第22話 〜試練の洞窟〜


 そこは一見、行商人のコーレに教わった湧水泉とよく似た林だった。

 やはり岩山から染み出した湧水をたたえた泉があり、その周りを大きな葉の植物が覆っていた。

 その奥に【洞窟ダンジョン】の入り口があると言う。


「わぁ〜 これなら帰りに水浴びとか出来るね〜♪」


 全く懲りてないのか、フィオナが上機嫌ではしゃいでいる。


「一応その目的もあって、ギルドが管理している泉でもあるのよ」


 と思ったら意外な返答が帰ってきた。


「この周りに生えてる大きな葉の植物はハスイモの一種なんだけどね、水の浄化のためにギルドが植えているの」

「へぇ〜 そうなんですか〜」

「お陰でイモ自体は食べない方がいいけどね…」


 そのまま泉の脇を抜けて広葉樹の林を奥に進むと、岩山の麓に高さ4m、幅3mほどの横穴の入り口が現れた。


「それではこれより、実技試験を開始します。【洞窟ダンジョン】に入る前に注意点をお伝えしますね」

「は〜い、お願いしま〜す」


「先ず洞窟内では、試験官である私は最後尾につき必要最小限の会話しか参加しません」

「ふむふむ」

「しかし命に関わると判断した場合は、呪文でサポートしたり、アドバイスをしたり積極的に介入するよう取り決められています」

「そぉなんだ〜」

「みすみす若い命を失わせるコトが目的ではありませんからね…」


「ですので質問にはなるべく答えますが、あまり多いと冒険者としての適正に疑問が持たれる可能性がありますのでそのつもりで…」

「まぁ、妥当だな」


「次にこの【洞窟ダンジョン】についての説明をします。 実際のクエストでもなるべく事前調査で予備知識を集めるコトが重要な攻略法となりますので…」

「なるほど〜」


「この【洞窟ダンジョン】は、遥か昔の放棄された炭鉱が長い時間をかけて魔物の巣窟と化した物です」

「しかし王都から近く比較的狭いというコトもあり、すでに未知の領域や危険な魔物は駆逐され尽くしたとされています」

「それで実技試験用の【洞窟ダンジョン】になったんだね〜」

「そう言うコトです」


「街や街道に近いコトもあって山賊が根城にしていた時代もあったようで、その時の罠なども存在しますが、致命的なモノは全てギルドの方で作動を停止してあります」

「へぇ〜 長い歴史があるんだ… あれ? でも作動を停止していない罠もあるってコト…?」

「ご想像にお任せしますわ」


「中は基本的に縦長の一本道で多少の脇道がいくつか分岐しています。 奥までたどり着く前に何箇所か下へ降りる縦穴があり、同じような規模の【第二層】に繋がっています」

「2階建てなんだね」

「中にいるのは基本巨大な昆虫類やコウモリ、野犬、狼と言った小・中動物の類です」

「うへぇ〜 おっきな虫がいるのかぁ〜」


 フィオナが露骨に嫌な顔をする。 まぁ無理もないだろう。


「虫は生理的嫌悪感を差し引けばそれほど脅威ではありません… もちろん中にはとても危険な昆虫もいますが、ここにいるのは腐肉食いやムカデ、ミミズなどの類です」

「彼らは剣や刺突武器にはそこそこ耐性があります。 火や冷気に弱いですが光に集まる習性から松明の炎などには寄ってきますのでご注意を」

「そうそう、窓辺のランプとかに蛾が突っ込んできて勝手に死んだりするよね? あれなんでだろ…?」


 それを今説明したんだが…


「あとひとつだけ… 実はこの【洞窟ダンジョン】には【アシッド・スライム】がごく稀に出現するコトが確認されています」

「スライム!」

「ご存知の通りスライムは厄介なモンスターです。 強酸性の粘液は冒険者の装備を溶かし、獲物の身体を溶かして捕食します」

「それは会いたくないなぁ…」

「スライムに遭遇した場合は、この【巻物スクロール】を唱える事が許可されています。 この【巻物スクロール】には【強酸耐性レジスト・アシッド】の呪文が封じられています」


巻物スクロール】とは呪文が封じ込まれた魔法のアイテムである。 使用すると誰でもその呪文が唱えられるが、一度使うと消滅してしまう。


「へぇ〜 至れり尽くせりだね〜」

「でもこの呪文、身体には効きますが装備しているモノには効果が出ないんです…」

「あらら〜」

「ですので、スライムに遭遇した際は撤退を含め慎重な判断をお願いいたします」


「それでは最後にひとつだけ… この試験に達成目標はありません。 自由に行動してみなさんの可能性を感じさせて下さい。 それでは出発しましょう!」

「はぁ〜い!」


(どうだ、メナス?)


ユリウスが【念話テレパシー】で問いかける。


(いますね… ヤツら、いま泉の茂みに隠れてこちらの様子を伺っています… それと待ち伏せかな?【洞窟ダンジョン】の中にも一人いるみたいだ…)

(そうか… 挟み討ちにする気か…?)

(マスター、念のため確認なんですが…)

(分かってる、なるべく殺すな。 奴らには法の裁きを受けさせるべきだ… 彼女のためにも)

(それじゃあ、この試験でも?)

(あぁ、あの判定結果ででた数値を上回らないよう出力にリミッターをかけろ。 出来るな?)

(もちろんカンタンですが…)


 四人は【洞窟ダンジョン】の入り口に立った。 ひんやりとした冷気を感じる。

 それにカビ臭い匂いと湿気。 獣臭や死臭の類は今のところ感じない。


 まず先頭に盗賊シーフのユリウスが立って中の様子を伺う。


「本当は有毒ガスとかを警戒すべきなんですよね…?」

「もう数百年そう言った報告はないですから、今回はいいでしょう」


 ルシオラが答えた。

洞窟内に明かりは無い。 炭鉱時代の数百年前の燭台なんかとっくに機能していない。


 こんな時は松明かランタンか悩むところだが、どうせ昆虫を引き寄せるなら落としてもいい松明にするか。


 昨日、市場で仕入れた松明に火を点けるとそれを左手に持つ。


「あ〜 緊張してきた〜」

「ここから先は、必要最低限の会話しかしないコト」

「りょ〜かい」

「同じく」


最後尾のルシオラも黙って頷いた。


 ユリウスを先頭に三人とひとりは、冒険者として最初の【洞窟ダンジョン】に第一歩を踏み入れた。

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