第15話 エルフの里
「うわあ……」
エルフの里は、カシワ村ともナーラの街とも違う、独特な雰囲気だった。
入り口から見えた噴水があったのは大きな池の一角で、池には沢山の花が浮かんでいた。その池から街の奥に向かって真っ直ぐに水路が伸び、水路にはいくつもアーチ状の橋がかかっていて、その下を小さな舟が行き来している。
その橋が、青、紫、赤、オレンジ、黄色……とカラフルで、透明な水の流れる水路に映り込み見事なグラデーションを織り成していた。
水路の両脇を通る道には芝生のような、苔のような植物がびっしりと生えて、良く見ると白と黄緑と濃い緑の三色なんだけど、遠目に見ると何とも言えない柔らかい色。
建物は木造……木と太い蔦で出来ているようだ。屋根には白や薄紫の花が咲き、軒先から房になって垂れている。
ここは山の麓なんだろう。奥に向かって緩やかな傾斜があり、遠くの山の斜面はたぶん何かの畑だ、一面の緑色で陽の光を浴びてキラキラしている。山の上の方がうっすら白いのは、雪が積もっているのだろうか?
言葉に出来ない、幻想的な美しさ。
僕とラキルは、唖然と立ち尽くしていた。
「こちらへ」
セラに促され噴水の脇から小舟に乗った。
「長老がお待ちですので、高速で参ります……掴まっていて下さい」
ぐん、と舟が動き出した。誰も漕いでないのに……エンジンが付いてる?と思ってセラに聞くと、
「えんじん……?とは何か分かりませんが、舟の底に『風の魔石』が付いています」
風の魔石に魔力を流せば、水中で風が起こり……スクリューか!魔力を少しづつ流せばゆっくり、沢山流せばスピードが出ると言う事のようだ。なるほど、魔石は色んな事に利用できるんだ。
……それってもしかして、空を飛んだりも出来るのかな……?
つい、口に出してしまう。
「……それは長年、研究されていますが、まだ完成していません。……タロウ、あなたは何処から来たのですか?」
あっ、まずかったかも。
「あ〜、えっと……よく覚えてなくて……」
「……そうでしたね。……ただ……いえ。……そろそろ着きます」
セラは何か言おうとしたみたいだけど……。着いたようだ。
舟を降りると、目の前に二階建ての大きな家。この家も、地面から太い蔦が何本も生えて家を守るように囲っていて、屋根で花を咲かせている。爽やかな良い香りがするのは、この花なのかな?
「……」
数人のエルフが、足を止め遠巻きに僕達を見ている。エルフ以外の人がここに来る事はない……か。何となく歓迎されてない雰囲気……。
セラに続いて家に入ると、家の真ん中にも太い蔦。柱のような役目だろうか。その蔦に沿って造られた緩やかな螺旋階段を上がる。
「失礼します。お連れしました」
二階に上がると、師匠と、師匠を一回り大きくしたような、長いお髭のエルフのお爺さんが居た。
「おお……ライラプス様」
「ワウ!」
「……。コホン。……タロウ、ラキル、良く参られた」
「こちらがエルフの長老じゃ」
師匠が僕とラキルを紹介してくれる。
「初めまして……あの……」
「待て、まあ座りなさい……タロウとやら、ライラプス様を助けてくれたそうだな。まずは礼を言おう」
「いえ、僕は」
「……だが、それとこれとは別の話なのだ」
「……」
「タロウ、長老には話してある。お主から聞いた話を、全てな」
「ライラプス様は我らエルフの……」
「ワン!ワン!」
「ラ、ライラプス様……はあ、お気持ちは分かりますが少々お待ちを……」
何?……この人、長老……ジローと会話してる……?
「爺さん、ジローの言ってる事が解るのか?」
「これラキル。長老に向かって……」
「ナイル、良い。……そうだ、ワシは神獣と話が出来る」
「!ジローは、何て?」
「あー、……コホン。『我はタロウを大変好いておる。タロウも我を慕っておる』と」
え……ジロー、そんな喋り方……?
いや、多分、長老の
『ボク太郎大好き!太郎もボクが好き!』僕は脳内で再変換した。
「ゥワン!」
「───『我はタロウと契約を交わした』と……契約!?ライラプス様が人間と!?」
えーと、『ボク太郎と約束した』かな。
「ワフ!」
「……『故に共に行くのだ』……」
『だから一緒に行く』!!
「ジロー……ありがとう」
僕は胸が熱くなった。ジローが僕を『好き』って思ってくれてて……。良かった! でも『約束』って……あれか?
「タロ!良かったな!ジロー、偉いぞ!」
ラキルが僕とジローをワシャワシャ撫でた。
「……タロウ、神獣……ジローと、契約しておったのか……?」
師匠が何だか引いてる? 長老は固まってるし。
「契約って言うか……約束なら」
「何と?」
「一生、ずっと一緒だよ、って」
「ワフ!」
長老は固まったまま……師匠は盛大にため息をついた。なんで?
そこにお茶を持って入って来たセラ。
「……長老?」
すっごい小声で、セラと話す長老……。あ、セラも固まった!
て言うか、ジロー『神獣』決定?
「───契約とは本来……『聖獣』と人とがするものじゃ。『神獣』が人と契約したなんて話は聞いた事がないわい」
『聖獣』と『神獣』?
「……とにかく一度、神殿に参りましょう、ライラプス様」
「バゥ」
「……いえ、しかし……『ライラプス』様が本当のお名前ですし……」
「クゥ……」
「あ、で、では、ミドルネームを『ジロー』としては如何でしょう。『ジロー・ライラプス』と」
「ワフ!」
「……なにやら改名したらしいぞ……」
とラキルが呟く。
僕達は神獣の住居『ライラプスの神殿』に案内される。
神殿は遠くに見えるあの山の上にあるらしいんだけど……まさかあそこまで歩いて、さらに山登りするんじゃないよね……? 僕の体力では絶対無理!師匠と長老だってお年寄りだし……。そう思いながらセラに付いて行くと、長老の家の裏手をずっと、森の側まで行く。
「なんだコレ?」
ラキルが不思議そうに見ているそれは───鉄で出来た動力部、後ろに繋がれた木製の箱型の乗り物、山へと伸びた二本のレール……。電車、いや、機関車だよね、これ!
僕とラキルが興味津々であちこち見ていると、「火、水、風の魔石の組み合わせで動くんじゃ。馬十頭分の力があるぞ」と師匠が言った。
火と水……蒸気機関車か。風は何の為に組み込まれてるんだろう? 仕組みは詳しく解らないけど……燃料が魔石だったら、煙が出なくていいな。
僕達は車輌に乗り込み、機関車が動き出した。
車輌に乗って揺られながら、改めて街の風景を眺める。……はぁ、本当に綺麗な所だな!
街だけでなく、エルフの人達は皆、金髪でスラッとしてて、モデルみたいだし。街は整然としているようで、自然とも調和していて……文明……魔法の発展度?も、高いみたい。エルフはプライドが高いって言うのがちょっと納得できてしまう。
機関車が街中を過ぎ、山を登り初めると、キラキラ光る緑色の植物……。何かの畑だと思ったけど、それは全て、段々に作られた水田だった。だからキラキラしてたのか。……しかも、これって……稲に似てるんだけど。もしかして……。
「師匠、コレ、秋に茶色くなって白い粒が取れる……?」
「ほぉ、よく知っとるな。コメじゃ。タロウの国にもあるのかの?」
コメ!お米!白米!!
「僕の国の、主食です」
「……ほう。コメはエルフの主食だ。……不思議なものだな」
長老が僕をじっと見た。
機関車は山をぐんぐん登り、トンネルに入り、トンネルを抜けると……そこは広大な、山に囲まれた青い草原───神秘的な……神様が作ったとしか思えない風景。池があり、畔には花が咲き乱れ……。
エルフの里が『ため息のでる美しさ』なら、ここは『息を呑む美しさ』だ。
「ワワン!」
「あっ、ジロー!」
機関車が止まると、ジローは真っ先に飛び出し、走って行ってしまった。
あわてて追いかけようとすると、セラが僕の肩に手を置いた。
「心配いりません。ライラプス様のお住まいですから」
「ここが、全部?」
「そうです。ここがライラプス様の神殿です」
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