第21話 〜ルシオラ・スキエンティア~


「それで… ルシオラさんは冒険者になったんだ〜…?」


 しんみりとフィオナがと尋ねた。

しかしルシオラの答えは意外なものだった。


「いいえ、違うわ。 ううん、それも少しあるけど」


 ルシオラが軽く首を振ると、ウェーブのかかった見事な金髪がさらさらと揺れる。


「私にはね、特に仲の良かった修道女の後輩がいたの… シャウアって言ってね、ふたつ歳下で平民の生まれだったけど妹みたいに可愛がってた…」


「その娘が14歳になった頃に三賢人の事件があってね… 彼女、ちょうどいい機会だから冒険者になるって…」


「彼女、修道院に生涯を捧げるつもりは最初からなかったみたいで、冒険者も怖いけど少しお金を貯めたらパン屋さんでも開いて慎ましく生きて行きたいって…」


 ルシオラは思い出すようにゆっくりと呟くように言葉を紡いだ。


 シャウアは無事、僧侶プリーストとして冒険者になって、しかし最初のクエストから帰ってくる事は無かった。

 彼女は【Aクラス】のベテランパーティーに臨時で参加したそうだ。

 しかし洞窟ダンジョンの中でモンスターに遭遇した際、混乱した彼女は急にひとりで逃げ出して運悪く岩の地面の割れ目クレヴァスに落ちてしまったと言うのだ。


 新人の冒険者が、夢破れ志半ばにして倒れる。 遺体も見つからない。

よくある話である。


 しかし、ルシオラは納得出来なかった。

彼女は自ら冒険者となって真相を確かめる決意をした。


 彼女は17歳でギルドの冒険者適性検査を受け【A-】の判定結果を得て合格、当然職業は僧侶プリーストを選択した。


「7年前に17歳ってコトは、ルシオラさん今24歳…?」


 メナスが突然流れを切って尋ねた。

A・Iアーティフィシャル・インテリジェンス】だから空気が読めないのか、それとも意図があってやっているのか… ユリウスには判断がつかなかった。


「こら、女性に歳を聞くもんじゃない!」

「ううん、まだ23歳だけど……」

「そうなんだ〜 もっと大人っぽく見えるかも〜」


 と、これはフィオナだ。


「そんなに老けて見える?」

「ううん! 悪い意味じゃなくって… 落ち着いた大人の女性の魅力って感じで憧れるって言うか……」

「ふふふ、ありがとう」


 ルシオラは先ず、ギルド本部で情報収集を開始しシャウアが参加した【Aクラス】のベテランパーティーが【デスペラード】と言う名前だと突き止めた。


 ベテランだが何か近寄り難い空気を纏った男性四人組のパーティだった。

そんなパーティが何故新人の僧侶プリーストを?

 しかしその件についてギルドに尋ねても、回復役が居なかった事と新人の育成と言う目的で不自然ではないと言う回答だった。


 ルシオラはいくつかのクエストをこなしお金を貯め、経験を重ねていった。

 行方不明の賢人を探すクエストにも何度か参加したと言う。

 そして少し貯金が出来たところで、自ら【シャウアの捜索】のクエストをギルドに依頼した。


 ここで乗って来たのが【デスペラード】だった。 実際それは好都合だった。

 彼らは現場も知っているし当時の状況を現地で説明する事も出来るだろう。

 と言うか、ルシオラ自身彼らが乗って来るのを期待して出した依頼でもあった。


 彼女は当時よく組んでいた信用できる男性の冒険者に頼み、彼と【デスペラード】の六人で、シャウアが行方不明になったと言う【死の谷の洞窟トートタール・ダンジョン】に向かった。


 結果、進展は全くなかった…

彼女の遺体はおろか、彼女の遺留品、足跡など一切の痕跡すら見つからなかった。

 そして【デスペラード】の説明にも不自然なところは無かった。


 突然のモンスターとの遭遇。

パニックを起こして走り出す新人の冒険者。

暗い洞窟ダンジョン

岩の割れ目クレヴァスに落ちてしまった冒険者。

急速に下方へ遠のいていく悲鳴。


 しかしルシオラは確信を持った。

彼らは嘘を付いている!


 証拠はない… しかし彼らの態度や表情、言葉の端々に時々現れる何かが『彼らが何かを知っている、隠している』と告げていた。


 王都に戻ったその日の夜だった、彼女の宿の寝室に侵入者があった。

 深夜たまたま眠れないでいたルシオラは、廊下を歩く足音には全く気付かなかったが施錠された鍵を開ける物音に気が付いた。


 戦鎚メイスを両手で握りしめて身構え、ドアが開くと同時に『神聖魔法』の【神の拳ゴットファウスト】をお見舞いしてやった。

 僧侶プリーストの呪文には珍しい高威力の単体攻撃魔法だ。


 多少なりともダメージを受けてはいた物の、平然とそこに立っていたのは【デスペラード】のリーダー【純白のヴァイス】と盗賊シーフの男だった。


「最低! それって夜這いをかけようとしてたってコトだよねっ⁈」

「夜這いって言うのは男女の合意のもとに行われるんだけどね… これはただの…」


 ルシオラは言葉を飲み込んだ。


 騒ぎを聞きつけ、すぐに人が集まってきたという。


 この事はすぐにギルドでも問題になり【デスペラード】は罰金と三ヶ月間の活動禁止処分になった。


 もっとも、彼らは最後まで「知り合いの冒険者が心配で戸締りを確認に来ただけだ」と白々しくも言い張った。


「月のない夜は夜道に気をつけろよ」


 禿頭とくとうの大男が、ルシオラに吐いた捨て台詞だった。


「それで私、狂戦士バーサーカーが大嫌いになったのよねぇ…」

「へぇ〜 そいつが狂戦士バーサーカーだったんだ…」


 この一件の後、ルシオラは冒険者を辞めギルドの職員となった。

 職員の立場からシャウアを見つける手がかりを探し、また【デスペラード】の動向も調べることが出来た。


 思った通り彼らは、限りなく『黒に近い灰色』だった。


 一緒にクエストに行った冒険者、それも臨時参加者の死亡・行方不明率が他のパーティの二倍以上の数値だった。


 また、依頼主と行動を共にしたり護衛するタイプのクエストも彼らは積極的に受けていて、依頼主とはぐれたり死亡させたりしたケースがやはり何件かあった。


 証拠はないが限りなく黒に近い疑惑の色。


ルシオラは誓った。


 いつか必ずシャウアの行方を突き止め、彼らに正当な裁きを加えてみせる、と!


「ごめんなさい… 証拠もないのに… こんな話するべきではなかったわね」

「ううん、聞いて良かった… わたしも気を付けなきゃって思ったし… ルシオラさんのコトが知れて嬉しかった」

「うん、ボクも…」

「ありがとう、そう言って貰えたら私も嬉しいわ」


「それにしても酷い話だね… そんなヤツらが【Aクラス】の冒険者だなんて夢も希望もないじゃない…」

「ねえ、何度も言うけど証拠は無いんだからね…」

「わかってるけどぉ〜」


「でも、いつか必ずシッポを掴んでやるわ…」


ルシオラが固い表情で遠くを見つめた。


「すぐに掴める気がするな、ボク…」


(マスター、気付いてます?)


メナスの【念話テレパシー】だった。


(あぁ、尾けられてるな… それも門を出てからずっと…)

(間違いなくあいつらですねー どうしましょうか?)

(動かぬ証拠を掴まなければ、いつまでも同じコトの繰り返しだろうな… このまま泳がすか)

(了解しました。 あと念のため言っときますけど、マスターのせいではないですからね?)

(…? 何のことだ?)

(あ、気付いてないなら気にしないで忘れてください)

(気になるだろ… 何だ?)

(7年前と言えば、マスターたちが失踪して一時的に王都の治安が悪くなった頃ですから… 気にしてるかなって…)

(……)


(そうか、オレのせいかも知れないのか…)


 ユリウスの精神状態に安定を取り戻したいメナスとしては、この可能性は告げるべきではないだろう。

しかし彼女はあえて告げた。

 この件でユリウスが責任を感じ外部に目的意識を向けることで、逆に精神的に安定するのではないかと計算したのだ。


 そして、ルシオラに対する心の負い目や同情… これらが恋愛感情に発展する可能性までもその計算には入っていた。


「あっ… 見えてきましたよ。 あれが今回の【試練の洞窟ダンジョン】です」


 岩山の麓にある小さな林をルシオラは指差した。

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