第6話 〜ヒマワリのような少女~


 山の端に陽が沈みかけた頃にようやく商人の馬車はやって来た。

 村で唯一の商店に荷下ろしをし、野菜や牛乳などの仕入れを終えた頃には辺りはすっかり黄昏に包まれていた。

 この集落には宿屋の類はないので、そのまま王都に向かって出立するつもりらしい。


 ユリウスたちにとってもそれは好都合だった。


 馬車は四頭立ての大きな荷馬車と二頭立ての二台編成で、商人夫婦と使用人が二人、それから護衛の雇われ冒険者4人組がそれぞれに乗り込んであるようだった。


 商人の名はコーレ・ディアマントと言う。

恰幅かっぷくの良い、人の良さそうな中年男性だった。

店舗を持っていない卸専門の業者で、王都や他の都市に野菜や乳製品などを卸し、農村部へは街の生活必需品などを運んでくるという業務形態でツェントルム王国領全域に渡り円環のような交易ルートを確立しているらしい。


 もちろんそう言う商人は複数いて、シュテッペ村に訪れる商人も彼一人ではないらしい。


 ユリウスは、その人の良さそうな商人に王都まで乗せて行って貰えないか交渉を試みた。

 最初こそ難色を示されたものの、メナスの姿を見せてからは奥さんが同情してくれるようになり、結局大銀貨2枚で話がまとまった。


 ふたりは商人たちの乗る四頭立ての馬車に同乗させて貰う事になった。

 商材の荷台を兼ねているので大きさの割には狭かったが、それでも四人で座るには充分なスペースがある。


 二人の使用人は御者席に座り、夜通し交代で馬車を走らせるらしい。


 いつ眠っているのか疑問に思い尋ねると、御者たちは基本的に交代で座ったまま眠るのだが、宿に泊まれない時は夜営は危険なので日中に馬車を停めて仮眠をとる事にしているそうだ。


 四人の冒険者たちはもう一台の馬車に乗っているため、軽く紹介をされただけでほとんど接触はなかった。


 男性四人組で、護衛という仕事柄警戒しているためか、あまり友好的な印象ではなかった。


 確かに護衛すべき雇い主の馬車に何処の馬の骨とも知れぬ輩が乗り込んできたら、それは気が気ではないだろう。


 馬車が出発して小一時間ほど経ったろうか。

すっかり陽の落ちた草原の一本道を二台の馬車が連れ立って駆けていく。


「ほう、あなた方が噂の…」

「聞いていますよ、あの険しい岩山のどこかに山小屋で療養している人がいて、その世話をしているらしい幼い妹さんが、たまに山から降りてくると…」

「それがあなた方でしたか…」

「はぁ、お恥ずかしい」


「ではご病気は回復なさったんですかな?」

「お陰様で…」

「それは良かったですねえ…」


 これまた人の良さそうな商人の妻が穏やかに眼を細める。


 ひとつ嘘をつくと、またひとつ嘘をつかなくてはならない…

ユリウスは、まるで針のむしろに座らされているような居心地の悪さを感じた。


 メナスはと言うと、これが商人の妻にいたく気に入られたようで絶え間なく他愛のない質問責めにあっていた。

 あまり愛想良くなく受け答えをしている様子を見て、ユリウスは気が気ではない。


「旦那さま、これから森に入ります。 カーブも多く揺れますのでしばらくご注意を」

「わかった。 くれぐれも気を付けてくれ」


御者席から使用人の男が声をかけてきた。


「それで、王都にはどういったご用件で?」


 ユリウスは躊躇った。

ここは正直に話したものか、また嘘をつくべきなのか…


「じ、実は… 冒険者になろうかと」

「ほぉ〜 それはそれは」


 人の良さそうな商人が、いかにも意外そうに目を丸くした。


「実は子供の頃からの夢だったんですが… この度なんとか病から回復出来ましたので…」


 もう既に嘘を重ねている気がしないでもない。


「なるほどそうだったのですか… 失礼ですがその… ご年齢は?」

「29歳になります…」

「そうですか〜」


 実際の年齢はともかく肉体年齢は魔力操作の賜物で 20代半ばでも通る筈のユリウスだ。 これは流石に疑われはしないだろう。


「それは夢のある話ですが… さて、あなたは武術か何かの心得がおありなのですかな?」

「いえ… ですが冒険者ギルドでは職業の適正を検査してくれるそうですし…」

「そう聞いておりますな…」


 この商人は決してユリウスを馬鹿にしているのではなく、心から心配しているのが伝わってきた。 だからユリウスも、なるべく誠意を持って答えようと思ったのかも知れない。


「そうだ! そういう事なら護衛に雇っている冒険者たちに相談なさってみては! 今度休憩する時に聞いてみましょう」

「いや、それは…」


 その時、御者席から使用人が声をかけてきた。


「旦那さま、ちょっとよろしいですか?」

「どうした、何か問題か?」


「それが… 今森を抜けたのですが、先を走っていた筈の冒険者たちの馬車が見当たりません」

「なんだと… どう言う事だね?」

「分かりません、我々が遅れたのに気付いていないのか… 遅れたとも思えないのですが… 」

「そうか… この先は見晴らしのいい一本道だ。 気が付いたら待っていてくれるだろう」

「そうですね… 注意して見てみます」

「よろしく頼む」


 ユリウスは妙な胸騒ぎを感じた。


「いつも冒険者を護衛に雇っているのですか?」

「いや、必ずしもそうではないんだが… 最近物騒な噂が流れていましてな…」

「物騒な噂… ですか?」

「えぇ… ご存知のようにもともとツェントルム王国領は、ヴェルトラウム大陸最大且つ最も治安のいいエリアなのですが… 最近辺境を中心に魔物が増加あるいは凶悪化していると言う話があるんですよ」

「それは初耳ですね」


 ユリウスは隣に大人しく座っていたメナスの顔を伺う。

少女は黙って首を振った。


 ちょうどその時だった。 御者席から掛け声が聞こえ馬車が急停止をしたのだ。

暗い夜道に馬のいななき声が響く。

突然の事に荷台席の四人も体制を崩してしまった。


「どうしたっ… 何事だ⁈」


 御者席の男が荷台の小窓を開いて顔を見せた。


「旦那さま… それが、道の真ん中に明かりを持った女が…」

「なんだそれは? 強盗か⁈」


 その時若い女の声が響いた。


「すみませ〜ん、怪しい者じゃありませ〜ん」


 ユリウスと商人のコーレは馬車の窓から顔を出して正面を見据えた。

 その時、チタニウム・ゴーレムの乙女は静かに臨戦態勢に入る。


 道の真ん中でランタンの明かりを大きく回すように掲げているのは、大きな荷物を抱えた10代半ばくらいの少女だった。


「わたしを〜 王都まで乗せて行ってくれませんか〜?」


 少女は白い歯を見せて無邪気に微笑んだ。


 それはまるで… 真夏のどこまでも透き通る青い空、そこに浮かんだ入道雲や、麦わら帽子を連想させる… 大輪のヒマワリのような笑顔だった。

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