3日目 ~ながれるじかん~①





 花の命は短い。



 和の心である桜ですら二週間ほどで散ってしまうし、小学校で必ず育てるだろうアサガオに至っては、朝に花を咲かせたと思えば夕方にはしょんぼりしてしまう。正味一日未満だ。


 なぜ花の命は、そこまで短いのか?


 生まれてこの方、毎日のように花を見続けてきた俺でも、その答えを発見することは未だ出来ていない。


 しかし一つ、分かったことがある。


 それは花が咲いている短い期間こそが、その植物にとって最も輝いている時間だということだ。


 種の状態でジッと冬に耐え抜き、葉っぱでせっせと光合成して自分を成長させ、そして最後の最後でガツンと花を咲かせる。


 それまでの人生……というか植物生を全て凝縮しているものこそが、パッと開いた花なのだ。綺麗なのも当然だろう。


 そうなると、花屋の仕事がいかに責任重大なものか理解できると思う。まさにアイドルを育てるようなもので、しかもゲームのようにリセットもセーブもロードも出来ない。


 要するに花を育てるというのは、いつだって真剣勝負、ハラキリ覚悟なのだ。

 まあ、さすがに切腹は言い過ぎだが。


 とにかくそんな訳で、俺は朝から妙にハイテンションだった。






     ※





「これより、フラワーショップ『ルンランリンレン』の威信をかけ、花畑の造成を開始する! 心して当たるように!」

「あの、店長? なんかキャラがおかしくなってませんか?」

「……言うな。自分でも自覚あるから」


 未だかつて無い大事業に、どうやら俺自身かなり浮かれまくっているらしい。あまりキャラとずれたことをすると関係各所からクレームが来そうなので、この辺りで自粛する。


 那乃夏島で迎える三日目。


 相も変わらず夏男のごとき濃い笑顔の太陽の下、俺たちは朝っぱらから店の裏手で準備にいそしんでいた。スコップ、備中ぐわ、如雨露やバケツ、さらに麦茶の入った水筒などを並べ立てる。


「でも店長、これだけの道具、どうやって運ぶんですか?」

「安心しろ、秘策がある」


 衣留を引き連れて店の裏手に回り、錆の浮いた車庫のシャッターをエイヤッ! と開けた。ホコリが舞い上がり思わず咳き込むが、そんなことは気にしない。


 車庫の中にあったそれを見て、衣留は目を輝かせた。


「トラクターですか?」


 うむ、そのとおり。


 車庫の中でぐーすかと冬眠していたのは、年季の入った小型のトラクターだった。数年前に農家のオッチャンから廃車寸前のものを、父さんが安く買い取ったのだ。トラクターのおしりの部分には耕耘用のローター――グルグル回って地面を耕すナイスなヤツ――があり、さらに後ろには牽引型のリアカーが小ガモのようにくっついていた。


「これで運ぶんですか?」

「ああ。たまにでかい植木とか腐葉土とかを運ぶのに使ってたんだ。スピードは亀レベルだが、パワーはあるぞ」


 トラクターの運転席に乗り込み、俺はキーを回した。ギュショショショショ、とセルモーターがエンジンを叩き起こそうと奮闘する。


八回目のトライで、ついに冬眠から目を覚ましたエンジンが、「おいおい、もう夏かよ! 寝過ごしちまったぜ!」と雄叫びを上げた。


 トラクターを店の前まで移動させ、一旦停止。リアカーに荷物と衣留を積み込み、俺は再び運転席に舞い戻った。


「落っこちるなよ、衣留」

「大丈夫です。これでも昔、三輪車で暴走行為していたことがありましたから。落ちるなんて有り得ないです」

「よくわからんが、あんまり迷惑行為するなよ」

「ラジャーです」


 そう言いつつ、トラクターが動き出すなり衣留はウキウキと歌い始めた。チョイスされた歌はドナドナ。


 確かに騒音だったと言っておく。





     ※





 トラクターでだらだらと公道を走った俺たちは、スクーターの倍の時間をかけて星見山のてっぺんに到着した。


 昨日とうってかわり、星見山の頂上は見事に晴れ渡っていた。霧の一握りすらなく、頂上からは那乃夏島の景色がぐるりと一望できた。登ってきた道のりと標高とがいまいち一致していない気がしたが、その辺はスルーするー。入道雲の合間に隠れたピンク色のクジラがこちらをチラチラ見ているような気がしたが、そちらも心の中から追いやった。


「ほらほら、あれ見てください。水平線ですよ」


 荷台から飛び降りた衣留が、彼方を指さす。

 キラキラと輝く海の向こうには、衣留の言うとおり水平線が見えた。


 なぜかまっすぐにしかみえない水平線が。


 はて? 確か水平線って、ちょっと丸くなってるはずじゃなかったか?


「え、でも、店長。平らじゃなかったら、海の水が横の方に流れてっちゃわないですか?」

「それもそうか」


 改めてここが別世界であることを思い出す。

 那乃夏島。

 優しい神さまの創った7日で終わる世界。


 そう考えると、やはり不思議に思えてくる。


 別に不思議というのは、アンドロイド型天使のオネーサンや、セリフを噛む女神さまや、時間を教えてくれる三毛猫の存在のことではない。


 不思議なのは、あと五日で世界が終わってしまうというのに、この那乃夏島に流れる空気があまりにも穏やかなことだった。


 一日一日が、まるで砂浜に作られた砂のお城が波によってさらわれてゆくかのように、じっくりゆっくりと過ぎ去ってゆく。終焉にむかって。そして終わった後は、きっと何も残らない。文字通り枯れ果て、終わる。


 だというのに、那乃夏島の日々はどこまでものんびりとしていて、そしてひどく優しい。


 優しさが目にしみて、思わず涙が出そうなくらいに。


「それが……当然……」


 ふと響くちんまりとした声。

 いつの間にか俺たちのすぐ横に立っていたミズミカミさまが、まるで母親のような穏やかな声でおっしゃった。


「だって……ここは優しい神さまの創った……七日で終わる優しい世界だから……」


 ミズミカミさまの言葉が、俺のハートに水分とミネラル分を補給してくれる。なにが『だって』なのかは正直よく分からなかったが、ミズミカミさまの言葉には満ちあふれる説得力があった。さすがはとても偉い女神さまといったところだろうか。


 まあ、それはそうとしてだ。


「あの、ミズミカミさま……一つお聞きしてもよろしいですか?」

「なに?」

「なんで体操服なんだ?」


 ミズミカミさまの格好はなぜか体操服だった。

 さらにいつの間にやら、衣留の格好も体操服になっていた。


「そもそもどこから出てきたんだ、お前の体操服なんて?」

「え、だってミズミカミさまが貸してくれるっていうから」


 当然とばかりに答える体操服娘。

 俺はこめかみをポリポリと掻きながら、


「あの、ミズミカミさま?」

「だって……汚れるといけないから……」


 実にわかりやすい理由、ありがとうございます。


「貴方の分も用意してあるけど……着る?」

「気持ちだけ受けとっとく」


 ちなみに俺はジャージのハーフパンツにTシャツ、そして頭にタオルを巻いただけという、なんのアピールポイントもない服装だと言っておく。


「それで……お花は?」


 キョロキョロと辺りを見渡すミズミカミさま。

 湖の畔に立つ小さな祠――ミズミカミさまを祀ったものらしい――の脇に停車したトラクターの荷車には、花の苗などは特にない。


「お花……まだ無いの?」

「今日は土作りだからな」


 花の苗が届くのは明日だ。


「店長、それで土作りってどうやるんですか?」

「トラクターでめぼしい場所を一旦耕して、その後、固形肥料と腐葉土を蒔くってとこだな」


 昨夜、業者さんにお願いして、ここまで肥料と腐葉土を運んで貰う手はずになっている。昼過ぎに来るはずなので、午前中の内に一通り耕しておかねば。


「はいはい、店長、私耕すのやってみたいです」

「くわでか?」

「もう、何言ってるんですか」


 衣留は額をペシリと叩くと、


「大は小を兼ねるって言うじゃないですか」

「要するにトラクターを運転してみたいと?」

「ザッツライトです」


 衣留は勢いよく首を縦に振る。

 さて、どうしたものかと俺は考える。


 公道を走る際には普通免許が必要となるトラクターであるが、私有地――ちなみにこの星見山はまるまるミズミカミさまの私有地らしい――で走らせる分には、無免許でも問題はなかった。トラクターならスピードも出ないし、まあ、やらせてみても大丈夫だろう。衣留の身長だとアクセルに足が届かない可能性があるが、幸いにも車と違い、トラクターには手で操作するアクセルも付いている。こういう至れり尽くせりなところはトラクターのすばらしい部分だ。


 ゴーサインがもらえて飛び跳ねる衣留を横目に、俺は連結されていたリアカーをトラクターからはずした。次いで動力を伝えるシャフトがローターにきちんと繋がっているが確認する。


 そこで俺のシャツの裾を、クイクイとミズミカミさまが引っ張った。


「その……」


 ミズミカミさまは恥ずかしそうにしながら、


「わたしもやってみたいかも……運転……」

「まあ、それは良いんだが」




 ハンドルに手、届きますか?







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