第7話 〜少女と襲撃者~


 一同はひとまず馬車を街道の脇に止めて、手頃な場所で焚き火を囲む事にした。


 こんな時間にこんな少女が一人で出歩いているのはいかにも怪しいが、消えた馬車も気になるし一度状況を整理する必要があった。

 もしこれが何かの罠なら敵の思うツボのように思えるが、この人の良さそうな商人はこの少女を無視して進む事は出来なかった。


 商人のコーレとその妻、それにユリウスとメナスは少女の対面に焚き火を囲んで腰を下ろした。

 使用人たちはそれぞれ周囲の警戒をしつつ馬と馬車の点検をするよう命じられていた。


「あれ、あなたメナスちゃんじゃない?」


 少女はユリウスの陰に隠れるように座っていたメナスの姿を見つけると、ぱっと花のように微笑んだ。


 彼女もシュテッペ村の農民の娘だと言う。

そう言われてみればメナスも商人のコーレも見覚えがあるような気がしたが、名前まで知っているような間柄ではなかった。


 翠色の印象的な瞳に小麦色に焼けた肌。

真っ赤な髪を頭の後ろでポニーテールに結わいていた。

 垢抜けていないあどけない顔立ちは、それでいてそこそこ整っていて化粧をすればかなり化けるかも知れない。


 一見小柄だががっしりとした筋肉質の身体つきをしていて、彼女が毎日朝から晩まで畑仕事をしてきた農家の娘である事を物語っていた。


「わたしフィオナって言います。 実は今月で14歳になっちゃうんですが… ウチってとにかく子沢山で、14になったら出稼ぎに行くかどこかに嫁に行けって親に言われてて…」


 そんな話を快活な感じで屈託なく話す。

眩しいほど健康的な明るい少女だった。


「それが何で… こんな所をこんな時間に独りっきりで…?」

「えへへ〜 実はコーレさんの馬車を先回りして待ち伏せしてたんです」

「なんだって⁉︎」


意外な答えに中年の商人が目を瞬かせる。


「実はわたし、王都で冒険者になろうと思って… 親に話したら猛反対されて、だからこっそり家出して来たんです!」


 少女は胸を張って、まるでそれ自体が冒険譚かのように得意げだ。


「森の手前だと連れ戻されちゃうかも知れないけど、森を抜けたらさすがに探しに来ないかなって…」

「冒険者⁈ そりゃまた、はぁ… 奇遇な…」

「実はこの方も冒険者になりたいから王都へいらっしゃると…」

「あ、言ったら不味かったですかな?」

「いや… そうですねぇ… ははは」


急に話を振られてユリウスは面食らった。


「そうなんですかっ! それじゃあ一緒に行きましょうよ!」


 少女が無邪気に表情を輝かせる。

その笑顔にはとても裏表があるようには見えなかった。

 それがユリウスにはとても眩しかった。


「ところで… フィオナさん、私たちの前に馬車が一台通らなかったかね?」

「あぁ通りましたね〜 コーレさんの馬車かと思ってランタンを振ったんだけど無視されちゃいました」

「そうか…  それじゃ仕方ない」


(マスター、マスター… 気付いてますか?)


 その時メナスが【念話テレパシー】の呪文でユリウスの心に直接話しかけて来た。


念話テレパシー】は中級の『魔法使い系』呪文でそれほど珍しい物でもないが、双方向会話をするにはお互いが術を使えなければならないので一般にはそんなに知られていない。


(いや、どうしたんだ?)


表情を変えないよう注意しつつ念話で答える。


(さっきからボク、聴覚を強化して警戒してたんですが… この街道を挟んだ向かい側の丘の上… 100mくらい離れた所で人の話し声がします)

(どう言う事だ…?)

(それがどうやらくだんの冒険者たちみたいで… この馬車を襲撃する相談をしているみたいです)

(そうか、そんなこったろうと思ったよ… でかしたぞ)


 しかしそれならば何故、一回わざわざ商人の馬車をくような面倒をするのか…


(そうか、冒険者ギルドから正式な依頼を受けているから堂々と襲う事はしたくないんだ… あくまでしくじっても言い訳出来るようにしておきたいのか…)

(どうしましょう、マスター?)

(オレの我儘わがままにこの人たちを巻き込むのは忍びないな… 任せていいか?)


 ユリウスは魔法の力を一切使わず冒険者になりたいのだった。


(もちろんです、マスター)


そう言うとメナスは静かに立ち上がった。


「どうしたの、メナスちゃん?」


商人の妻が問いかける。


「ボク… ちょっと… おしっこ」

「大丈夫? 私も着いて行きましょうか?」

「だいじょうぶです。 もう子供じゃないから」


 そう言うとメナスは街道を渡り茂みの陰に姿を消した。


「私としては、キミをシュテッペ村まで送り届けたい所なんだがねぇ…」


コーレが心配そうに顎をさすった。


「でもわたし、もう14歳になりますから…  自分の将来は自分で決める権利があるでしょ?」

「それは… その通りなんだが、親御さんの心情を考えるとねぇ…」

「だって嫁の貰い手がないなら領主の妾になれ! そしたら俺たちも楽できる… なんて言う親なんですよ⁈」


「わたしもう情けないやらなんやらで頭にきちゃって…」

「それは… まぁ、何とも…」


 これには商人も、ぐうの音もなかった。


「ところであなた… 噂のメナスちゃんのお兄さんよね? それじゃあやっと元気になったのね…? 良かった! そう言えばあなた何歳?」


 思い出したかのように少女は矢継ぎ早に質問を投げかけてきた。

またひと通り同じ説明をするのかと、ユリウスは天を仰いだ。


(マスター、聞こえますか? いま馬車の背後に回り込みました。 どうしましょうか?)

(奴らは… どんな様子だ?)

(そうですねぇ… 割と意見がまとまってない感じですね… 売り上げが集まってから王都への帰りに襲うつもりだったらしいんですが、買い付けと卸しを細かく繰り返していてそんなに現金がないのに気が付いてるみたいで…)

(ははは… 当てが外れたってワケか)

(このまま素知らぬ顔で合流しようかって意見も出てますね…)

(そうか… ホントしょうもない連中だな)


 これが夢にまで見た冒険者の姿かと思うと先が思いやられる気がしないでもない。

同時に目の前で冒険者への熱意を熱く語っている少女がひたすらに眩しかった。


(あ、ダメです… フィオナさんの事を話してますね… 目撃者とか… 楽しんでから売り飛ばすとか…)


 それを聞いた瞬間、ユリウスは目の前の少女が男たちの理不尽な暴力に曝される姿を想像して強い怒りがこみ上げて来た。


(よし、メナス… そいつらを無力化しろ! ただし殺すなよ)

(了解しました、マスター)


 決してそいつらを庇ったのではない。

ただ、少女の姿をしたメナスに人殺しなどさせたくなかったのだ。

自分たち三人の大切な娘であるこの少女に。


「なぁ、リーダーもうやっちまおうぜ」


 ナイフを手で弄びながら痩せ型の皮鎧の男が呟いた。


「焦るな… 顔を見られて万が一逃げられでもしたら冒険者ギルドから追放されてオレたちがお尋ね者だ…」


 リーダーと呼ばれたのは禿頭とくとうの大男で巨大な両手剣を背中に背負っていた。


「商人夫婦と使用人はみんな殺すのか? シュテッペ村で拾ったおっさんとガキはどうする…?」


 クロスボウを手にしたローブ姿の男が質問した。 矢尻の先に塗る毒薬の壺を片手に用意していた。


「おっさんはもちろんバラすだろ…  あのガキは中々の上モンだったぜ… 何年かすりゃあエラいべっぴんになる…」


 最後の男は長弓ロングボウを片手に携えている。


「まぁそうだな… 若い女ふたりは生かして捕獲だな… 後ははぐれた後にモンスターに襲われた事にして… 馬車は徹底的に破壊しておくか…」


 禿頭の男が舌なめずりをした瞬間だった。

男たちの背後で気配が動いた。


 まず突然前触れもなく一番後ろにいた長弓の男が倒れた。

 その音に禿頭の男が振り返るとクロスボウの男が丁度膝から崩れ落ちて、その背後に小さな黒い人影を認めた。

 彼らは明かりを消していたのでその姿は黒塗りのまま全く判別出来ない。


 草原の丘の傾斜を小さな毒壺が音もなく転がって行く…


 痩せ型の男は一瞬で投げナイフを両手に10本構え、その空間に向かって全てを扇状に投擲とうてきした。

 咄嗟とっさにしては悪くない判断だ。

それなりに場数を踏んだ冒険者なのかも知れない。

 しかし次の瞬間わき腹に強い衝撃を感じて意識が消し飛んだ。


 禿頭の男はやっと小柄な人影を視認した。


「ゴ… ゴブリン…? いや、暗殺者アサシン…か?」


 次の刹那、男はみぞおちに鈍い痛みを覚えその意識と共にうつ伏せに崩れ落ちた。


 自分が誰に何をされたのか、相手の姿もその稲妻のような正拳突きも全くなにも見えないままだった。


「誰がゴブリンだよ、失礼しちゃうなー」


 チタニウム・ゴーレムの可憐な乙女は、地に伏した男たちを無表情に見下ろした。



 転がり続ける小さな毒壺が石に当たり、チンと涼しげな音を鳴らした。

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