剣と魔法と冒険のある生活。(仮)

ぱぁと

第1章 新しい生活

第1話 混乱


 混沌とした真っ黒な夢の中で、僕は何かを探してる。お父さん……お母さん!さくら?ジロー! ……そうだ、ジロー……?

 ジローーー! どこ、ジロー……!

  置いていかないで!



 ぐわん、と振りまわされた様な感覚。

 同時に襲って来た耐え難い頭痛、体中の痛み、吐き気、ぐわん、ぐわん───。

「、ぅ……」

「!!……生きてる!おい!!誰か来てくれ!!」

 誰……何だっけ……僕は、どうしたんだっけ……

 意識がまた、混沌に引きずり込まれて行く───。



「大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃ。……の、はずじゃが」

 ───頭が痛い……。目を開けようとして、眩しくてすぐ閉じた。もう一度、そっと瞼を持ち上げて二、三度瞬きをすると視界が戻ってくる。

「気がついたか!?」

「こら、大声をだすな……安心しなさい、もう大丈夫じゃよ」

 声……。そっと首を動かすと、人が二人、立っている。若い男と、老人……?

 だれ、ここは……話そうとしたが、声が出ない。口を開けて声を出そうとするけど、出ない……。

「む?……ラキル、水を。起き上がれるかの?」

 ラキルと呼ばれた男が僕の背中に手を回して、上半身を起こしてくれた。水の入ったコップを取ろうとするが、手が震えて上手く掴めそうにない。

「飲ませてやりなさい。そっと、そっとじゃぞ」

「分かってるよ……ほら、ゆっくり飲めよ」

 口元まで運ばれたコップに口をつけると、ゆっくりコップを傾けてくれる。冷たい水が口の中に流れ込む。意識して飲み込む。美味しい……。僕はごくごくとコップの水を飲み干し、ほーっと息を吐いた。

「旨かろう?ワシの魔力ましまし水じゃ。買ったら高い……」

「じいちゃん!」


 やっと、ちゃんと二人を見る余裕ができた。若い方は僕より少し年上くらいだろうか。金髪……外人?老人の方は長い白髪で……だが……何か、違和感が……。


「あ〜、いや……どうじゃ?話せるかの?」

 話そうとするんだけど、やっぱり声は出ない……。僕は頭を横に振った。

「じいちゃん……」

「いや、大丈夫……のはずじゃ。ショックで一時的に話せなくなっておるだけじゃろう」

 

 何だ、何だ何だ何だコレは?

 ここはどこだ?僕はどうした?僕は───

 一瞬、頭のモヤが晴れた。目の前の車、衝撃、ジローの悲鳴───。


「ど、どうした!?」

「……ラキル、そっとしておけ。よほどショックな目にあったのじゃな。……もう少し横になっておきなさい」

「もう、大丈夫だから。ここは安全だから……ゆっくり休めよ」

 パタン……。二人は部屋から出て行った。


 ────落ち着こう。

 まず、何から考えればいい?そう、僕は……車に跳ねられた。ジローと一緒に信号を渡って……信号は青だった。誰かの悲鳴で右を向くと猛スピードで突っ込んで来る車。運転していたのはぽかん、とした顔の老人だった。最後に耳にしたのはジローの悲鳴、最後に目にしたのは青い空に舞うジロー……。

 僕は、助かったらしい。ジローは……?ここには、居ないの?

 そしてここは……どこだ?

 少なくとも病院じゃない。ログハウスのような、木の家の中だ。そしてさっきの二人……。どうやら僕を助けてくれたらしいけど……どう見ても、日本人じゃない。金髪で青い目だった。老人の方は、真っ白な長い髪、深い皺が刻まれた顔……そして……いや、見間違いかもしれない。

 ……どういう事だろう。

 助かったのなら、病院に運ばれたはずなのに……それに。

 僕はそっと起き上がってみる。ゆっくり手足を動かす。服を捲ってみる。顔をさわる。頭は少し痛いけど……

 僕は、無傷のようだ。

 どうなってるんだ?夢?うん、夢かもしれない。もう一度、寝てみよう。そして起きてから考えよう。



 ──コン、コン。キィ……。

「起きてるか?」

 目が覚めた。少し眠ったようだ。起き上がり、声のする方……ドアから覗いた顔をみる。───金髪だ。

 ……いい匂いがする。

「なんか食べた方がいいと思って」

 差し出された木のトレーの上に、湯気の立つスープが載っている。

 僕はその豊潤な匂いに我慢できず、木のスプーンをつかんだ。優しい味だ……。細かくされた野菜とパンが入っている。食べた事のない味だけど、美味しい……。

「旨いか?……俺の名はラキル。お前は?」

 ……太郎、と答えようとしたが、やっぱり声が出ない。

「あ、ごめん、そうだったな。いいから、食えよ。おかわりは?」

 いいのかな?図々しいかな?と思いながらも、僕の手は器を差し出していた……。


 お腹に温かいモノが入って、水を飲んで、一息ついた。やっと頭もスッキリした感じだ。頭痛も消えていた。

 ……そう言えば、お爺さんさんがこの水の事を……何か言ってた気がするけど……何だっけ。

「ほら、コレ。名前、書いてみ?」

 ラキルは紙とペンをくれた。そっか、筆談か。僕はトレーを台にして、紙に『田中 太郎』と書いて、思い直し、その下に『TANAKA TAROU』と書いた。

 そして、気付いた。

「あ〜、やっぱりか。読めないわ。お前、どう見てもこの国の人間じゃないもんな」

 ……ラキルが喋っているのは、日本語じゃない。英語でもない。

 なのに……


「じいちゃんなら読めるかな?」

 ───『どう見てもこの国の人間じゃない』……つまり、ここは日本じゃないらしい……。一体どこだ?

 ダメだ、また頭が痛くなりそうだ。

 しかし、困った。聞きたい事がてんこ盛りなのに、声が出ないし筆談も出来ないとなると、僕からは何も聞けないじゃないか……。


 ラキルがお爺さんを連れて来た。

「どうじゃ?具合は」

 僕は二度、頷く。そして『ありがとうございました』の気持ちを表そうと、ベッドに座り直し両手をついて頭を下げた。……伝わってるかな?

「……」

 お爺さんはキョトンとしてる。……伝わってないみたいだ。だがラキルが「……それは、感謝か謝罪、だな?」と言ってくれた。

 僕はまた二度、頷く。

「そうか、いや、気にせんでもいい。しかしお主は運が良かったのう」

 ……。

「……覚えておるか?」

 首を振る。分からない、という意味で。

「記憶が混乱しておるのかの。まあ、別に良いわ。さっきギルドの人間が来たが、話せない事も言っておいたからの」

 しかし……やっぱり……見間違いじゃなかったんだ……。お爺さんの耳……。

「ん?なんじゃ。エルフが珍しいかの?」

 やっぱりね、なんとなく、そうかなって……いや、マジで?エルフ……!?


 お爺さんの耳は、上に長く尖っている。

 子供の頃にテレビで見た、『なんとか国物語』って映画に出て来る『エルフ』そのものだ。


「ふむ……。この文字は見た事がないのう」

「じいちゃんでも解らないんじゃ、よほど遠い国から来たのかな。なあ、お前の国、エルフが珍しいのか?」

 ちょっと困ってきた。

 僕の国って……日本だけど、地球上でもエルフは珍しい……ってゆーか居ない。

 僕が固まっていると

「……お前さん、自分の国がどこか、分かるか?」

 僕はとっさに、首を振った。ノー。

 少なくとも状況がわかるまで……ここの人間の振りをした方が安全だ。何も覚えていない振りをして、情報を集めるのが先だ。


「可哀想に……記憶喪失かのぅ」

「……あ、でも、名前は覚えてるんだよな?」

 頷く。イエス。

 口を大きく開けて『タ・ロ・ウ』と言ってみる。

「ラ・コ・ス?」

 ぜんぜん違う。

『タ』「ナ?」『タ』「タ?」

 そう!それ!思わずラキルを指差す。

「おお!『タ』の次は?」


 ──そんな感じで数分後。

「タ・ロ・ウ?」

 イエース!!僕は嬉しくなって拍手した。

「おー、タロウ!やっと笑ったな!」

 あ、本当だ……なんか笑ったら、少し気が楽になったかも。

「じゃ、歳はいくつだ?」

 僕は両手を開いて出した。

「十……?」

 ラキルが怪訝な顔をする。いやいや。あわてて開いた片手に人差し指を一本のせる。

「六?」

 イエス!

「……二十六?」

 ノー!なんでそうなるんだよ。

 もう一度、同じ動作を繰り返す。

「……十六?」

 イエス。

「三十六か?」

 ノー!……なんで?あ、僕を笑わそうとしてくれてるのかな……。

「十六……本当か?」

「いやいや、純粋人はワシらより短命じゃから……とは言っても、子供じゃのう。そうは見えんが……」

 話の内容から察するに……。

 僕は十六に見えないって事か。何で?『じゅんすいびと』は『純粋人』か?

 ───ラキルとお爺さんが、後ろを向いてこそこそ話し出す。

「う〜む、打ち所が悪かったのかの?」

「タロの見た目からして……純粋人でも三十くらいだよな」

 はぁ……。また分からない話だぞ。もう、疲れた……。


「だ、大丈夫だぞ、タロ!しばらくウチに居ろよ、なぁ、じいちゃん!?」

「うむ、もちろんじゃよ。帰る場所を思い出すまで……いや、好きなだければいい」

 ……いいの?という感じで首を傾げる。うんうん、と頷く二人。とてもいい人達みたいだ……ワケは分からないけれど、少し安心した。

 ありがとうございます。僕はまた、ちゃんとお辞儀をした。













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