第2話 決意
「ここは、シシリナだ。シシリナ国、ユーゴ地方、カシワ村。聞き覚えは……ないか。オレはラキル、覚えたか?冒険者だ。──ん?ペンか?」
僕はそんなに記憶力、良くないから……。今後の為にも書き留めておきたい。するとラキルが「ちょっと待ってろ」と言って出て行き、すぐ帰って来た。
「ほらコレ、使えよ。余ってるページがいっぱいあるから」と五、六冊のノートを渡してくれた。ありがたい!
パラパラめくると、どのノートも最初の数ページしか使ってない。そこには全く見た事のない文字が書かれている……。
「最初の方、破っちまっていいぞ。オレが昔、魔法学校に行ってた時の……じいちゃんに無理矢理行かされたんだけど」
魔法……! やっぱりそう来たか。エルフが居るんだもんな……もう驚かないぞ。
シシリナ国、ユーゴ地方、カシワ村。冒険者。魔法学校。僕はノートに書き込んでいく。
「で……この家には、オレとじいちゃんの二人で住んでる。じいちゃんの名前はナイル。でも村では『先生』で通ってるな」
先生?やっぱりお医者さんかな。
「お前は、村の近くの街道で倒れてた。通りかかった商人の馬車が見つけて……ここに運ばれて来た」
「……」
「あ、無理に思い出そうとしなくていいぞ。ただ、ギルドの連中に質問されるだろうから」
ギルド?僕は首を傾げて見せる。
「まぁ色々……不思議な状況だったし。村の
あ、そっちじゃないけど……まあいいか。で、不思議な状況って?首ナナメ四十五度。
「──ここに運ばれて来た時、お前、頭が割れてて……体中、骨が折れてて……内臓もヤバいってじいちゃんが言ってた。よく生きてたな。多分、かなりデカイ魔物に殴られて、投げ飛ばされたか……。なのに、喰われてなかったし……。とにかく、村の近くにデカイ魔物が出たなら討伐しなきゃだろ?だから、ギルドが話を聞きに来る」
───魔物……。
「心配すんな、オレかじいちゃんが同席するから!」
ラキルは背が高くキレイな金髪で、すっとした深いブルーの目が宝石のようだ。かなり鍛えているのか、服から覗く腕も足も、筋肉で締まっている。アスリート?いや……冒険者って言ったな。それ、職業かな?
それと、ラキルの耳は……少し尖ってる気もするけど、まあ普通だ。
僕は自分の耳を上にひっぱり、ラキルの耳を指差した。
「ん?オレがエルフか、って?」
うん。
「オレは四分の一くらいかな?オレの母親……じいちゃんの娘な、がハーフだろ?で、父親もハーフなんだ。だから……計算合ってるか?」
分からないけど、エルフの血をひいてるんだね。だからたぶん『純粋人』っていうのが、普通の人……エルフの血が入ってない人の事だろう。
「お、そろそろ晩飯の時間だな。オレは
ラキルが僕をひょい、とベッドから持ち上げ、立たせた。
やっぱりすごい、力あるな……。僕は小柄な方だけど、六十キロはあるのに。
「ほら、こっちだ」
案内された風呂は、風呂というか、すのこ状の床にお湯の入った大きなタライが置いてあるだけだった。
これがこの国のスタイルなのかな。
僕は体を洗いながら全身を見て触ったけど、やっぱりどこにも傷がない。
──頭が割れて?骨が折れて……?
……。
風呂から出ると、ラキルが貸してくれた服を着る。
……思ったとおり、ブッカブカだ。
麻のような手触りで少し厚めの生地の、ズボンとシャツなんだけど……コレ、多分半ズボン。僕がはくと七分丈だし。上着はお尻をすっぽり隠し、ミニスカートみたいになってる……。
「おーい、タロ、晩飯だぞ〜!こっち来いよ!」
呼ばれて行くと、テーブルと椅子があって、お爺さんが座っていた。ラキルが料理を運んでいる。
「おう、スッキリした……か……」
「……ぶはっ!」
僕を見た二人が、ゲラゲラ笑った……。
夕飯はパンとシチューだ。
パンは黒っぽくて固い。よく噛むと麦の旨味がじんわり溢れてくる。
シチューは芋と野菜と肉の入った普通のシチューなんだけど、見た事ない野菜と何の肉か分からない肉だ。昼間に貰ったスープと同じダシの味がする。
食事の間、二人は僕に質問をして来なかった。気を使ってくれているんだろう……有り難かった。
「……いろいろ不安じゃろうが……ま、ゆっくりしていきなさい」
そして僕が寝ていたあの部屋を、そのまま僕の部屋として使っていい、と言ってくれた。
───今日はぐったり疲れた。
一日にあまりにも色んな事が有りすぎだ。もう、頭の中が考える事を拒否している。でも、ベッドに横になると、考えずにはいられない。
……これが大掛かりなドッキリで、僕が騙されているのでなければ……ここは、日本じゃない。おそらく地球上でもない。エルフが居て魔物がいて魔法の学校がある……異世界。パラレルワールド。アニメか小説の中の世界だ……。
僕はあの時死んで、ここに飛ばされたのだろうか。……ジローは……。
───そうだ。
ラキルに貰ったノート……日記を書こう──と思ってすぐ諦めた。灯りがないのだ。電気が通っていない?
明日、ランプとか貸して貰えないか聞いてみよう。
───ラキルとお爺さん……ナイル先生は、凄くいい人だ。細かく僕を気遣ってくれているのが、良く分かる。この訳の分からない世界で、会ったのがこの人達で良かった……。命を救ってくれた上に、暫くここに置いてくれるらしい。何かで恩を返したいが、どうすればいいのか聞く手段がない。……僕の声は戻るのだろうか……?
今日、起こった事を一つ一つ思い出しながら、いつしか眠りに落ちていた。
次の日、目が覚めると───
ブカブカの服。固いベッド。机の上には僕が着ていた破れたTシャツとジーンズ。目の前に迫る車……ジロー……。
そっか……夢じゃなかった。ドッキリでもないんだな。
なら、前を向くしかない。ここで生きて行くしかない。……よし。
僕は自分に気合いを入れた。
でもまずは……昨日の出来事を日記に書こう。覚えているうちに、なるべく詳しく。
コン、コン。
「タロ、……お、早起きだな!」
そうなのかな?時計がないから今が何時か分からない。
と、いうか……ここの日付も分からないから、日記には僕の知っている世界の日付を書いた。令和元年、八月三十一日。僕とジローが車にひかれた日。多分、この世界に来た日。
ん、ん。おはようございます!
───やはり声は出なかった。でも、ラキルは「おぉ!おはよう!」と笑ってくれた。爽やかな笑顔だなぁ。
「朝早くから悪いんだが……ギルドマスターが来てるんだ」
「……」
……。
もうびっくりしないと思ったけど……。ギルドマスターと言う人は……デカくて、頭の上に耳があって、大きな口から牙が……牙がある……。
「ギルドマスターのドーンだ」
……確かに見た目も声もドーンとしてる。
初めまして……。ペコリ。
「昨日、ラキルと先生におおまかな話は聞いた。……で、まだ声は出ないのか?」
はい。頷く。
「……記憶もない」
そう。頷く。
「参っちまったな、こりゃ」
───そう言いながらも、ギルドマスターは僕の目を見据えたまま、逸らさなかった。僕はその強い視線に射抜かれて、身動き出来なかった。
「おい、ドーン。お前さんに睨まれたら、萎縮するじゃろ。この子は被害者じゃぞ?もうちっと優しく出来んのか」
お爺さんが助け船を出してくれた。
「ああ、分かってるさ」
視線がお爺さんに向いた。思わずほっと息を吐いた。
「結論から言うとな。この坊主はあの場所で襲われたんじゃないな……おそらく瀕死の状態で、あそこに捨てられたんだ」
「なんと……」
「昨日、冒険者どもを集めて周辺を捜索したが、デカイ魔物がいた形跡はない。坊主は武器も荷物も持っていなかったしな」
「……誰がそんな非道い事を」
「それも含めて、謎だらけだ。コイツに思い出して貰うしかないな」
……僕のせいで色んな人に迷惑をかけているようだ……申し訳ない。
「とりあえず、一緒に現場に来て貰う」
はい。あっ、外に出れるの?
「ラキルを一緒に行かせよう。構わんじゃろ?」
「ほら、その前に朝飯だ!!」
ラキルがでっかいパンをどんっと置いた。
「マスターも食うだろ?」
「おお、ありがたい」
「その代わり、割のいい依頼まわしてくれよ!」
……ドーンさんて怖いけど……ラキルとお爺さんと仲良しみたいだから、多分、いい人かな?……人、だよな?
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