一行の帰還と魔王の侵入

第10話 残された3人の帰還

 「イリスさん、本当にもう私達と旅を続けられないのですか?」


 サルウィが今日この瞬間に至るまでに何度も繰り返した言葉を口にする。

 

 胸に受けた傷はすっかり治癒しており腰に携えていた剣が無くなった事を除けば、元の勇ましい勇者の風貌へと戻っていた。

 その視線は、目を腫らして俯いている彼女へと向けられている。


 「ごめん、なさい・・・・・・勇者様。」


 彼女は力なく垂らしていた両腕を空気に怯えているかのように恐々と動かし、両手を胸に当てる。


 「二人を見ていると、彼の事を思い出してしまって・・・・・・。」


 彼女の手がふるふると震える。


 そんな彼女の弱り切った姿をどうにかできればとあの日から何遍も決意したが、自身では彼女に何もすることが出来ないというのは薄々気が付いていた。


 グランによる身を挺した行動により、3人は無事に見知った土地へと戻ることができた。

 だが、その事実は3人の精神に深刻な損傷を与えた。


 特に転移直後、イリスの取り乱しは凄まじかった。

 彼が伸ばした手を掴もうとしたまさにその手で、俯いているアウラの胸倉を掴んでは髪を振り乱して激しく詰め寄った。

 そして何度も何度も「なぜ少し待てなかったのか。」という旨の内容を周囲の空間が震えるほどの大声で言い放つ。

 彼女が胸倉を掴まれたままイリスへ「詠唱を中断すれば、呪文はまた最初から唱え直さないとといけなくなる。」というイリスさえ既に知っている魔術の基礎を途切れ途切れに話した。

 そして事切れるように、イリスは手を放しカクンと膝を折りその場にへたり込む。

 彼女の俯く顔からは水滴がポタポタと膝と地面とに落ちた。

 

 それを見たアウラは彼女へ掛けてやる言葉も見つからず、自らが魔王との戦いの時にした一つ一つの行動を呪った。

 あの時に刃を使わなければ、あの時彼にあとほんの数刻早く声を掛けられていれば、そもそもあの呪文が使えていたら・・・・・・。

 それら一つ一つを思い出すたび彼女の脳裏に焼き付いた、こちらへ必死の形相で手を伸ばす彼の顔が浮かぶ。


 その後目を覚ましたサルウィと共に3人は、近くの町にて今後の方針について話し合った。


 体の傷が修復して目を覚ました勇者は、彼女らから事の顛末を聞く。

 そして旅をするには自身の武器がなく、道具の買い足しも必要であるという状況にも関わらず、「魔王は生きているのか。」と呟く。

 勇者は魔王への執念とも言える殺意と、過去に命を落とした仲間の数々へ彼の名前が刻まれ、それら死者への手向けの為に「翌日に魔王城へ戻る。」と言って聞かなかった。


 勿論そのような事は彼が許さない。臆病な彼ならば「それは危険すぎる。」と窘めるだろう。最悪、彼は勇者をひっぱたいてでも止める。

 だが、その彼が居ないことに3人は気が付き、その間に永遠とも思えるほどに長い静寂が支配する。


 やがて、最も彼との付き合いが長かった白髪の少女が喉から声を絞り出すようにして一言「故郷に帰る。」とだけ言った。


 無論勇者は引き止め、そして魔女は彼女へと理由を尋ねる。

 

 彼女は言った。勇者達と共にいると背中の大きかった彼を思い出すと。それが今も辛く、故郷へ戻り静かに修道女として生きたい、と。

 

 あんなにも旅が、あんなにも目新しい世界が、あんなにも新たな人との出会いを待ち望んでいたあの彼女の口からとは思えぬ言葉に2人は何も言う事ができなかった。

 それほどまでに彼の存在は大きかった。


 そして、3人はアウラの転移呪文を使いイリスの故郷の村へとやって来たのであった。


 「ねえ、イリスちゃん。故郷に戻ったらまた彼の事を思い出しちゃうんじゃない?良かったら私の所で一緒に暮らさないかしら?」


 食事も喉を通さなかったせいで痩せ、すっかりやつれた顔となった彼女へとアウラは提案する。


 「貴方の事が心配よ。本当に大丈夫かしら?」


 「大丈夫です。ありがとうございます、アウラさん・・・・・・。」


 彼女がクマのある目を細めて空元気を振舞う。


 「勇者様、今までありがとうございました。」


 「私は、私は嫌です。彼に続いて貴方まで行ってしまうなんて嫌です。」


 サルウィが俯く。


 勇者は、彼女の事をかつて魔物に攫われた妹に姿を重ねていた。

 あの時とは違い、今は力があり魔物などは容易く消し去る事ができるが、今回ばかりはどうしようもできない。

 あの時から力を付け、どんな魔物も叩き伏せてきた。

 だが、それでも自分には何もできない。そうして皆、姿を消していく。

 今の己の手は武器を握るためには握れず、自らの不甲斐なさで握る事しか出来なかった。

 あの時から何一つ変わっていない自分に腹が立っていた。


 そして勇者は彼女へ両手でなんとか支えられるほどの重さの麻袋を手渡した。


 「この中に私の名義で馬車や生活必需品を貰える事ができる契約書と、金貨が入っています。」


 そしてイリスの両肩を掴み、


 「だから、何かあったらすぐに私の所に来てください。」


 と力強く言った。


 妹の二の舞はさせない。絶対にさせない。

 勇者は強く誓った。


 勇者へお辞儀をし、それを大事そうに両手で包み込む。


 「今までありがとうございました・・・・・・。あと、アウラさん。」


 「ん、なあに?」


 「転移の時、取り乱してすみません・・・・・・。」


 アウラはそれを察し、いいのよ、と微笑む。


 イリスは2人へお辞儀をして踵を返し、見せかけの軽い足取りで村へと入っていった。


 

 懐かしい面々への再開だったが、その村人達は彼女の様子を察して気遣いと厄介払いから殆ど話しかけることは無かった。


 鉛のように重い足を動かし、やっとの思いで一つの家の前へと着く。

 家主がいない間も誰かが手入れをしてくれており、旅に出る前と変わらぬそのままの外観で建っていた。


 扉を開けて中に入り閉める。


 「グラン・・・・・・。」


 そこには所有者の名前が刻まれた二人分のベッドに二人分の食器の入った家具などが所狭しに置かれていた。

 

 「う・・・・・・あ・・・・・・。」


 糸が切れたように彼女がその場で崩れ落ちる。

 手に持った麻袋を口に当て、彼女は体を震わせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る