第5話 〜草原と子供たち~
ユリウスは、山の麓の岩場に囲まれた人目につかない場所を選んで【
【
面倒ごとを避けるためにも目撃者はないに越した事はない。
「ね、ボクの言った通りでしょ? 魔法なしのマスターには徒歩で下山なんて到底無理だって…」
「いいや言ってない! お前はそんなコト一言も言わなかった!」
「そりゃあ… 多少は… オブラートに包みましたけどね」
「それはどうも!」
ここからはなだらかな草原の丘陵地帯が続く。 少し歩くと遠くに麓の村の田園風景と小さな屋根が見えてきた。
30分も歩けばそこにたどり着くだろう。
7年振りに外出した事になるユリウスは既に少し息があがってきていた。
「運動不足とかそう言う問題じゃないですよね…」
少し先を行くメナスが振り返りもせずに呟く。
「いや控え目に見ても運動不足だろ…」
「魔法あってのマスターなんですから… そもそも身体を使って何かしたコトとかあるんです…?」
「ぐっ… ぬうぅぅぅ…」
エラい言われようである。
そう言われてみれば子供の頃に山を駆けずり回っていた頃から後は、とくに身体を使って何かしたと言う記憶は無かった。
非凡な魔力の才を見出されてからは王都の魔法学院に特待生として招かれ、以来ずっと勉学と研究の人生だった。
魔法使いとして冒険者となる道も考えないではなかったが、奨学金を全額免除された手前、冒険者になりたいから辞めるとは言い辛かったし、正直研究が楽しくてどうでも良くなっていたと言うのが本音だった。
シュテッペ村は主に農耕と牧畜で生計を立てている農村だ。
ツェントルム王国領の最北端に位置する村落の一つだが高い岩山に囲まれた盆地にあるため気候は比較的穏やかで、一年中何かしらの作物が収穫出来た。
「あらメナスちゃん、また来たのかい?」
「こんにちわー」
最初に見かけた村人は畑仕事をしていた老婆だった。
「あら、その人… ひょっとして…」
「はい、ボクの
(お兄ちゃん⁈)
「そうかい… 元気になったんだねぇ… 良かった、良かったねぇ…」
「はい、おばあちゃんのお野菜と牛乳のおかげです」
「うんうん…」
「おい、ちょっと待て… なんだお兄ちゃんて…?」
「マスターとボクの設定ですよ…」
「年齢差を考えれば親子なんでしょうけど、もともとボクもマスターも年齢と見た目が合ってませんしねぇ…」
「マスターは病気療養で山小屋に臥せっているボクの兄という事にさせて頂きました」
「了解を得ようにも、マスターあんなでしたし…」
「ぐ… それは、まぁ… 仕方ない…」
(しかし… これからは少し細かく決めておく必要があるかも知れないな…)
こんなやり取りを何度か繰り返していると、この集落唯一の商店に着いた。
「マスター、お野菜とか牛乳とかは農家さん個人に直接お分けして貰ってますけど、日用品とかはここで調達してたんですよ」
「分かったけど… そろそろそのマスターってのもやめとけ… 誰が聞いてるか分からん」
「んー じゃあ、お兄ちゃん♪」
「お兄ちゃんもやめ──」
「いらっしゃい、メナスちゃん! おや… その人…?」
「はい、ボクのお兄ちゃんです♪」
「おぉアンタがうわさの…!」
「はぁ、どうも」
(ぐぬうぅぅ…)
商店で保存食や生活必需品を少し補充しようと見繕っていると、噂を聞き付けたのか村人たちがわらわらと集まって来た。
どうやらメナスの事は村人たちみんな気にかけていたらしい。
岩山の小屋に住んでいる世捨て人と、その世話をしている10歳くらいの美少女。
冷静に考えてみれば娯楽の少ない彼らの格好の噂の的になるに決まってるが、そもそもユリウスは心身を喪失していたのでそんな事になっているとは知る由もなかった。
丁度その日は週に一度の商人の馬車が巡回してくる日だったらしい。
(メナスはどうやら知っていたようだ)
このまま商店に居座っていても申し訳ないので、村の外れで景色でも見ながらのんびり待っている事にする。
草原では牛や山羊などが放牧されていて呑気に草を食んでいた。
この辺りは辺境の農村にしては比較的余裕があるように見えるが実際のところは分からない。
日々研究に没頭していたユリウスは、政治や世相にはとんと疎かったのだ。
手頃な柵にもたれかかって景色を眺めていると何やら遊んでいる子供達が目に入った。
あれがメナスの言っていた少年たちだろうか…?
そんな事を考えていると、少年たちがメナスに気付いたのか近寄って来た。
「そんな荷物かついで、どっか行くのか?」
10歳くらいだろうか? 木の棒を持った男の子がメナスに話しかける。
「うん、お兄ちゃんと旅に行くの… しばらく帰ってこないかも」
「そっか… 行っちゃうのか」
少年の表情が曇る。
ユリウスにも思い当たる節があった。
この少年は、きっとメナスに恋をしていたのだ。
「いつかまた帰ってくるよ」
「ほんとうか?」
ユリウスの声に少年が顔を上げる。
「そう言えば君には… 君たちにはお礼をしなきゃいけないな、何か欲しいものはあるかい?」
「なんのこと…?」
「うん… 今までこの子が世話になったお礼さ」
メナスも顔を上げてユリウスを見る。
思えば彼らがいなければ、今でもユリウスは闇の底に沈んだままだったかも知れない。
「そんなコトをいわれてもなぁ…」
少年が口ごもる。
「わたしアメがほしいな! おじさんアメもってない?」
後ろの方に隠れていた一番年少らしい女の子が叫んだ。
「あるよ、ほら」
ユリウスは鞄から商店で買った飴玉を取り出し三つほど手渡した。 旅をしながら手軽に糖分を取れるので少し多めに買い込んでおいたのだ。
「わーいありがとう!」
うらやましそうに覗き込む子供たちに、やはり三つずつ飴玉を渡してやる。
「オレはいいよ」
木の棒を持った少年は飴玉を受け取らなかった。 たぶんメナスや他の子供たちの前で大人ぶりたかったのかも知れない。
「うーん、それじゃあ…」
ユリウスはメナスを側に呼ぶと、こっそり耳打ちをした。
「いいんですか?」
「あぁ、いいよ」
何事だろうと子供たちも注目する。
その時ユリウスには、鞄の中に膨大な量の
少女がゆっくりと鞄から手を出すと、そこには木彫りの剣が握られていた。
「すげえ…」
少年の目がキラキラと輝く。
長さは30cmくらいだが、まるで騎士物語の勇者が持っているかのような精巧な彫刻の施された模造剣だった。
それをメナスが少年に差し出す。
「これあげる」
「いいの? ほんとうに?」
見上げる少年に、ユリウスは頷いて見せる。
「やったー!」
「わぁ… いいなぁ〜…」
少年は剣を手に走り出し子供たちがそれに続く。 少し離れたところで少年は思い出したように立ち止まり、振り返って叫んだ。
「ありがとうー また帰ってこいよー!」
子供たちも振り返り、ぶんぶん手を振ってくる。
メナスは面食らっているようだったが、少し戸惑ってから控え目に手を振り返した。
「あの剣… 【賢者の石】の力で練成したなんて言っても誰も信じないだろうな…」
ユリウスは、まるで悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。
「よかったんですか? マス… お兄ちゃん」
「あぁ、あの子達はオレの恩人だからな…」
メナスの黒い瞳が、ふいに理解の色を映した。
そして走り去る少年たちの後ろ姿を見送りながら、穏やかな表情で呟いた。
「そうですね…」
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