故郷でのひと時
第13話 穏やかな朝
「ん・・・・・・。」
出発か、と彼が決意し空に浮かぶ白い雲を見る・・・・・・つもりだったが、そこには木目の天井が一面にあった。
ぼぅっとする頭を働かせ、昨日故郷へ帰ってきたことを思い出す。
布団を剥ぎ、上体を起こす。
身に着けているものは彼が旅の途中で買った布の服。
一般で出回っているものよりも高かったものの、デザインと着心地を気に入り買った物となる。
最も戦闘には向かない為、旅の最中に一度も着たことはなかった。
血の匂いが鼻先を掠めてこない。
かつての彼の日常であったその臭いも、今の彼にとっては懐かしいという感覚になっていた。
「おはよう、グラン。」
扉がキィと開いてイリスが入ってくる。
鍋を持っており、その両手には鍋掴みをはめている。
そのまま中へ入ってきてテーブルの上へをそれを置いた。
湯気が立っており、そこからの匂いが彼の鼻をくすぐる。
「朝ごはん、ちょっと作りすぎちゃったかもしれない・・・・・・。」
ベッドから立ち上がり、彼女の元へと歩いてゆく。
彼女の服装は、旅をしていた時の白ローブを身に纏っていた。
「何を作ったんだ?」
湯気が彼の顔を湿らせ、その匂いが舌を震わせる。
「スープを作ったんだ。旅の時は一度も作れなかったでしょ?」
「スープか!」
思わず彼の喉から大声が発せられる。
旅で作れる料理なんてたかが知れていた。
道中、町で食事を摂るときも勿論あったが、野営をした数に大きく偏っている。
そして野営となると余計な荷物を減らすために道具は勿論持って行けず、焚火で調理できるものしか食べてなかった。
そしていつ敵が来るかもわからないため、時間のかかる調理なんて出来なかった。
故に、野営での食事は直火での丸焼き、干し肉の丸かじりのみが彼らの野営の時の食卓だった。
だがそれを飽きた、不味い、などはとても言えなかった。
「じっくりコトコトお野菜も歯で崩れるくらいにまで柔らかくしたよ。」
彼女が涎を溜めた彼へ笑いかける。
待ちきれず、彼が食器棚からスープの器を取り出し、その蓋を取ろうと手を掛ける。
「まだパンを貰ってきてないから、お皿を用意して待ってて貰ってもいい?」
「わかった。」
彼の言葉を聞き頷くと、彼女は鍋掴みを脱いでテーブルへ置き、軽やかな足取りで外へと走っていった。
口の端から流れる涎を袖で拭き、後頭部を掻きながらもう一人分のスープの器と二人分のプレートを取り出した。
「「いただきます。」」
席へ着いてその一言を言うと、彼は早速蓋を手に取って外す。
ブワッと湯気が広がり天井へと昇っていく。
彼が目一杯それを胸が膨らむほどに吸い込み、一気に吐き出す。
正面に座る彼女が彼のスープの器を取り、鍋に入っているお玉を使ってそこへ盛る。
ニンジンの赤とキャベツの緑、白に旨味の溶けだしたスープ。
「はい、いっぱい食べてね。」
それらが入った器を手渡される。
じんわりと温かさが掌へ伝わる。
直火で直接熱して食べた時のような火傷するほどでは無く、優しい暖かさ。
スプーンで一口掬い、口へと流し込む。
「あっ・・・・・・っつ!」
「慌てなくてもおかわりは沢山あるよ?」
彼女が自身の器にもスープを盛りながら口から笑みを零す。
今度はゆっくりと掬い、口から窄めて息をそこへと吐きかける。
何度か繰り返した後にそれを口へと流し込む。
ニンジンの甘味が、旅で長らく使っていなかった味覚を刺激する。
そしてこの村では特別な時にしか食べられない牛肉の味がした。
「この入っている肉って、牛肉か?」
「あ、気が付いた?実はマッドさんがくれたんだよ。」
「マッドさんって、あの狩人の?」
「うん。町に出荷する予定だったみたいだけど、こっそり分けてくれたんだよ。ほら。」
そう言い彼女が指さす先には窓があり、そこから干し肉が外にぶら下がっていた。
白い紐が組み付いており、それが肉の朱色を強調する。
「今日の夜に全部食べちゃおっか。」
彼女からの大胆な提案に、彼が頭を上下にガクガクと振った。
そしてそれを見ながら手に持ったスプーンでスープを掬って流し込み、パンを手に取り豪快に齧りつく。
口の中でパンがスープを吸い、小麦と野菜の風味が混ざりあう。
そして何度か噛んだのちに、ゴクンと喉を鳴らして飲み込む。
美味い。
時間が経って黒くカチカチになったものではなく、作りたてのきつね色ふわふわのパン。
彼が先ほど齧った部分に目をやると、薄く白いパンの生地が敷き詰められている。
手がそれに伸び、大きく口を開き二口目、三口目と連続で齧り、それをスープで流し込む。
久しぶりに味わう喉を通る食感と、胃にそれが落ちる感触。
時に痛みを感じるそれらを味わいながらもう一つのパンを手に取り、今度は大口を開けて齧りつく。
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