第14話 エルフの森
宿の食堂で夕飯。メニューは読めなかったので、ラキルに任せた。
何かのステーキ、何かの串焼き、何かの肉のシチュー。……ラキル、肉ばっかりだね。
すかさず師匠がサラダを追加。
「明日はエルフの里だな」
「僕、入れて貰えるのかな」
「まずワシだけ行って、交渉するのが良かろう」
どんな所だろう、って期待と、ジローと別れる事になるかも知れない、不安。何となく食欲が湧かない。
「……タロウ、ひと口飲んでみるかの?」
師匠が飲んでいたコップを差し出してくれる。中身はワインのようだ。少し飲んでみる。うーん。美味しいのかどうか分からない。もう一口。不味くはないけど……。もう一口。
「ほっほ、無理に飲む事はないが、食欲が出るぞ」
師匠は何でもお見通し?
ジローと一足先に部屋に戻り、日記をつけて……眠ってしまったみたいだ。気付いたらラキルと師匠もベッドで寝てる。初めて飲んだお酒のせいか? 明日、日記に『初めてお酒を飲んだ』と書き足そう。
次の日の朝。ラキルとジローは早めに宿を出て、馬車に向かった。馬車で寝ているユッカとゼムに、朝食は食堂で食べて貰おうと思ったからだ。
僕と師匠は自分達の朝食用に、食堂でサンドイッチを作って貰ってから馬車に向かう。
馬車でサンドイッチを食べていると、オルゾさんが来た。大きな荷物を持っている。
「やあ、早いですな」
「おはようございます!」
オルゾさんは荷物を馬車に積むと、馬の世話を始めた。僕も手伝わせて貰う。
「オルゾさんは、ずっと、あちこちの街を回ってるんですか?」
「うん、そうですなぁ。大体七日から十日かけて各地を回って、タイタンに戻ると三日ほど休みます……女房と子供が待ってるんで」
……働き者だなぁ。オルゾさんの馬達も、お疲れ様。ブラシで体を擦りながら、ジロー用のブラシを買おうと思う。
「やあ、おはよう」
「ゆっくり食事できたわ、ありがとう」
ユッカとゼムが戻って来た。
「さて、出発しましょうか。エルフの里には昼前には着くでしょう」
ナーラの街からエルフの里へ至る街道では、魔物に出会わなかった。
聞けばナーラの街はここ、ユーゴ地方の交通の拠点で、ユーゴ地方はシシリナ国のほぼ真ん中にある。つまり周りの地方からも冒険者や商人が集まり易いため、街の周囲に魔物が出ても通りすがりの誰かがすぐに倒してしまうんだって。
だから、ギルドもあんなに大きくて、人も多かったんだ。
僕は馬車の中でノートを出して簡単な地図を書いてみようとしたけど、揺れるし酔いそうになったので諦めた。
「ほら、見えて来ましたよ!」
オルゾさんの声に、前方に目を凝らす。……行く先には大きな森……と言うより、行く手を阻むような一面の樹海、その向こうには高い山がある。
「エルフの里って……あの森?」
「ふむ、そうじゃの。森の中に町があるんじゃよ」
森の手前で街道は途切れ、ここが森の入り口らしい。周りには草原が広がっている。そこには、僕達の他に二台の馬車が止まっていて、回りにエルフが数人集まっている。
「お、今日は先客が少ないな!」
オルゾさんも近くに馬車を止めた。
ラキルとゼムに、オルゾさんがお金を渡した。道中で倒した魔物の魔石と皮を買い取って貰ったようだ。僕達の仕事は、ここで終わり。僕とラキルの護衛の報酬は、師匠とジローの乗車賃で相殺の取り決めだった。
「ほら、タロの分」
ラキルが僕に銀貨を三枚、銅貨を二枚くれた。
「え、僕は何もしてないから……」
「俺とタロでパーティーを組んだんだから、正当な報酬だぞ? タロが稼いだ金だ」
……いいのかな。これは、僕が初めて稼いだお金……。やった!
「ありがとう!」
「お、初報酬か、おめでとう!」
「やったね!」
ゼムとユッカが讃えてくれた。
「ではな、ワシは行ってくるからの。……分かっていると思うが、迎えに来るまで、森に入ってはならんぞ」
師匠は一人で森の中に入って行った。
エルフの里を囲んでいる森は『エルフの森』と呼ばれ、エルフ以外の者は必ず迷うと言われている。エルフの魔法が掛けられているらしい。エルフの里に、エルフ以外の者を寄せ付けない為に。取引に来た商人も、ここ、森の入り口でエルフが来るのを待つだけ。それでも、エルフの里と森でしか手に入らない物がある為に、ここにはいつも商人達が集まって来る。
「ナーラのギルドで、ビオフ草採取の依頼を受けて来たからな。帰りに採っていくぞ」
ビオフ草はエルフの森にしか生えない薬草で、胃やお腹が痛い時に効く薬になるんだって。
オルゾさんが馬車の荷台に商品を並べてるのを見に行った。ちょうどそこに、ロバのような動物を引いたエルフが来た。邪魔にならない位置で観察だ。
「いらっしゃい!」
「これで、麦が欲しい」
エルフが出したのはキラキラ輝く布地だ。オルゾさんは手に取って眺め、
「ほうほう、見事な物ですな……三袋でどうです?」
「四袋だ」
「う〜ん、それは厳しい……三袋と、銀貨三枚では?」
「む……ならば薬草を三束つけよう。それで四袋お願いしたい」
「……分かりました!成立ですな」
エルフは大きな袋を四つ、ロバの背に載せて帰って行った。
「オルゾさん、その綺麗な布、高いの?」
「ええ!エルフの織る布は特別ですから……しかもコレは上物です!良い取引でした」
ニッコニコのオルゾさん。良かったね!
ユッカとゼムは馬車の近くでそれぞれリラックス。ジローも二人の横であくびをしてる。二人はこの後もオルゾさんの護衛でナーラの街まで戻るんだって。
……あれ? もしかして、僕達は歩いて帰るのかな……!?
しばらくジローの横でうとうと……。
「お待たせしました、タロウ」
「え!?」
うわ、びっくりした!……セラさん!
「長老の許可が出ました。里にご案内します」
「あ、はい……!」
「またな、タロウ。頑張れよ!」
「また機会があればヨロシク」
ラキルと一緒にユッカ達に挨拶をして、セラに付いて行く。
向こうで商談中のオルゾさんも、手を振ってくれた。
森の中はとても暗く、静かだ。
見たこともない大きな木が鬱蒼と生い茂っている。木の根っこも一歩で跨げないほど太くて、それが幾重にも折り重なり絡まり合い、真っ直ぐ歩けない。必然と下を向いて歩くしかなくて、これはエルフの魔法がなくても迷うだろう。木だけでなく、植物全てが大きい。自分が小人になった気分……。
ジローは良いとして、セラとラキルは何でそんなにヒョイヒョイ進めるんだ!? 武器も持ってるのに!しかもラキルは、右に左に、寄り道しながら草を摘んでる。依頼のビオフ草ってやつかな。僕も手伝いたいけど、そんな余裕はない。
「ワワン!」
「待って……」
はぁはぁ言いながら、待ってくれているセラに追い付いた。
「……純粋人は弱いですね」
うっ……。いや、たぶん僕が弱いだけ。ゼムならきっと楽勝だろうから。
「おい、そんな言い方はないだろ。タロはまだ十六だぞ」
ラキルはいつも僕を庇ってくれる……けど、セラに対しては口調がキツい。
「……そうでしたか」
それだけ言うと、セラはまた歩き始めた。でも……さっきまでよりも、ちょくちょく立ち止まって僕を待ってくれている。素っ気ないけど、本当は優しいのかも……。
「着きました」
え?と顔を上げると……まだ森の中だ。変わらない景色。ラキルも辺りを見回している。
「……本来、エルフでない者はここには入れません。ここに来た事は他人に話さないで下さい。お約束頂けなければ、ここまでです」
「……その時はジローも連れ帰るけどな?」
「私が居なくて帰れますか?」
あ、険悪な雰囲気……。
「だ、大丈夫です!話しません!ね、ラキル!」
「……ああ、喋らないよ」
「では───」
セラが、空中に手をかざすと───二本の木の間の景色が変わった。そこに現れたのは、明るい陽射しの中の、綺麗な噴水だった。
「……!?」
「そーゆー仕掛けか……」
ラキルが呟く。なるほど、これがエルフの魔法なんだ。入り口が魔法で隠されていて、知らなければ……知っていても見つけられず……通り過ぎ、森の中をさ迷うか、出口に着いてしまう訳だ。
「ワン!」
ジローが躊躇なく、陽射しの中に飛び込んで行った。
僕達も足を踏み入れた。
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