第20話 〜ヴェルトラウム大陸の三賢人~


 ユリウスたち冒険志願者三人とギルドの試験官ルシオラは、王都中心の目抜き通りを下って南門へ向かっていた。

 ユリウスたちが王都にやってきた北門とはちょうど正反対に位置する門だ。


 眼鏡の美人受付嬢こと、今は試験官で僧侶プリーストとしてのルシオラは、南門の衛兵にギルド職員の身分証と実技試験の証明書を提示する。

 きっと顔見知りなのだろう、くたびれた中年の衛兵は親しげに話しかけてきた。


「ほう、今回のはまた妙な取り合わせだなぁ… おっさんに年端のいかない娘ふたりか… たまたま余ったモンを組ませたにしちゃあこくじゃないか?」

「いえ、この方たちは一緒に志願していらした方たちなので…」

「へぇ〜… それじゃあどうなっても自業自得ってヤツだな…」

「きっと合格すると思いますよ… 私は」


 ルシオラがきっぱり宣言すると、衛兵は目を瞬かせた。


 南門を出ると、やはり北と同じようにザントシュタイン山脈に沿って南北に走る道が続いているようだった。


「ここから徒歩で一時間くらい歩いたところに、試験用の『洞窟ダンジョン』があります」

「へぇ〜 歩いて行けるんだね?」

「まぁ、そういう行程も試験の範囲なので」

「それ言っちゃっていいんですか?」

「構いません… 普段の行いは気を付けてたって出てしまうモノですから…」

「そう言うモノなんだぁ…」

「さぁ行きましょう! 日没前までには出来れば帰りたいですから」


 四人はルシオラを先頭に石の板で舗装された道を歩き出した。


 少し歩き出しと、なぜかすぐにメナスが立ち止まって後ろを振り返った。


「どうした、メナス? 忘れ物か?」

「……いえ また唄が……」

「唄…?」

「えぇ…」

「そりゃあ唄くらい聞こえるだろ… 大きな街なんだから」


ユリウスには全く聴こえていなかったが…


「それが… いつも山小屋で聞こえてきたあの唄にそっくりなんです…… 唄っている人も……」

「…?… そんなワケないだろ… あの小屋と王都ここは、どれだけ離れてると思ってんだ…?」

「だから… 不思議だなって……」


 その時、ふたりがついてこない事に気が付いたルシオラとフィオナが振り返った。


「なにやってんの〜 日が暮れちゃうよ〜」

「すまん、すぐ行く」


 ユリウスはメナスを促してふたりを追いかけた。 そしてすぐに唄の事は忘れてしまった。


「あのぉルシオラさん… 質問していいですか〜?」


 1分と経たずにフィオナが口を開いた。

彼女がいれば、気まずい沈黙などと言うモノとは無縁で過ごせそうだ。


「どうぞ。 答えられるコトなら」

「ルシオラさんは… どうして冒険者になったんですか〜?」

「…⁈ 私のコト? 試験についてじゃなくて⁈」


 ルシオラは驚いたようだった。


「え〜と、試験のコトは教えてくれないかと思って…」

「……」

「やっぱ、プライベートな質問とかはダメかなぁ? さっきの人たちみたいなのを見ちゃうと、冒険者のイメージが変わっちゃうって言うか〜」


 そこでまた、ルシオラの肩がぴくりと動いた。


「…… そうね… 退屈な話だけど良かったら聞いてくれる? 一時間もあれば終わると思うから…」

「うん、聞かせて聞かせて♪」


 この一見知的で清楚な女性が何故冒険者を目指し、夢破れて(?)ギルド職員になったのか…? ユリウスにも少し興味があった。


「私はね、辺境の貧乏貴族の三女として生まれたの」

「へぇ〜 やっぱり! 品があると思ってた」

「ふふふ、ありがとう」


 眼鏡の試験官は自嘲的な笑みを浮かべた。


「それでね、ふたりの姉も有力な貴族の元に嫁いで行って、いつかは私も… って漠然と思ってたんだけど…」

「ふんふん」


 すでにフィオナは我が事のように聞き入っている。


「10歳になった頃、父親に花嫁修業のために修道院に入れって言われて、これだ!って思ったのね」


「修道院で本を読んだり勉強したりして、何年かしたらそのまま僧侶になるって言えば、政略結婚の道具にされないで済むんじゃないかって…」

「へぇ〜 貴族の娘さんも農民の娘と変わらないんだねぇ…」

「え?」

「フィオナも子沢山農家で育って、口減らしに嫁に行くか出稼ぎするかって追い出されたんだよね?」


 今まで大人しく聞いていたメナスが口を開いた。


「そうなのよね〜 あげくに領主の妾になれ! そうすりゃ俺たちも楽できる! なんて父親に言われてさ〜 頭にきて家出して来ちゃったの…」

「まぁ…」


 フィオナがけらけら笑いながら言うと、ルシオラは小さな口を丸く開けて驚いた。


「ほんと… おんなじね」


 ルシオラとフィオナは、しばらくふたりで笑っていた。


「それで、それからどうして冒険者に?」


 退屈してきたのか、メナスがさりげなく先を促した。


「えぇ、実は私… 人を探しているの… ふたり… いえ、三人だったわね…」

「人を?」


 さっきまで少女のように笑っていたルシオラの表情が一瞬で険しくなった。


「私、三賢人にとても興味があってね… 少女の頃、御伽噺の白馬の王子や竜退治の騎士に憧れるみたいに【ヴェルトラウム大陸の三賢人】に憧れていたの…」


 ユリウスとメナスは思わず顔を見合わせた。


「凄いわよね、大陸の歴史を塗り替えツェントルム王国を大きく発展させた三人の大賢者さま」

「あ〜わかる! わたしには何がスゴいのかわかんないけど… あちこちでみんながスゴいスゴいって言ってたもん」


「数多ある土着の民俗信仰を寛容に受け容れるコトによって、多くの宗教戦争や弾圧を未然に防いだと言われる偉人… クラルス教の大司教でありながら自身も神学、天文学の第一人者であらせられたウィリアム・グレゴール大司教さま」


「王国の筆頭宮廷錬金術師にして【魔法遺物アーティファクト】研究の第一人者でもあるミュラー・フォン・ライヒシュタインさま。 冒険者ギルドの【適正判定機】を始め、都市のインフラに関わる功績も多く彼の手により人々の暮らしが劇的に豊かになった発明は多いわ」

「そう言えば、あれってホント? 王都には召使いみたいなゴーレム? 動く石像みたいなモンスターがいるって…」


 フィオナが興味津々の様子で質問した。


「それって普通のゴーレムじゃなくて、自分で考えるゴーレムってコト? えぇ、いるわよ。 数はそんなに多くないけど… 」

「え〜と… 普通のゴーレムもよくわかってないんだけど…」

「私も詳しくはないんだけど… 普通のゴーレムは、ただの泥人形を魔素マナを動力源に単純な命令で単純な作業をさせる【魔道具】の一種なのよね」

「道具なんだ……」

「あくまでも分類としてはそうね… 冒険者ギルドでは【モンスター】にも分類されているけど…」

「ふんふん」


 期せずして、ルシオラのゴーレム講座が始まってしまった。 ユリウスはそれに複雑な気持ちで耳を傾ける。


「更に高度な物が【自動人形オートマータ】と言って機械仕掛けの人形を魔素マナで動かす物… これは造るのも大変な分かなり複雑な命令がこなせるらしいわね…」

「機械の人形…? それもゴーレムって言うの…?」

「魔法の命令を書き込んだ『石』を頭脳に魔素マナを動力にして動くと言う基本の構造は同じだからね… ゴーレムの上位種と言うべきかも知れないけど…」


「へぇ〜… そろそろわかんなくなってきたけど… それがさっき言ってた召使いみたいなゴーレム?」

「私が言ったのは更に上位の存在ね… 命令を書き込んだ『石』の代わりに自分で考えられる『集積回路』と言う【魔道具】を使った物があるの… 【自律思考型自動人形インテリジェント・オートマータ】って言うらしいわね。 やっぱりミュラーさまの発明品なのよ」

「へぇ〜 自分で考えるゴーレムか… それって、なんか怖い気もするね…」


(その究極系が正に今ここにいるんだけどな…)


 これを聞いてメナスはどう思うのか? ユリウスは彼女の顔が見れなかった。



「そして最後が宮廷魔導師のユリウス・ハインリヒ・クラプロスさま!」


 そこで何故か、ルシオラの口調ががらりと変わった。


「平民の生まれながら卓越した才を見出され王都の魔道学園に招かれるや瞬く間に首席で卒業、若くして宮廷魔導師に迎え入れられると次々に新たな魔導の概念を書き換える発見や研究論文を発表… 三賢人の中では一般に一番功績が伝わりにくい方だけど、その若さを考えたら将来はどんな偉業を成し遂げていたか……」


 めっちゃ早口だった……


 今度は別の意味でユリウスはメナスの顔が見れなかった。


「なんかよくわかんないけど… ルシオラさんがその人のファンだって言うのはよくわかったわ…」


 流石のフィオナも若干引き気味だった…


「うふふふ… ごめんなさい。 それにね、私… 三賢人にお会いしたコトもあるのよ」

「…⁈…」


「あれは14歳の時だったわ… 運良く私、修道院に滞在されるウィリアム・グレゴール大司教さまのお世話係に選ばれたの!」

「へぇ〜 それってスゴいコトだよね」

「えぇ、私嬉しくて嬉しくて天にも昇る心地だったわ… そしたらある日大司教さまがお忍びお出かけなさるのにお供させて頂いて…」

「ふんふん」

「それで大司教さまは子供みたいに口に人差し指を当てて片目をつぶって見せたの」

「これから会う人たちのコトはナイショだよ… って」


 ユリウスの瞼にも懐かしい友人の笑顔が浮かび上がった。


「そしたらそのお屋敷の中に、錬金術師のミュラーさまと大魔導師のユリウスさまがいらっしゃって……」


 何となくむず痒くなってユリウスが隣を見ると、案の定メナスがニヤニヤとこちらを見つめていた。


「へぇ〜 人に言えない集まりってコト? って言うか仲悪いんじゃないの? 司教さまと魔術師って…?」

「それがね、本当はそれぞれ神学、錬金術、魔術の立場で対立する関係の筈なのに、ずっと楽しそうに談笑なさっていたの」

「道を極めたお三方は立場を超えて友情で結ばれているんだって…… そうだ今思えば、それを誰かに知っていて欲しくて私を連れて行ってくれたのではないかしら…?」


 そう言えば微かに記憶がある… 三人で集まる時はいつも、ウィリアムだけは人を伴ってやって来ていた。

大司教という立場上仕方ないと思っていたが、もしかしたらルシオラの言うような意味もあったのかも知れない。


「そうだったのかも知れませんね…」


ユリウスは思わず口に出していた。


「じゃあひょっとして探している人って…?」


メナスが訊ねた。


「えぇ、そう。 失踪したふたりの賢者… 錬金術師ミュラーさまと、大魔導師のユリウスさまよ」


 7年前… あの件があった後、王都は一時的に大混乱に陥ったと言う… それはそうだ。 三賢人と謳われる王国の柱が、原因も分からないままに一度に三人とも失われてしまったのだ。


 状況的に見て大司教ウィリアム・グレゴールの死因は自死で間違いない。 しかしそれすらも国教最高指導者の謎の自死という、国民の不安と混乱を引き起こす原因には充分だったし、事実そうなった。


 残ったふたりの賢者が時を同じくして失踪したのも不可解だった。

 犯人でないにしろ、何かしらこの件と関わりがあるのは間違いないと誰もが思った。

 しかし、国を挙げての捜索も虚しく二人の行方はようとして知れないまま7年の月日が流れていた。


 しばらくは不安からか街の治安も低下したが、続く異変などが無かったため次第に落ち着きを取り戻していった。


「実は今でも、ギルドの掲示板には二賢者捜索のクエストが載っているのよ… もう受ける人もいないけどね…」


 ルシオラは俯いたまま寂しそうに呟いた。

ユリウスは何も答える事が出来なかった…



 街道はいつしか石畳で舗装された道ではなく、わだちの跡が幾筋も刻まれた土の街道に変わっていた。

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