第14話 魔王の訪問
「ごちそうさま。」
彼の腹の虫がようやく収まり、一息つく。
そしてふと浮かんだ疑問を口にする。
「そういえば、サルウィとアウラは?」
彼女のパンをちぎっていた手が止まる。
「ふ、二人は・・・・・・ね。」
手に持ったパンをプレートに置き、その手をテーブルに置く。
そして視線を彼から逸らす。
「まさか・・・・・・二人に何かがあったのか?」
彼の想定では、今も3人は旅を続けている筈だった。
だが、事実は彼の想定と反していた。
3人が共にいないとなれば、何かしらの異常があったに違いない。
あの傷が原因であのサルウィが最悪の事態になってしまったのか。
ありえない、と思いたかったが、あの傷を思い出すと納得してしまいそうになった。
それとも、アウラの方だろうか。
限界まで魔力を行使したのだ。
何かしらの異常が起きて共に旅を続けられない状態になったのかもしれない。
魔力の事は自身に一切の適性がないからわからないが、だからこそ何が起きたのかわからず、思いのほか体へ負担が掛かっていたのかもしれない。
そのようなことを頭に抱きながら、彼女がもごもごと動かす口へ注目する。
「ううん、二人は無事だよ。」
真っ直ぐに彼を見る。
その様子から二人の様子を察し、胸をなでおろす。
「じゃあ、なんでイリス一人だけここに?」
となると、彼女はなぜ一人でここにいるのだろうか。
目の前の彼女は今は特に体に異常は内容に見える。
あんなに旅が好きな彼女の事だ。特に問題が起こってないのならば、彼女らは引き続き旅を続けている筈だ。
いつもと変わらぬ笑顔をする彼女が、こうして一人で故郷にいる。
そのことに、彼の疑問は一層大きくなった。
「そ、それは・・・・・・。」
再び彼から目を逸らし、その視線の先にあったパンくずを一指し指と親指とで弄んでいる。
その時トントン、と扉がノックされる。
「あれ、誰だろ?」
引きつった声でそう言って席を立ち、扉の方へと歩いてゆく。
テーブルの角に内またをぶつけ小さく呻く。その部分を擦りながらノブを回し、扉を開ける。
「ほう、お前はあの時の・・・・・・。」
「え・・・・・・?」
彼女の動きが硬直する。
ここに居るはずのない存在に、その思考が吹き飛ぶ。
彼の呼吸は止まり、その心臓が早鐘を打つ。
全身の毛穴が開き瞳孔が大きくなる。
馬車の時と比べ幾らか広い空間なものの、その低い声は彼を縮み上がらせるのには十分だった。
震える手をテーブルに付き、席から立ち上がる。
普段よりも長く呼吸してみるものの、それが喉と鼻とで震えてしまう。
「お早う。よく眠れたか?ご主人様。」
仰々しいツノを頭から生やしたその人が口角を吊り上げる。
「魔王・・・・・・っ!」
彼の前へイリスが半歩出る。
が、その手は彼と同じようにフルフルと振動している。
「ふむ、あの時の壁を出さぬのならばいくらでもやりようはあるな。」
そう言い、目線で彼女の体を嘗め回す。
イリスが身震いをし、彼へその震える手を差し出す。
「お、おい、魔王。イリスには俺の様に脅さないでくれ。」
震える声で彼が言い、魔王を睨みつける。
「随分とらしい目つきができるようになったではないか。」
フン、と鼻を鳴らし、彼と彼のいる空間を見る。
全体的に木の質感の家具が目立ち、自らが住んでいた木の様相と違い温かみを感じられる質感がある。
目が眩むほどの白いベッドに、未知の香りがする。
嗅いだことのない複雑な匂い。
血やドロに鉄、それらの嗅ぎなれた匂いの記憶が遠ざかるほどの匂い。
それを嗅げば嗅ぐほどに唾液があふれ、腹の虫がなる。
が、その匂いの元を調べるよりも、やるべきことがある。
昨日の「ここなら何かきっかけが掴めるかもしれない」というカルボの言葉を彼女が思い出す。
「では外・・・・・・カルボか?そやつの家の前で待っている。」
そういって静かに扉を閉め、コツコツと足音を鳴らして彼の家から離れていった。
「グラン、どういうことなの?なんであいつがここに?」
足音が小さくなり消えた頃合いで、彼女が彼へ尋ねる。
「実はな・・・・・・。」
彼がこれまでのいきさつを話す。
「それを・・・・・・信じるの?私たちを一度殺そうとしたんだよ。」
あの時、彼と離れ離れとなったあの瞬間が脳裏をよぎる。
その時に彼の手を握ろうと伸ばした手を見る。
あの苦しみをまた味わうのだろうか。
もう二度と彼に会えないと理解したあの夜。
もう一度あれを味わう状況へとなってしまったら、彼女は正気を保つ自信が無かった。
「俺には、それしか選択肢が無かったんだ・・・・・・。」
彼としては未だに得体のしれぬ存在である魔王は、依然変わらず恐怖の存在であった。
未だに彼の心臓は早鐘を打っている。
目の前の彼女、イリスに魔王の恐怖を味わせたくなかった。
だが、あの魔王の口にしていた事から、暫くこの村に留まる予定なのだろう。
あの魔王城から離れ一番安らげる故郷にいるというのに、魔王の姿が目に映るだけで、その体は戦闘の時のように強張り、その呼吸が荒くなった。
なぜあの時、自らの命を絶つことを考えられなかったのか。
あの時の自身の臆病さをまざまざと思い出し、歯ぎしりをする。
「・・・・・・私は。」
彼女が彼の手を握る。
「グランが生きていてくれて、嬉しいよ。」
彼の手よりも小さく細い指。
そこには久しぶりで慣れなかったのか、調理の際に出来た火傷があった。
「そう、か・・・・・・。」
彼がそのか弱い手を握り返す。
少し力を入れたら壊れてしまいそうな細い白。
「大丈夫だ。俺が守るからな。」
彼が何度も何度も口にした言葉。
それは、自らを奮い立たせる意味合いもあった。
魔王の行動をつぶさに観察し、いざとなれば・・・・・・。
彼女を絶対に守る。
その言葉を聞いた彼女は眉間に僅かにシワを寄せ不満を顔に出すが、こくりと小さく頷いた。
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