第12話 帰還と再会

「お三方、つきやしたよ。」


 ゴトゴトと鳴っていた車輪とパカッパカッという馬の歩みの音が止まり、代わりに馬車内にて座っていた3人の体が進行方向だった方へガクンっと体が引っ張られる。


 グランが馬車から身を乗り出して前を見る。


 「おお・・・・・・。」


 そこには彼にとって懐かしい景色が広がっていた。


 目の前には木製のアーチがあり、そこには村の名前が彫られている。そして野菜をモチーフにした簡素な絵も共に彫られており、彼が村を出てから至る所があの時よりもくすんで黒くなっていたが、それでも故郷に戻って来た、と彼が至るには十分だった。


 アーチから伸びている道は奥へ突き抜けており、そのまた更に奥は今まで馬車が通ってきた林道が再び続いている。


 この村は森林を開発してできた村であり規模は決して大きくない。だが、肥沃な土地と近くの森に棲んでいる野生動物のおかげで人々は畑を耕し、腕っぷしに自信のある者は薪を割り、知識と経験がある者は狩り人として暮らす事により、質素ながらのどかな生活を日々暮らしている。

 馬車道を辿り北へ行くと巨大な城と城下町があり、時折そこの城下へ日々の暮らしで採れた保存の効く食物を持って行っては露店を出し、そこでの収支を冬の貯えを買い込む為の資金にしている。

 また、ここの村で産出される野菜は質が高く、秋の収穫の時期には城への献上品としてその一部が納品される。


 「ほう、ここがそうなのか。」


 馬車を降り魔王が呟く。

 続いてフィオレ、最後にグランが降りる。


 「村の人が困惑するだろうから、二人は暫く人間の姿になれないか?」

 

 「なんだと?」


 彼の言葉を聞くなり魔王は眉間にシワを寄せて自身の角の先を弄る。


 「頼む。手早く村の人たちに説明するからその間だけでもできないか?」


 彼が頭を下げるのを見て、魔王はゆっくりと角を小さくした。

 それを見たフィオレも同じ様に人間と同じ肌色と、身につけているものを黄色い花びらの様なものから、布と似た生地の服へと変化させる。

 

 その姿を見て彼が感謝の言葉を言い、アーチを通る。

 彼女達も彼の後ろへ続く。


 懐かしい村の光景が彼の目に飛び込んで来た。

 遠目に見える鍛冶屋の炉は赤く光っており、そこではガタイの良い男が折れたり刃こぼれした農具や剣を傍にある卓上にならべ、一つ一つ吟味した後に一つを手に取り炉へ入れて赤く輝かせては金床へ移し槌でカンカン、と叩いている。

 更に遠くには一際大きな建物があり、今しがた千鳥足の男二人が出てくる。近くで遊んでいた子供にはあっ、と息を吹きかけるとその子は顔をしかめてその酔っぱらい達から逃げるように走って行った。

 そしてちらほらと散らばって畑がある。そこから漂う土と肥しの匂いにグランは一瞬顔をしかめるが、すぐさま穏やかな表情となる。

そこで鍬を持った男が耕しており、その中の初老の男が腰を労わって鍬を杖代わりに畑に立て腰を逸らしては、隣で種まきをしていた同じくらいの歳の女性から何かを話しかけられている。

 時折、そこに犬が入っては顔を赤くして追いかけている男の姿も見える。

 

 「グランじゃないか!無事だったんだな!」


 偶然その時に傍を歩いていた村人に話しかけられる。

 麻で作られた服と装飾などない地味な身なりをしており、手には鍬を持っている。

 

 「てっきりイリスだけが帰ってきたものだからお前が死んでしまったのかと・・・・・・。」


 「イリスが?」


 彼の表情が固まる。目が丸くなり、口が半開きとなった。

 そして体を左右へと伸ばして村の奥を見るが、目標の人物は見つけることができなかった。

 思わず聞き返す。

 

 「イリスは旅の忘れ物を取りに?」

 

 旅へ出立した日はお互いに腰の麻袋に入るほどの持ち物しか持って行ってなかった。

 暫くぶりの帰還となったが彼女は何かしらの事情があり、故郷へ一時帰還という形を取っているのだと彼は察した。


 「いや、それが・・・・・・。」


 村人の口が止まる。そして、グランの顔と彼の後ろにいる二人の人間の女性とを交互に見る。


 「ところで、その女性らは?」


 「あー、えっと。何と言えばいいか。」


 彼がどもっていると彼の後ろからフ、と笑みを零しながら魔王が歩み出る。


 「我はまお「あーー!偶然知り合った召喚士だ!」おい。」

 

 「冒険者の方でしたか。どうかゆっくりしていってください。今はほとんどの野菜が収穫の時期ではないので保存用の豆と肉しかありませんが、是非堪能していってください。」

 

 「えっ、肉?」


 終始口を横一文字に閉じていたフィオレが顔を輝かせる。

 口内に先ほどの干し肉の味と匂いが蘇り、水分が止めどなく出てくる。


 「村長なら今だったら家にいると思う。一緒に行こうか?」


 「いや、場所なら覚えているから大丈夫だ。」

 

 グランはそういうとそこを後にし再び歩き始める。その道すがらに飛び込んでくる故郷の景色を味わう。

 村の中に通っている道はレンガなどで舗装されておらず、人の往来により土が自然と固まってできたものなのでその両端には雑草や背の低い花などが生えている。

 道の中央では時折子供達が遊んでおり、それらが急に走り出し彼とぶつかりそうになる。


 「何も変わってないな・・・・・・ここは。」


 行く道に沿って藁ぶきの屋根の民家が建っており、そこを通り過ぎる度に木と乾いた藁との匂いがする。

 それらの前を通るときに彼の姿に気が付き、民家の中から人が出てきては彼に「良く戻ってきた。」などを言っては後ろの二人の事を尋ねる。

 そのようなやり取りを何度か繰り返し、彼の記憶が確かならば村長の家の前へと辿り着いた。


 「おい、まだ戻せぬのか?まさかこのままにさせるつもりでは無いだろうな。」


 魔王が不機嫌を露わにし彼へ言う。

 彼が目をやると、髪の毛をくるくると指先で弄っており、右足のつま先でトントンと地面を叩いている。

  

 「あと少し待ってくれ。」


 そう宥め、彼は駆け足で家への階段を駆け上がり扉をノックする。

 手が震えていた為、ノックの音がけたたましく鳴り響く。

 

 「村長、グランです!」

  

 扉越しにパタパタと音がし、それが近づいてくる。そしてギギ、と音と共に扉が素早く開いた。


 「グラン!お前生きてたんだな!」


 白髪交じりの頭に無精ひげを顎に蓄えた男がそこにいた。

 見た目の年齢に反して骨格のガッシリとした体つきにピンと伸びた背にゴツゴツとした手をしており、茶色を基調とした服を着ている。

 

 「ン、後ろん二人は・・・・・・。」


 「ちょっとその二人についての話があって。」


 「分かった、とりあえず中に入れ。そこの二人も中に。」


 男が彼らを家の中へ通し、扉を閉める。


 「丁度一息入れようと茶を作っていた所だ。」


 そう言い男が大きなテーブルへ4人分のマグカップと、中央にケトルを置く。

 男が3人へ座るように促し、テーブルへ備え付きとなっているイスへ3人が座る。

 それを見届けてから男はゆっくりと空いたイスへ腰掛ける。


 マグカップからは湯気と仄かに渋みのある香りがたっていた。


 グランはそれを一口含む。

 数種類の仄かな苦みが彼の舌を刺激する。口の中で転がすとまた新たな苦みが現れ、そのタイミングで飲み込んでは次の一口、また次と喉へ流し込み、マグカップを空にする。

 子供の頃からの慣れ親しんだ味に目が潤う。

 

 それを見た魔王とフィオレもマグカップを手に持ちその縁を口に付け傾ける。


 「うぇ・・・・・・。」


 ちびちびと警戒するようにそれを飲む魔王を尻目に、フィオレが舌を出して眉間に皺を寄せる。


 「ハハ、苦いか。そこに砂糖があるから使うか?」


 男がテーブルの端にあった透明な瓶の口を開けて彼女に差し出す。

 中にはサイコロのように固められた砂糖が瓶一杯に詰まっていた。


 「あ、ありがとうございます。」


 彼女がそれを一つ手に取りマグカップへと入れ、再び口へ付け傾ける。


 「ん・・・・・・!甘くて美味しいですねこれ!」


 「そうか。好きなだけ使ってくれ。」


 満足げに男は頷く。


 「それでグラン、この二人は誰なんだ?」


 咳ばらいをし彼の方を向く。目が少し大きく開き顔のシワが額に寄る。

 

 「その、話すと長くなるので・・・・・・。戻っても大丈夫だ。」


 彼が魔王へそう言うと彼女はわかった、と言い目を閉じる。

 そしてみるみるうちに頭から角が生えて来、やがて元の姿へと戻った。

 

 「人型の魔物か?」


 男がジッと眉一つ動かさずに異形の者を見る。

 

 「それらを統べる王、ヴァルド・シェーンハイト・スィンパーティと言う。」


 「スパゲッティ?」


 「スィンパーティだ。」


 彼女が溜息を付き男を見る。

 グランと全く違い、身動ぎひとつせずに自身を見つめてくる。

 怯えている様子もなければそれによって声を上げる様な事も一切ない。

 

 「俺の名前はカルボだ。村長と呼ばれることの方が多いがな。」


 「あの、私はフィオレって言います。」


 「んん?おいおい、この瓶の中の砂糖全部入れたのか?」


 「う、ごめんなさい・・・・・・。」


 「そんなに気に入ったのなら後で瓶詰の砂糖をやるから持っていけ。」


 そして依然として怯えることも戸惑う事も一切なく、変わらぬ態度を彼女の前で見せる。


 人間とはこうも個体差があるのか。

 彼女がグランとカルボとを見比べる。

 

 「この魔王がなんでも、荒廃した自分の国の土地を蘇らせるべくここに来たのだけれど、その方法が分からないから人間界へ来るべく俺を人質にしてここに来たんです。」


 「違うだろ?ご主人様。」


 彼女が彼へ笑顔を送る。ただの笑顔ではなく不気味な程ににっこりとしており、その表情の裏にあるものが恐ろしくなり彼が訂正する。


 「お、俺が休戦の条件の代わりに人間界に来るように言ったんだ。」


 彼のその言葉を聞き、スンと元の澄ました表情へと戻る。


 「そうか。なら暫くここに居るといい。そちらの土地の荒廃具合は見てないから何とも言えないが、ここなら何かきっかけを掴めるだろう。」


 そういうと一度カルボは2階へと消え、戻ってくるときには分厚い紙の束を持っていた。


 「それではここに名前を。酒場の二階に旅人と行商の為に置いている寝床があるから暫くはそこで寝泊まりをしてくれ。」


 彼がインクと先が細かく砕かれた小さい藁の束を差し出す。


 「ふむ、分かった。」


 魔王がそれを持ちその先をインクに浸し、それからその二つの枠にさらさらと文字を書く。

 それを見たカルボは顔を顰める。


 「その、複雑な記号みたいなのは・・・・・・自分で読める文字か?」


 彼女が自身の書いた文字と他の枠に書かれた文字を見ると、明らかに文字の書体が異なっていた。


 「すまぬな、まだ人間達の文字は書けなくて。」


 「なるほどな。自分で読めれば問題は無い。」


 そう言い彼は腰から羽ペンを取り出して先をインクに浸し、枠のすぐ横に小さく【ヴァルド】と【フィオレ】と書き足した。


 「よし、手続きは終わりだ。ようこそウッドサイドの村に。」


 

 「ここが酒場だ。また明日の朝に迎えに来る。」


 「ほう、よい匂いがするな。酒場とはそういうものなのか?」


 魔王が目を閉じてゆっくりと息を吸い、それをより時間を掛けて吐き出す。


 カルボの家を出てからの道中、すれ違う村人全てが魔王とフィオレの姿を凝視していた。だが、彼らが村長の家から出たのを見ていた者もいた事から、村人達はそれを見て怯えはするものの大きな声などを上げることは無かった。


 「夜になったらうるさくなるかもしれないから、早めに寝れたら寝た方がいいぞ。」


 まだ日が傾き始めて太陽がオレンジ色に変わっただけであったが、それでも酒場の方からは何人かの話し声と時折の大声が聞こえてくる。


 「人間に危害は加えないんだよな?」


 「くどい。何度もそう言っているであろう。」


 そう吐き捨てるように言うと彼から酒場の方へ向きカツカツと歩いて行った。

 それを慌てて追いかけてトコトコとフィオレが彼女の後ろを付いていき、二人は酒場の扉を開けて中に入った。


 (今は魔王を信用するしかない、か。)


 魔王と初めての別行動。彼としてはいつ爆発するかも分からない者を常に監視をしていたかったが、それを「くどい」の一言で片づけられる。

 ようやく彼女の傍から離れることができて緊張と心臓を鷲掴みにされているという実感から束の間の開放をされた訳だが、決して彼の心が晴れることはなかった。


 「いや、今はイリスだ。」


 そう呟き、彼は酒場を後にし駆け足で移動する。


 「教会は確か・・・・・・。」


 カルボの所で彼から話された内容は、グランにとってあまりにも自身の想像と乖離していた。

 イリスはある日一人で村に帰ってきたと思うとその次の日には修道女の服を纏い、昼食や夕食を摂っているところは見られず、一日のほとんどを教会でお祈りをして日々を過ごしているとの事だった。

 村に帰った時も足がフラつき村に居た頃よりも痩せていたとの事で、だが今はよりひどい状態となっていると聞いていた。

 

 「はぁっ、はぁっ。」

 

 教会の前に着き、両開きの扉を思い切り開け放つ。


 夕日がステンドガラスより差し込み、幻想的な空間を形作っている。

 長椅子が左右の壁にそって4つそれぞれ置いてあるが、そこを含めて教会を訪れている人は誰もいなかった。

 

 正面で、祈りをささげている修道女を除いて。


 祭壇の上の女神の像へ膝立ちになり手を組み、そして目を閉じて一心に祈りを捧げている。


 「イリスか?」


 その修道女が振り向く。

 フードで顔が隠されているため、彼の目からはその顔が見えなかった。


 「どうしました?貴方もお祈に・・・・・・。」


 修道女の動きが止まる。そしてフードを外して頭を出す。

 背後からの夕陽が彼女の顔と姿を照らす。

 

 見間違えるはずがない。

 その髪は、絹の様に美しい白髪だった。

 その足は、旅を続けていた時に履いていたあの靴だった。

 その組まれている手は、あの時に彼へ差し出された手だ。

 その顔は、最愛のその人だった。


 「グラン・・・・・・グランっ!」


 イリスが立ち上がろうとするも上手く足に力が伝わらず、床へ前のめりに倒れる。

 腕へプルプルと力を込めているが、それでも彼女の体は起き上がらない。


 グランは歩いて近づく。そして倒れた彼女の体を起こし、手を握る。


 「ただいま、イリス。」

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