第17話 森で遊んで泉で遊ぶ

 「うわぁ・・・・・・。」


 薄い緑の肌色をした少女が目の前に広がる景色に息を呑む。


 背の低い草が所狭しと生えており、それらをよく目を凝らすと一つ一つの形が微妙に異なっている。

 遠くには膝下程まに伸びたものもあり、その先端が重さでしなだれている。

 彼女の胴程もある太さの茶色の柱がはるか遠くにも生えており、その柱の表面には目のようなくぼみや縦に何本もの筋が見え彼女に幾らか恐怖を抱かせるが、魔王の元にいた時には見られなかったその模様に好奇心を抱き、恐々とした手つきで触れる。


 ざらざらで凸凹とした感触。

 そこから伝わる振動にゾクゾクとその体が身震いをする。

 

 ふと光り輝く石がその柱に付いていることに彼女が気が付き、魔王にと見せるために持って帰ろうと手を伸ばす。

 すると、その石の背中から透明な薄い何かがバッと伸び、ブブッとそれを高速で動かしながら浮き上がり奥へと消えていった。


 「あっ、待って!」


 その一連の光景にビクリ、とたじろぐが、その正体が気になった彼女はその後を追うためにひざ下まで伸びた草が群生する方へ一歩踏み出す。


 「ちょっと待った!」


 その時、彼女の肩が何者かに掴まれる。

 彼女が振り返るとそこには白い髪の少女、イリスがいた。


 彼女は空いている方の手でそこに立っている木の看板を指さしている。

 そこにはキバを生やした獣が簡略化して描かれており、そこに赤いバツマークが上から重ねて描かれている。


 「ここから先は獣用の罠があるから入っちゃダメ。危ないから。」


 でも・・・・・・、と彼女が先ほどの異様な石が消えていった空間を見つめる。

 

 「ああいう虫ならこの先の泉にもいるから、そこまで行く?」

 

 「うんっ!」


 その言葉にフィオレが頭をがくがくと縦に何度も振る。


 じゃあ私に付いてきて、とイリスが彼女の手を掴んで先頭を歩いていく。


 背の低い草と土とが人の往来によって踏み固められて道となっており、その道を二人は歩いてゆく。

 先ほどまで頭上で燦燦さんさんと輝いていた太陽の光は姿を変え、木に鬱蒼うっそうと生い茂った葉の間からそれが差し込む。

 それによって不規則に白い光が道に散りばめられている。

 風がそよぐたびにそれがザワザワと揺れ、時にそれが彼女らの瞳に刺さり反射的にその目が瞬きをする。

 

 時に足元を飛び回る美しい羽根をした生き物や、遠くに見える素早く飛行する物などに彼女が目を輝かせる。


 「えっと、フィオレ・・・・・・だっけ。」


 手を引く彼女が後ろを振り向く。


 「はい、フィオレって言います。」


 「貴方たちの目的って何なの?」


 彼を脅してまで人間の住む世界へと来た理由。

 魔王であるヴァルドからは聞いた。

 しかし旅をしていた時に勇者は言った。魔物というのは絶対悪で滅ぼすべき侵略者であると。

 しかして魔王の口から聞いたその理由は、あまりにも人間的であり得なかった。

 

 「目的っていっても・・・・・・ヴァルド様から聞きましたよね?故郷を蘇らせる事です。」


 例え真意が他にあってもそう言うであろうとは彼女は思っていた。

 目の前で人にない器官である頭の花弁を森の景色を見る度にふよふよとさせている彼女。それこそ無垢な少女に見え、自身と同じ年程に見えたが、魔物であることから簡単に心を許すことはできないでいた。

 彼らによって彼女が致命傷を負ったのも1度や2度ではない。


 でも、とその彼女が口を開く。


 「でも、私はその・・・・・・ヴァルド様には申し訳ないのですが、綺麗なお花が見たいです。」


 あそこにいた時は本でしか知りえなかった事だから、とはにかむ。


 そんな彼女の表情を見てイリスがとある町で見たあの顔を思い出す。


 それは、彼が町の酒場で今までに倒した魔物の情報を商人へと教えて金へと変えていた時、その傍らで退屈そうに足をぶらぶらとさせている少女。

 その姿に見かねて、彼女が今までに目にした美しい景色の話をするととても嬉しそうに笑っていた。


 その時の少女と同じ顔であった。


 「あの、あの!カルボさんの言っていた綺麗なお花ってどんなのですか?」


 「あ・・・・・・えっと、ヒヤシンスというのがあって・・・・・・。」


 ぼうっと遠くの記憶を手繰り寄せていた彼女へ無邪気な笑みを浮かべた彼女がその未知の花の事に付いて根掘り葉掘り質問をしていく。


 そんな質問攻めに旅慣れした彼女が饒舌じょうぜつになっていった頃に、目的地である泉へと到着した。


 「うわぁ・・・・・・綺麗・・・・・・。」


 美しい景色であった。


 円形に底まで透き通る水が張られており、どこからかチョロチョロと液体の流れる音が絶えずその耳を刺激する。

 その中にはこれまた透き通るような美しい白い鱗を持つ生き物が何匹かで泳いでおり、時折楽しそうにくるくると回っている。

 周囲には青を基調とした様々な花が生えており、二人の鼻先をその甘い香りが掠める。

 その花の周囲には黄色と黒とで縞となった生き物が浮遊しており、せわしなくその周囲を動き回っていた。


 そして先ほどの道よりも木漏こもれ光が輝いており、それによってその水面が煌めき、遠目に見える全ての景色が神聖とすら言える程の光に包まれている。


 それら全てが長旅から戻った彼女と、初めて見る彼女とを迎え入れている様であった。

 

 「どう、綺麗な場所でしょう?」


 口が半開きの彼女が噛み締めるようにゆっくりと頷く。


 旅を通してイリスは様々な美しい景色を見てきたが、やはり生まれ育ったこの景色は格別であった。


 目を閉じて全ての音と匂いに意識を傾ける。

 青臭い匂いと花の香りとが混ざった匂い、ハチが羽をバタつかせる音と魚が水面を跳ねる音。


 全てが懐かしく、そして変わらぬその全てに彼女の目頭がじわっと熱くなる。


 ゆっくりと目を開けると、傍にいたフィオレの姿が消えていた。


 「あれ・・・・・・一体どこに?」


 慌てて周囲を見渡すと、その姿はすぐに確認できた。

 生えている花の所におり、前かがみになっている。


 「あまり遠くにいかないで!」


 彼女がそう大声で注意をすると、はーい、と右手を振って返事をした。


 「本当にあの魔王の配下なの・・・・・・?」


 あの恐ろしい魔王からは想像もできない程に無邪気な数々の所作しょさ

 それらに触れて彼女の危機感と警戒心とが溶かされていく。

 油断させるため、とも考えたがそれならば二人きりになったあの時点で何かしらの行動を起こしている筈である。

 つまり、あの彼女は本心からあの数々の行動を起こしている・・・・・・と、彼女はそう結論を出した。 


 よって、彼女は警戒を解くことにした。


 花を見つめている少女から目を離し、おもむろに靴を脱ぎ腰を地面へ着け、泉へと足を浸す。


 「んっ・・・・・・。」


 その冷たさにその口から声が漏れる。

 そして足を動かしてちゃぷちゃぷと水面を波立たせる。


 突然の事態に驚いた魚が彼女から反対側に逃げていく。

  

 「気持ちい・・・・・・。」


 続いて軽快に水面を叩く。

 時折大きな波ができ、彼女の服に水滴が飛ぶ。

 木漏れ光が水面に当たり時折キラキラとその飛沫が輝き、その眩しさが彼女の瞼を閉じさせる。


 泉に来れば必ずと言っていい程に彼女は沐浴を行うが、今回は人の目があるために足のみでその身が触れる水の感触に浸っていた。

 では子供の頃の様に久しぶりにバシャバシャと水しぶきをあげようか、とふと思い立つが、花を愛でている彼女の方を振り向きその幼稚ようちな考えを思い留ませる。

 

 「何をしているのですか?」


 フィオレが水と戯れている彼女の横へ座り込む。


 「水浴び。気持ちいいよ。」


 イリスが再び足を動かして水面と戯れる。

 

 その様子を見たフィオレはいそいそと靴らしき緑色の布を脱ぎ捨てると、彼女と同じようにその水面に足を浸けた。


 「んんっ・・・・・・。」


 足を浸けるなりその両手が胸の前でギュっと握られ、体がブルブルと震える。

 程なくしてその顔のしかめっ面が緩んでいき、水中でゆっくりと足を泳がし始める。


 「冷たくて気持ちいいです・・・・・・。」


 初めての快感に、彼女は顔を上げて瞳を閉じてうっとりとそう呟く。

  

 そしてその快感をより感じようという衝動に駆られ、次いで彼女は素早く、尚且つ力強く足で水面を蹴った。

 バシャバシャと勢いよく音を立てて水が暴れる。


 「うわっ!」


 それを見ていたイリスはその飛沫が顔にかからぬ様にとっさに手で顔を覆うが服までは守れず、大粒の雫が何度も彼女の服へ着弾し、その布を透けさせる。

理性で抑えていた欲望が外れる。


 「やったな・・・・・・っ!」


 口角を上げて歯を見せながら彼女も同じように足をバタつかせて大きな飛沫しぶきを上げる。


 「うわっぷ!つめたっ!」


 彼女の反撃は命中し、フィオレの緑色の服を湿らせる。

 ぶるっと身震いをしたのちに、今度は高く足を振り上げて力強い飛沫で反撃を行う。


 バシャバシャという音と彼女らの楽しげな声。

 それらは、二人が互いに身に着けた服がぐしょ濡れになるまで続いた。

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