人ですもの!」
「宜しいですよね、長老!」
「まあ、待て、お前達。実は……」
長老が、ジローが僕と『契約』を交わした事、一緒に行くと言っている事、改名した事……を話した。
同じ顔をした二人の表情がみるみる変わって……。
「……あり得ません」
「人の子が神獣と契約など」
「ライラプス様に二つ名を付けるとは……」
「タロウとやら、証拠を見せなさい」
……態度が百八十度変わった……同じ顔の無表情が二つ……怖い。
「そうじゃの。タロウ、この者達も十一年待っておったんじゃ。納得させるには……覚悟がいるの。ジローをここに呼んでごらん」
師匠に言われて「ジロー!おいで!」と呼ぶと、「ワン!」ジローが走って来て僕の横にピタッと止まり、僕を見る。双子はとても不服そうだ……。
「さて……キラ殿、ララ殿。タロウを攻撃してみてはどうじゃ」
えー!?師匠!?
「分かるじゃろう?契約をしておれば……ジローはタロウを守るじゃろう。神獣がエルフを殺す事はない。万一お主達が怪我をしてもワシが回復するから安心じゃ」
「師匠!ジローが怪我し……」
「バゥ!」
「……」
「……負けましたわ……」
双子の一人がガクッと膝を着き、もう一人は呆然としている……。
は?
一瞬、緊張感があったけど……何?
「ああ……ライラプス様が……」
「私達に殺気を放たれるなんて……」
「私もう、死んでしまいたい……」
「やっとお会い出来たのに……」
「えっ、ちょっ」
「ワゥン……」
ジローが二人を慰めるように顔を舐めた。
「ああ、最後に御慈悲を下さるのですか?ライラプス様……」
何が何だか……。
「……ねぇラキル、どうなってるのか説明して?」
「うん?分からなかったのか?……あの二人がタロウに殺気を放った瞬間、ジローがそれ以上の殺気を出したんだ。それであの二人は動けなかった。……正直、俺もゾッとした……。ジローってやっぱ……神獣、かもな」
「そういう事だ」
長老が口を開いた。
「お前達も辛かろうが……ライラプス様がお決めになった事だ。何、一生会えんと言う訳でもあるまい」
「はい……長老」
「……タロウ様、失礼しました……。願わくば、三年に一度……いえ、五年に一度でも、ライラプス様を連れ帰って頂きたく……」
「え!? もちろんです!来ていいなら……いつでも」
「ああ!ありがとうございます!」
「流石はライラプス様の選んだお方……なんと情け深い」
「ワフ、ワフン!」
「ライラプス様が……『お主達の事も好いておる、我は帰って来よう』と申しておる」
「ライラプス様……」
「はい。お待ち申し上げております」
「ワン!」
えっと……一件落着……なのかな?
「寒くなって来たな」
ラキルがブルッと震えた。確かに。
「そろそろ夕食の時です。戻りましょう」
「そうだな。ナイル、お前達も今日は里に泊まって行きなさい」
「そうですな、ではお言葉に甘えて」
「あの……!」
ジローと別れ難いのだろう、淋しい表情の双子が気になって……。十一年もジローを待ってたんだから。
「僕達の出発まで、ジローをお願いしてもいいですか!? ジローも久しぶりに故郷に帰って来たんだし……な、ジロー」
「ワン!」
「まあ……」
「なんという幸せ!」
目をキラキラさせている二人にラキルが「明日、迎えに来ればいいのか?」と聞くと、
「いえ、私達がお送りいたします」
「ライラプス様はいつでもタロウ様の元に行けますが」
「……いつでも?」
「タロウ、後で説明しよう。ワシも寒くなって来たわい」
「あ、はい。じゃあね、ジロー」
僕達は機関車に向かった。
「そもそも契約とはな……」
帰りの車輌の中で師匠に説明された。
契約とは、聖獣が認めた人と交わす『互いを守る』という強い約束の事。契約を交わした聖獣は常にその相手と精神で繋がっていて、呼べば現れる。つまり、僕がジローを呼べば、僕がどこに居ても来てくれる……?
ただ、今まで神獣が人と契約を交わした例はないらしい。
神獣と聖獣の違いは……神獣は神が造った神の分身、あるいは神の化身で、聖獣は神に選ばれ、精霊の宿った清らかな獣……神獣は神に近く、聖獣は精霊に近い、だそうだ。具体的には魔力の量も強さも違う。
うん、良く分からない。
でも、どうでもいい。ジローが一緒に居てくれれば僕は嬉しい。正直に、そう師匠に言うと、「……そうじゃな。それが正しき『契約』じゃな」と言われた。
長老の家で夕食をご馳走になった。
色とりどりの野菜や果物、肉や魚が豪勢に並んだ。でも、それより……密かに期待してた通り……ご飯!白米だ!
……自分がこんなに、米に感動するなんて思わなかった。麺もパンも大好きだし。もっと驚いたのは、炊きたてのご飯を前にした時、味噌汁とお新香がないのを寂しく感じた事だ。前の僕だったら、味噌汁やお新香よりもハンバーグやコロッケの方が嬉しかったのに……。
ラキルは初めてお米を見たようで……最初ちょっと嫌な顔をした。外国人が『炊きたてのご飯の匂いが苦手』って聞いた事がある。そんな感じなのかな。でも一口食べたら……止まらなくなってた。
長老が静かに言った。
「……美味であろう。コメは神がエルフにもたらされた聖なる穀物。里の外に持ち出す事、
つまり……米が食べたければジローを連れて来いよ、と。ジローが一緒じゃなければ里に入れないぞ、と。
やっぱりエルフって、排他的なんだな。でも……ちょっと島国の日本と似ているのかもしれない、と思った。閉鎖的であるほど、独自の文化が発展する。その文化に誇りを持ち守ろうとすれば、排他的になる。日本は武力で開国を迫られたけど……エルフの里は、このままで良いような、気がする。
ちょっと気になって聞いてみる。
「エルフの里って、いくつあるんですか?」
「この大陸に四箇所だ」
「エルフの人達は、行き来するんですか?」
「いや、そう簡単に往来できる距離ではない。もちろん旅に出る者もいるが……」
「他のエルフの里にも、神獣っているんですか?」
「無論だ。神獣の
「聖獣はどこにいるんですか?」
「それは分からん。聖獣は己が認めた者の前に現る、とも言うが……セラに聞いてみるといい」
「セラさんに?」
「セラは聖獣と契約しておる」
「え!凄い!」
「……神獣と契約しとるお主の方が凄いと思うぞ……」
それから……長老と師匠はお酒を飲みながら昔話を始め、ラキルはご飯を四回おかわりした。
──次の日の朝。
「ワン!」
「お早う御座います」
「ライラプス様をお連れしましたわ」
ジローと、キラとララの双子姉妹がやって来た。
「おっ、ジロー、ピカピカだな!」
……ジローが凄くキレイになってる。毛が真っ白に、ツヤツヤに、ふさふさに。シャンプーして貰ったんだね。
「ライラプス様と、至福の一夜を過ごさせて頂きました」
「次のお越しまで……この幸福を胸に生きて参ります」
……二人はそう言いながら、寂しそうな視線を僕にむける。『早く連れ帰って下さいね』ってオーラで訴えてくる……。
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