第15話 一日の始まり

 「よし、揃ったな。」


 カルボが自宅の前に集まった4人を見て頷く。


 周りからは村人の生活音と足音、動物の間延びした鳴き声が聞こえる。


 井戸から水を汲み、それを木でできた水桶に溜めて畑へともっていく者。

 ザッザッ、と土に鍬を突き立てる音。

 衣服と桶を持って川の方へと歩いていく数人の女。

 牛にちょっかいをかけて叱られる子供とそこへ響く怒声。


 今日もいつもの日常であることを彼が実感する。


 続いて目の前の4人へと目を配る。


 「んむ、んむ・・・・・・。」


 フィオレは彼が昨日手渡した袋を手に持ち、その中から砂糖を取り出してパクパクと口へ入れている。

 よく食べる子だ、と彼の口角が緩み、家の中にまだあった砂糖の数を頭の中で数える。


 「おはようございます!村長。」


 イリスは昨日まで魂の抜けたような面持ちであり、その足取りはフラフラといつ倒れても可笑しくない程に弱弱しかったが、今の彼女にその時の特徴は見られなかった。

 

 「この村は、いつもこのように賑やかなのか?」


 ヴァルドはと言うと、しきりに周囲を見渡し道を横切る馬や人々があれば、それらを凝視している。

 特に馬を見るときは好奇を称えた瞳をしていた。


 「・・・・・・。」


 グランは・・・・・・昨日とは特に変わらずヴァルドを注意深く観察しており、彼女が腕や指を動かすたびにその体がビクリと跳ね上がっている。


 何はともあれ、二人が無事に戻ったことに加え、ヴァルドとフィオレという新たな出会いに彼の胸は高鳴っていた。

 二人の無事の帰還と新たな仲間の祝いに近日に村を挙げての宴でもしようか、と思いつく。


 「それでカルボとやら、昨日言っていたきっかけとは何なのだ?」


 魔王が顎に指を当てて彼を見る。


 「荒廃した土地を豊かにしたいんだったな。それなら・・・・・・。」


 そう言い、彼が畑を耕している村人を指さす。


 「あのように土の扱い方を知れば作物が摂れるようになるし・・・・・・。」


 続いて、彼自身の家の後ろにある森を指さす。


 「あの森を見て回るのもいい参考になると思うぞ。」


 「あ、あの・・・・・・そこにお花ってあるのですか?」


 おずおずとフィオレがその口を開く。

 姿は人間の姿から緑色の肌に頭に大きな花弁のある姿へと戻っている。

 その花弁はフワフワと風にそよぐように動いている。


 「おう、あるぞ。今の時期だと一番綺麗なんが咲いているぞ。」


 「ほ、ホントですか!?」


 彼のその言葉に目をぱぁっと輝かせると、一目散にその森の方へと走っていった。


 「お、おい!道は分かるのか?」


 グランがその後ろ姿に声を掛ける。


 村の人の往来によって踏み固められた道がそこにはできているが、例えそこが入り組んだ道でないにしろ目印の意味が分からなければたちまち道に迷うであろう。

 それに、獣用の罠などを仕掛ける箇所などもあり、そこへ足を踏み入れれば大怪我をする可能性がある。


 「グラン、私があの子の後を追うよ。」


 見張り役も必要でしょ、とイリスが彼へ耳打ちする。

 彼の首が縦に動いたのを見るなり、彼女が遠くなるその後ろ姿を駆け足で追いかけた。 


 「大丈夫か・・・・・・?」


 フィオレという人物はあんなに無邪気そうに振舞ってはいるが、一体何を本当は考えているのかが彼は分からなかった。

 見張りを立てるというのには賛成であるが、それを彼女に、しかも一人でさせるというのは生きた心地がしなかった。


 それについて気が気ではないものの、悲鳴が上がればすぐに飛んでいくと気持ちを切り替え、彼が目の前の魔王に注意を向ける。

 

 彼女は依然として畑の方に顔を向けており、時折目を細めてフォーカスを合わせている。

 ふむ、と一呼吸置き彼女がそこを指さす。


 「あのようにすれば食べ物が作れるのか?」


 「すぐにはできねぇ。ほとんどの作物が1年はかかる。」


 それに必ず収穫できるとも限らねぇな、と彼が続ける。


 かつてこの村で日々を暮らしていた彼にとってその辛さは身に染みている常識なのだが、冒険を続けるうちにそれは効率の悪い事ということを理解してしまった。

 魔物を倒したり、人の困り事を聞きさえすれば日々の暮らしに十分な金を得ることができた為である。


 一方で、この畑作業というのは先の見えない長い期間と自然とに向き合い、その上収穫とそれによって得る売り上げが不安定である。

 時にはそれがゼロに近い年もあった。


 だが、どちらの道も経験した彼にとって、命の危機が無いという後者の方が圧倒的に肌に合っていた。

 

 「だが、危険ではなさそうだな。」


 「まぁそうだな。体が悲鳴を上げるときはあるけどな。」


 カルボが肩に無数の古傷の付いた手を当てて筋肉の付いて筋張った首を回す。ゴリゴリとそこから一際大きな音を上げる。

 

 「ほう、それは楽しみだ。」

 

 魔王城で死ぬか生きるかだった精神の摩耗と肉体の疲労。

 そんな日々とはあまりにも乖離したその体の悲鳴というものに期待を膨らまし、自身の角を手でなぞった。

 普段のゆったりとした歩みではあるが、その足取りからは威厳が幾らか削ぎ落ちていた。


 彼女の口から発せられた、自分と同じ意見。

 その事に彼が複雑な思案をしてあらぬことを考えて気を揉みながら、畑へと向かうその彼女を追った。

 

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