第7話 家族
「……タロウや、お主、何か辛い目にあって来たんじゃないかの?……話せるなら、話してみなさい」
お爺さんの優しい声に誘われ、僕は話し出した。何をどんな順番で話したのかは覚えていない。
───僕は五人家族だった。
お父さんとお母さんと六つ違いの妹。そして僕が五歳の時に加わったジロー。小さな建て売り住宅に住む、普通の家庭だった。そう思ってた。
僕が十歳の時、お母さんが居なくなった。いつもの様に学校から帰ったらお母さんも妹も居なくて───そのまま、二人ともずっと帰って来なかった。
お父さんは元からあまり喋らない人だったけど、お母さんが消えてからさらに無口になった。お父さんはお金をくれるだけで、何も言わなかった。
僕の話相手はジローだけだった。
そして二年後、お父さんも消えた。
僕とジローだけが残された。
隣町の公団住宅に住んでいた従兄弟の家族が僕の家に来た。
叔父さんと叔母さんはいい人だったけど、僕は他人の家に住んでいる気がしていた。
一つ年上の従兄弟は、親の見ていない所で僕とジローをいじめた。
僕は今年高校生になった。本当は働きたかった。働いて、お金を稼いで、ジローと一緒に家を出たかった。
叔母さんは「私達が追い出したようで世間体が悪いから、高校に行くように」と言った。
高校に入って最初の夏休み、アルバイトを始めた。レストランの厨房だ。やっとお金を稼ぐ事が出来ると思うと、未来が明るくなった気がした。
夏休み最後の日。
あの日はアルバイトは休みだったけど、初めての給料日だった。僕はジローを連れてアルバイト先に向かっていた。
抜けるような青空。ジリジリと肌を焼く太陽。給料。ジロー。横断歩道、青信号、悲鳴、車、無表情の老人。
気付いたらここに居たこと。
今も何が起こったのか分からないこと。
ジローが一緒で良かったこと。
ラキルとお爺さんに会えて良かったこと。
優しくして貰って嬉しいのと、申し訳ないと思っていること───。
「もう、いいよ、タロ。もう大丈夫だからな……!」
僕は夢中で話していて……気付くとラキルが僕を抱きしめていた。
「───よく話してくれたの。……よく頑張ったのう、タロウ。ジローも偉かったの」
「ワフ!」
ジローはお爺さんに褒められて、嬉しそうにシッポを振っている。
僕は思わず笑ってしまう。
───なんだか、心が軽くなった気がする。
「タロ!お前はもうウチの家族だからな!?ジローもだ!俺の弟だからな!
「えへ……ありがとう、ラキル」
「ワン!」
ジローも『ありがとう』って言ってる。
「……ラキル、椅子に座らんか。タロウ、話は大体わかったぞ。解らん言葉もあったがの……。どうやら、お主は相当遠い場所から来たようじゃ。で、じゃ」
お爺さんは真面目な顔で僕の目を真っ直ぐ見た。
「……お主は、自分の居た場所に帰りたいかの?」
───ほんの、二日前までいた世界。
すごく遠い過去のような気がする。
僕は二度、捨てられた。今度は僕が捨ててもいいよな?
僕はゆっくり首を振った。
「……そうか。なら何も問題はないの。さて、飯の続きじゃ。ラキル、スープを温め直してくれんか」
お爺さんは、何でも無い事のように、言った。
「……それは魔法ではないのか?」
僕は今、食後のお茶を飲みながら『電気』の説明をしている。
夜、明るくなる。夏は涼しく、冬は暖かく出来る。大きな乗り物が動く。食べ物を温めたり音楽を聞いたり階段が動いたり───。
「へー、凄い魔法だな!」
だから、魔法じゃないってば……。
でもまぁ、考えてみれば魔法みたいなモンだな、と思う。
「魔法がないとなると、お主の国の人々は、どうやって病や怪我を治すんじゃ」
「医学の勉強をした、医者っていう職業があって……手術をしたり薬を使ったりするんだけど……」
「ほう、薬はあるんじゃな」
「シュジュツってなんだ?」
「んー、例えば、体の中の悪い部分を取り除いたり」
「魔法で消すのでなければ……まさか……」
「切るんだよ、直接」
「ぶはっ!?」
「……人の所業とは思えんわい」
「治す為にやるんだよ!?」
───こんな感じで、午後の時間はあっという間に過ぎて行き───
「暗くなって来たの。ほれ」
お爺さんが何気なく手を開くと、そこからまぶしい光が現れて、優しく部屋中に広がった。
「うわ……」
電気、いらないね。そうだ。
「お爺……じゃなくて先生……師匠!僕に魔法を教えてください!」
「師匠……ワシ、師匠?」
「はい、師匠」
「……宜しい。教えて進ぜよう」
「……じいちゃん、自分から弟子になれって言ったくせに」
「ラキルは夕飯の用意じゃ」
「あ、僕も手伝う!」
ラキルとキッチンへ向かう。
「ふっふっ……師匠か……フフフ」
おじ……師匠に魔法を習うの、楽しみだな! あぁ、師匠とラキルに会えて、本当に、本当に良かった!
「ラキル、この石、何?」
「コレは火の魔石……そっか、魔石も見たことないのか」
「火の魔石……」
「薪の変わりだな。薪より火力調節が簡単だ。属性が火の魔物から取れる」
「なるほど。……水瓶に入ってるのは水の魔石?」
「正解だ。魔石の魔力がなくなるまで、水が湧き出る」
井戸から汲んで来るんじゃなかったんだ……。
「まだあるぞ……この中」
洗い桶がおいてある隣の板を持ち上げると、冷気が漂って来た。
「水の魔石を魔法で凍らせたのが、氷の魔石だ。ここに野菜や肉を入れとけば腐りにくいだろ?」
冷蔵庫だ……。昼間は原始的、とか思ってゴメンなさい。
「ラキル、僕もアレ、やりたいんだけど」
これ。パチン!
「……ああ、火魔法か。やってみな?」
え、やってみなって……。パチン。パチン。……出来るわけないよ?
「ほら、ジローを助けた時、言っただろ。集中、イメージ、信じる、だ。ちょっと見ててみろ」
ラキルがパチン、とすると、指先から火花が散った。
「俺は火花をイメージしてるから、こうなる。もう少し指先に魔力を集めてからやると───」
パチン。ボワッ!
一瞬だけ、大きく火が出て消えた。
「まあ、魔法も剣も鍛練だからな。毎日練習するしかないんだけどな」
───指先に魔力を集める?……魔力集まれ〜集まれ〜集まれ〜〜〜……集まったかな? イメージイメージ……さっきのやつ……。
パチン。ボワアッ!!
「うわあ!……出来た!!」
「え?……出来たのか?」
パチン。ボワッ!
「……マジで。タロ、スッゲーな……俺、一年くらいかかったのに……」
「火、つけていい!?」
「おう」
火の魔石に向かって……パチン。ボワワッ。
火の魔石が燃え出した。凄い……感激!僕がつけた火だ!
「……俺、やっぱり魔法の才能なかったんだなぁ」
「ありがとう!ラキル!師匠に見せてくる!」
パチン。ボワッ。
「……なんと。一瞬で覚えたのか」
「どうですか!?」
「どうと言われても……出来とるよ」
「やった!」
「ふぅむ。適性は光かと思ったが……」
「あっ、師匠、光!教えてください!この明るくなるやつ」
「うむ。これくらいは良いじゃろ。そうじゃな……ほい」
一瞬で部屋が暗くなった。
「暗い方が『光』をイメージし易いじゃろ。手のひらを出して……こう」
師匠の手のひらの上に、丸い光の玉が現れた。
「『火』の時と一緒じゃよ。手のひらに魔力を集めて、丸い光をイメージするのじゃ」
───今度は手のひらだから……魔力集まれ〜集まれ〜集まれ集まれ集まれ集まれ集まれ集まれ〜〜……光!
ビカーーーーーー!!!
「うわ!?」「ワワワワン!ワン!」「まっ、眩しい!!滅!!」
……ああ、びっくりした……。カメラのフラッシュみたいな眩しさだった。
「タロウ……」
「ご、ごめんなさい!」
言われた通りにやったつもりだけど……!
「……素晴らしい才能じゃ……蘇生はまぐれじゃなかったと見える……」
「……師匠?」
「……おほん。タロウ、魔力の調節を覚えなければならん。もし今のが火魔法じゃったら、大変な事になるじゃろう?」
ほ、本当だ……。怖いな、魔法……。
「はい……」
「そうじゃな……もう少し、落ち着いて……優しい気持ちでやってみなさい。優しい光、じゃ」
───優しい気持ち……ラキルと、師匠が僕にくれた様な……暖かくて小さな光───
ポワ……
「ほっほ、出来たの」
「出来た……」
「ワン!」
「……え!?じいちゃん!なんでこんなに暗いんだよ!? 飯できたぞ!」
ゴメン……ラキルの手伝い、忘れてた……。
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