第18話 一日の終わり
輝いていた日の光は地平線へと半分飲み込まれ、空はすっかり赤く染まっていた。
あちこちからは鳥の鳴き声が響いては、それらが森の中へと消えてゆく。
「よぉし、今日はこのくらいでいいだろう。」
カルボのその声に魔王の手が止まる。
ザクッとその手に持った鍬が土に突き立てられる。
その肩は僅かに上下しており、額からは汗が玉を作っていた。
「どうだ。疲れたか?」
彼がその鍬を引き抜き肩へ掛ける。
その言葉に彼女は鼻をフン、と鳴らして額の汗を手で拭い、
「もう終わりなのか?」
と顎に指を添える。
「ああ、終わりだ。これは暗くなるまでの勝負だからな。」
もう終わりだ、と彼が大声を出して離れた位置で作業をしていたグランへと呼びかける。
彼が村長の元へと小走りで走り寄る。
「久しぶりの畑はどうだ?」
白いひげを蓄えた彼が目を細めて口角を僅かに上げ顎を擦る。
「帰ってきたな、って感じです・・・・・・。」
潤んだ目で微笑む彼は土に塗れて汚れた手で頬を擦る。
その頬にそれが付き黒く汚れる。
その言葉にそうか、と彼が満足げに頷く。
「明日からはお前もヴァルドもしっかり働いてもらうからな。」
覚悟しろよ、と二人の顔を見る。
あれよりもキツくなるのだろうか、と魔王が額から流れ出る汗の存在にようやく気が付き人差し指で擦る。
手に付いた土と混ざり合い黒い水滴が生成される。
それの癖のある強い臭いに思わずその顔がくしゃりと歪む。
彼女が臆病者の彼の方に目をやると、その視線に彼がビクりと体を硬直させる。
だが、彼女ほどの疲労を感じさせずさほど汗も掻いていないその額。
たかが人間に負けてはられない。
あの頃の故郷を取り戻す為、このような所では。
彼女の内に沸々と対抗の炎が燃え広がってゆく。
彼はそんな彼女の考えなど露知らず、突然顔が険しくなったその顔に再び体を硬直させた。
「グラーン!そんちょー!」
「ヴァルド様ー!」
その時、遠くから二人の少女の姿が近づいてくる。
夕日に照らされたその姿は全身隈なく水に濡れており、歩いた後の地面に足跡と水滴とを作っていた。
赤い光が濡れた布を照らし、それの下にピッタリと張り付いた肩や足をグランの目に焼き付ける。
「お、おい!何してきたんだ!?」
夕日などでは誤魔化しが利かない程に頬を赤く熱し、彼が目を丸くする。
「あ、えっと・・・・・・久しぶりに泉に行ったら
「楽しかったです!また明日連れていってください!」
泉という単語を聞き、彼はまだ広い世界を知らなかった子供の頃に彼女と共にそこで遊んでいた日々を思い出す。
あの頃は世界の危機や魔王の存在、それに美しい景色も知らずに毎日無邪気に水遊びをしていた。
年を重ねて
その時の彼女は泉から戻ってくると、替えの服に身を包みしっとりと髪を濡らしていた。
だが、今の彼女は服をぐっしょりと濡らし、まるで子供の頃の後先の事を考えずに遊んでいた頃の様であった。
その頃の無邪気な彼女の姿を目にし、それから不安要素を抱えた人物と共に行っては何事も無く無事に戻ってきた事に対し、彼の顔が無意識に綻ぶ。
「明日はお前ら二人にも昼までは働いて貰うからな。」
カルボが彼と同じように破顔する。
その言葉にえー、と口から不満を漏らす彼女にイリスが、
「ということは、午後から遊べるってことだよ。」
と耳打ちすると彼女の顔が眩い笑顔となり、横に倒れた頭の花弁がふわふわと反応する。
クシュン
その時、その彼女がクシャミをする。
露出した肩には鳥肌が立っている。
「しょうがねぇ、俺の家に替えの服があるからそれをやる。」
カルボが手に持った鍬をグランに手渡し、仕舞っておくように指示をする。
そして手で付いてくるように体を震わせる彼女に促し、共に彼の自宅へと向かっていった。
「じゃあ私も着替えてくる!」
そう口にしイリスが2,3歩歩くが、ある事を思い出して彼の方に振り返り
「今日の夕ご飯、期待しててね。」
歯を見せて笑い、今度こそ彼の元から走り去っていった。
外に干した牛肉の塊。
今朝の出来事を思い出し、彼の舌から唾が止めどなく溢れてくる。
「おい。」
ビクッ、と彼の体が縮み上がる。
「その手に握った物、戻さなくてもよいのか?」
硬直した首を回して彼が後ろを振り向くと、鋭いツノを生やした彼女が鍬に指をさしている。
「・・・・・・今から戻す。」
それを肩に背負い、畑の柵を跨いで収納小屋へと向かう。
彼が辺りを見渡す。
夕日はもう殆ど沈みかけ、赤い光を黒い雲が飲み込み始めている。
村を囲んでいる木々は緑色から黒色に変色し、夜風を浴びてザワザワとさざめいている。
村の道には森から戻った村人が数人おり、その手には弓、背中には矢筒、そしてもう片手には動かない
中には
その二人の男に子供が駆け寄り、男の内の一人がその頭を手で撫でようとするが、その手が臭かったのか鼻を抑えながらその手を払い退けて走り去り、民家の中へと消えた。
寒さを覚えぶるりと身震いし、彼が足並みを速める。
ふと、彼自身の足音の他にもう一人の足音がその耳に届き、そのゆったりとした恐ろしくも威厳ある歩みから魔王であることが理解できた。
どのような顔で付いてきているのかが恐ろしく、彼は後ろを振り向けなかった。
人目が無くなりつつある今この状況で、このまま背中から手で貫かれたり隠し持った凶器で今まさに激痛が走るのではないかとビクビクしながら一歩一歩ザクザクと歩みを進める。
やっとの思いで小屋に到着し、ギィと中に入り手に持ったそれを所定の位置へと仕舞う。
「ほう、このような道具もあるのだな。」
小屋にカツカツと入ってくるなり、彼女は立てかけてあった用具を手に取る。
手にしたのは3股の槍の様な物で、使い込まれているのか経年によるものなのか錆が見て取れた。
彼女の目から見ると武器としては重心がやや偏り何の補強もされていない木の持ち手という事から、急造の武器かと彼女が
「危ないから勝手に触るなって・・・・・・。」
まるで槍の様にそれを持つ彼女のそれを掴んで取り上げ、元の場所に戻す。
「それは何に使うものなのだ?」
「牧草を持ち上げたりするときに使う道具だ。」
ほう、と聞き馴れない単語が出てきたことにより彼女が首を捻る。
「ではこれは何だ?」
木と紐で編まれた底の深い
「井戸の水を汲む道具だ。」
それで畑に水を
彼女が再び首を傾げ、口から声を漏らす。
そして、足元に置かれた全く同じ道具に目が付き、
「ではこれは何に使うのだ?」
と、手に持ち中を覗き込む。
彼女の目に映ったそれは、先ほどの物よりも使い込まれているらしく至る所が黒く変色していた。
これは消耗品であり先ほどのはこれの次に使うものか、と彼女が勘繰る。
「いや、それは・・・・・・。」
「なんだ?」
急に彼の歯切れが悪くなったことにその眉間にシワが寄り、すかさず畳みかける。
「これは何に使うものなのだ?」
咳ばらいをし、彼が口を開く。
「畑に肥料を撒く為の道具だ。」
「肥料とはなんだ?勿体ぶらずに言え。」
「・・・・・・動物の
その言葉を聞き、彼女はゆっくりと手にしたそれを元の位置に戻すと、手に付いた黒いそれを
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