第8話 魔王との決着

 「これで後は・・・・・・。」


 魔王がサルウィの体を床へ落とす。

胸には体を貫いた茨がそのままであり、そこからはドクドクと血を垂れ流している。


 その冷徹な視線がイリスらの方を見る。

 魔力が無いと魔法使いが言っていたことから、残す脅威は障壁のみとなった。

 素早く効率的に仕留めるための策を巡らす。


 「ヒッ・・・・・・。」


 イリスの口から悲鳴が漏れる。その瞬間、彼女の前にあった透明な壁が消える。

 意図しない時にそれが消えたので、再度彼女は再度展開しようと何度も手をかざす。しかし、弱い光が現れては消えるのみで、壁が再び現れる事は無かった。


 「まっ、魔力はまだ有るはずなのに・・・・・・なんでっ!?」


 もう一度、二度三度と手を前へかざす。その度に現れる光がより弱くなっていく。

 かつてない切迫した状況が彼女から普段の魔力の扱い方を忘れさせ、ただ無為にそれを何度も消費させる。


 「なんだ、もう出せぬのか。楽で助かる。」

 

 魔王がサルウィの胸から茨を引き抜く。


 うっ、と力なく彼が呻く。

 まだ微かに肩が動いているが顔色は青白く、呼吸も弱くなっている。


 すぐさま治療を施さなければならない状況ではあるが、勿論敵がそれを許すことは無い。


 虫の息の彼をまたぎ、魔王がカツカツと歩いてくる。

 

 「あ・・・・・・。」


 イリスの声帯は凍り付き、指先から熱が失われてゆく。

 ぼうっとした目で歩いてくる恐怖の存在を見る。

 あんなに数多くの魔物を倒してきた勇者がいとも簡単にやられた。

 そんなのに敵うはずがない。


 私、ここで死ぬんだ。


 彼女はそんなことを漠然と悟った。

 手を力無く垂らし、カツカツと近づいてくるその姿をぼんやりと眺める。


 アウラがイリスを庇うように前に出て杖を構えて威嚇する。が、それに怖気付くことなど無く、彼女は変わらぬ速度でゆったりと距離を詰めてくる。


 まだアウラは諦めてはいなかった。しかし、転移呪文の為に温存していた魔力を攻撃に使うべきか迷っていた。

 それこそ躱されたら四人の死が確定する。どちらにしろ、このままでは全滅する。


 「サルウィ・・・・・・っ!」


 床へ倒れた彼を見てグランは息を呑む。

 魔王の手際は見事で彼の弱点を的確に突いていた。だが、そのやり方はおよそ人間のする事ではない。

 やはり魔王とは相容れない存在らしい。

 

 「でも、どうして・・・・・・。」


 彼の弱点を知っていたのか。

 魔物に対して強い恨みを持っているのは察する事が出来るが、妹がいたという事実は分からない。

 彼自身もサルウィの妹の存在はこの領域に来てから初めて聞いた。


 「まさか・・・・・・。」


 対峙して分かった特徴として、彼女は最短で手段を選ばず、確実に事を為そうとする性格ということが窺い知れる。

 正々堂々、なんて言葉は勿論無く、不安要素を潰すだろう。

 となると、四人の事をこの領域に入った時から何らかの手段を用いて監視していた可能性が高い。

 いや、そうで無いと説明が付かない。


 と、彼が思案していると魔王がアウラとイリスに近づいてゆく。魔王の体からは鈍く光る茨の様な紋様が浮き出ており、何かしらの攻撃の準備をしているという事が分かった。


 「何か、何か無いか・・・・・・?」


 彼は自身の体の至る所をまさぐり、腰の数本の短剣に手が止まる。


 (普段のようにできれば・・・・・・でも。)


 彼の体は左腕が使い物にならなくなってから体のバランスでさえ取るのが難しくなっていた。

 普段との勝手の違いに短剣の持つ手が震える。


 しかし時は一刻を争う。

 魔王が後数歩の距離にまで迫っており、イリスは呆然と視線が宙に浮き、アウラは杖の持つ手が恐怖で震えている。


 やるしかない。


 体を壁から離し、短剣を1本手に持ち大きく振りかぶる。体がよろけそうになるのを足で踏ん張る。そして、


 「ふんっっ!」


 弓から放たれた矢のように一直線にそれが飛んでゆく。

 体の調子にも関わらず、狙いは寸分違わずに魔王へと飛んでいく。

 

 ガスッ


 目標の角に命中し、そこへ深々と突き刺さる。


 「なっ・・・・・・んだ?」


 突然の頭の衝撃に彼女は苦悶の声を漏らし、意識が一瞬真っ白になり、それにより集中が拡散し体に浮き出ていた紋様も消える。

 歩みを止めその衝撃の発生源となった角を弄り、突き刺さっていた異物を引き抜いた。


 「これが、衝撃の正体なのか?」


 見ると刃渡りが彼女の中指ほどしか無く、どうと言うことの無い短剣である。

 だというのに、先ほどのはまるで棍棒のような鈍器で重く殴られたような衝撃であった。


 消去法で攻撃の主を導き出し、先ほど茨で投げ飛ばした戦士の方へ目をやる。

 片腕を抑えており、体に損傷を与える事には成功したが、それを意に介さぬと言わんばかりの闘志を湛えた眼光を湛えている。


 「この距離を、あの体の状態で・・・・・・しかもこの威力・・・・・・。」


 やはりあいつは何か特殊な力があるらしい。

 次の攻撃に備え、彼女はグランを警戒する。


 彼女と彼の間にはかなりの距離があり、角に与えられた損害からもこの距離を小さいとはいえそこそこの重量が有るため、何かしらの特殊な技巧によるものだろう。


 「対象の近くに武器を召喚できるのか?」


 この領域にこの一行が侵入してから監視をしていたが、その様な能力は見なかった。


 「やはり腐っても勇者一行、という訳か。」


 仮に彼の能力がそうであれば、どこから来るか分かっていた、目に見えぬ刃よりも厄介だ。

 彼の能力をそう読み、茨を周囲の床から三本召喚する。

 彼女を囲んで生えてきたそれらは、風に靡く背の高い植物のように揺らいでいる。


 魔王の意識がこちらへと向いたことに、彼はひとまず安堵する。

 

 「ここからどうする・・・・・・?」


 同じ手は通用せず、次の投擲は難なく防がれる事が容易に想像される。


 だが、先の戦闘を観察していた限りだと、あの茨には不用意には近づけない。

 トゲを射出されれば、いまの体と盾の状態だと確実に何本かは防ぎきれずに直撃を貰うだろう。闇雲に接近するのは自殺行為に等しい。

 とすると、業腹だがもう一度同じ攻撃をするしかない。

 当たるかどうか、躱されるかどうかなどを吟味しても悪手に違いないが、彼にはもうそれしか残って無かった。

 一瞬でも相手の隙を作れれば、事態は僅かにでも好転する。


 そう自らを奮い立たせ、短剣を1本手に取り同じ要領で素早く射出する。


 「フンッ!」

 

 狙いを定めた肩へと風を切りビュン、と飛んでゆく。


 「は?」


 予想を遥かに下回った原始的な攻撃に彼女は唖然とする。

 大ぶりに振りかぶってからただ投げる。攻撃の実態がただのそれだけだと知り、慣れた手つきで身を翻して躱した。


 「うぐぅ!?」

 

 のつもりだったが、体の反応よりも速く肩へズブリとその刃が沈み込んだ。

 鋭い痛みで顔が歪み、彼を睨みつける。

 

 「なんだあの人間は。」


 柄を摑み肩からそれを引き抜く。衣服が血によってじわりじわりと染められ赤黒い斑点が広くなる。濡れて生地がじとりと肩に貼り付く。

 柄を握り肩のそれを引き抜く。

 刃の部分を触り柄を含めた全体を見ても、改めてただの短剣であることが分かるのみだった。


 (まさか・・・・・・今までの攻撃全て、ただの怪力で繰り出したのか?)


 とにかく、次の攻撃に備えなくては。

 あれを2つ3つと投げられると堪ったものではない。

 数にも限りがあるはずだ。着実に全てを防げばいい。

 防御に徹しようと、彼へと視線を戻して彼女は息を呑む。


 彼が目と鼻の先にまで迫っていた。


 「なっ!」


 彼女が咄嗟に後ろへたじろぐ。


 幸運な事に、これ以上なく彼が望んだとおりに事態が運んだ。

 

 彼女が怯んだ隙に熱を帯びた片腕の痛みを強引に抑え込み、もう片手で傍に転がっていた変形した盾を持ち、思い切り床を蹴った。

 より速く、より重くを意識して走る速度を上げるたびに腕がキリキリと痛み、不意な痛みの波に転げそうになる。が、その度に目前の敵の傍にいる2人を見ては一層強く足を踏み込む。


 「この距離ならっ!」


 そうして彼が敵との攻撃可能な範囲へと入った。


 彼に緊張が奔る。ここで防がれる訳にはいかない。

 しかし魔王の表情を見ると、この一連の行動に幾らかの動揺をしているらしく、躱そうとする動きや茨での防御といった行動はみられない。


 彼はひしゃげた盾を全面に構え大きく一歩踏み出し、茨ごと吹き飛ばす程の渾身の力で突進を繰り出す。

 

 「ぐっ・・・・・・ぅ!」


 直撃。盾から伝わる確かな手ごたえに加え、魔王の口からの苦悶が聞こえる。

 茨はバラバラに砕け散り、床へその破片が散らばる。


 「ぐぅっ!」


 彼女は腕を交差させて防御したものの、その身体は大きく吹き飛ばされる。それに加え、先ほどとは比べ物にならない衝撃が全身を震わせる。

 気分を害し嘔吐感に襲われる。


 腕での防御が遅れていれば胸部の圧迫により暫くの呼吸もままならず、その隙にまんまと転移魔法で逃げおおせられるという事態になっていた可能性があった。


 「貴様・・・・・・。」


 それだけは絶対にさせてはならない。


 生け捕りにしようと調整するつもりだったが、それではこちらが危うくなる。

 全ての茨を床へ天井へと仕舞いグランをキッと睨みつける。


 「イリス、サルウィの回復を。アウラはあとどのくらいの魔力が残ってる?」


 魔王から目を離さずに彼が言う。


 「う、うん!」


 素早く倒れているサルウィへと駆け寄り、回復呪文を施す。


 意識は失血により混濁し、うわ言のように何かを呟いている。


 「応急処置は終わった!あとは町で診て貰えれば・・・・・・!」


 傷口を塞ぎ、とりあえずの彼の命の危機は脱することができた。が、まだ顔色は白く呼吸が浅い。


 グランが魔王を見据えたまま力強く頷く。


 (ありがとうグラン・・・・・・でも。)


 彼女が彼の体を見ると、力なく垂れ下がった腕のほかに、背中から何本も筋となって血が垂れ下がっているのが見て取れた。壁に叩きつけられた時によってできた傷だろう。

 それを指摘したところで彼はいつもの強がりか本音か分からない口調で「ただのかすり傷」だと言うだろう。

 回復呪文が使える自分をこんな状態にも関わらず、頼ってくれないというもどかしさに胸が締め付けられる。


 「私の方は、転移用に取っておいた魔力しかないわね・・・・・・ごめんなさい。」


 アウラが転移呪文の前準備として杖を持ちながら彼に返事をする。


 「わかった。」


 彼は盾を構えなおし、魔王を観察する。


 腕で防御されたとはいえ、いくらかまだ体に影響が出ている筈だがそれを露ほどに感じさせない佇まいをしている。

 先ほど確実に短剣を突き付けた肩に至ってはもう血が止まっていた。そしてその肩の方の手を使い、床に落ちている物を拾った。


 (もう回復したのか。しかもあれは・・・・・・。)


 それはサルウィの剣だった。魔王がそれを手にとると、精霊の加護などまるで無かったかのように細い茨が巻き付いてゆく。

 銀の刀身に緑の茨という見た目が美しく映え、まるで芸術品の様相となったが、彼の目にはそれがただの脅威にしか映っていない。


 「我ながら呆れるな。」


 魔王が手に持った得物を見ながら言う。


 「殺す順を間違えた。まさか、ここまで手こずる羽目になるとは思っていなかったぞ?」


 「だろうな。しかも暫く茨を出せないんだろ?」


 魔王が眉を顰める。


 「まだ出せるならそんな剣に頼らずに俺の足にそれを巻き付けるなりできるだろう。」

 

 「ほう?」


 「いつまで出せないかは分からないが、それまで俺がお前の動きを止められたら・・・・・・俺たちの勝ちだ。」


 彼女の内に焦燥感が現れる。


 彼の言う通りだった。あの茨は一定本数を出すと暫くは出せなくなる。そして、いつ出せるのかは彼女自身にも分からない。

 どちらにせよ、あの茨が今使えないと知られてしまった以上、自由な動きを許すことになる。

 どこから来るかも知れないという攻撃が来ないなれば、彼は背後や死角に気を配る必要がなくなる。


 つまり、その分の意識が攻撃に向くこととなる。


 「フフ。お前、よく妄想力がある、とは言われないか?」


 (こいつ、ここまで見ていたのか。)

 

 あの怪力のグランとかいう戦士とはこれ以上長引かせるのはまずい。

 彼女は彼へ剣先を向けて構える。


 「俺が時間を稼ぐから、アウラは転移の準備を。」

 

 「わかったわ。」


 すると魔王が突然斬りかかって来た。


 「フンッ!」


 相当の焦りがあるらしく、彼の頭を落とすべく身を捻り、その反動を利用した鋭い横斬りを首に放つ。

 

 不意を突かれたものの彼はそれを盾で防御する。しかし、


 「なっ、盾が!」

 

 その刃は盾へ触るや否や、盾がナイフに触れた紙のようにスパッと切り離される。


 寸でのところで素早くしゃがみ、その凶刃を躱す。

 ゴツン、と重い音を鳴らして切り離されたそれが床へ落ちる。

 

 「あんなにあの剣って鋭かったのか・・・・・・。」


 彼が斬られた断面を見て震える。


 「ほう、良く動く。」


 顔を上げると、今まで魔物に対して振られてきた剣が今、目の前でしゃがんでいる彼に対して突きを食らわせようとしている。


 「いっ・・・・・・!」

 

 とっさに横方向へ駆け出そうと、骨折した腕の掌を床へついてしまい悶える。

 

 その彼の隙を突き、魔王が彼の心臓に狙いを定めてとどめを刺す。

 その時だった。


 空気を鋭く裂く高音、次いでゴトンという落下音とガチャンという金属音。


 「馬鹿な・・・・・・っ!」


 見ると、魔王の片腕が剣を固く握り締めたままの状態で切り落とされていた。

 切断面からは倒れた花瓶のように止め処なく赤い液体が溢れており、床一面を赤く浸食していく。


 魔王の方もその箇所から滝のように血を流しており、肩から腰そして足を伝い、自身の服と周囲の床を赤く染める。

 彼女は自身の断面をもう片手で触ると不気味に口角を上げる。


 「今よ!グランッッ!」


 アウラのその声を聞き、彼はそちらを振り返る。彼女は転移の用意をしつつも、まだ実は残していた魔力で風の刃を飛ばした。

 それでもギリギリの魔力であり、過剰な魔力の行使により杖からはシュウシュウと煙のようなものが出ている。


 「ああっ!」


 アウラの作った好機を逃すまいと、元よりも小さくなりボロボロとなった盾を握り奮い立つ。


 床には血の海が出来ており、魔王へと距離を詰める度にピチャピチャと水より粘り気のある音と、靴底に血が纏わり付いて足を滑らしそうになる。

 だが、それらの要素は彼の好機を逃すまいとする決意の前では何ら障害にもならなかった。

 

 彼は未だに血を止めようとせずに垂れ流し続ける魔王へ向けて、片足を軸にして盾を叩き付ける。


 「くっ、たかが人間如きに・・・・・・!」


 彼女は片腕で防御したが、それでも半歩程の距離分を押される。


 大きなダメージを与えた事によって動きが鈍い。

 彼はそう感じ取り、今度は地面を蹴り突進する。


 その攻撃は躱されたが、彼女の体勢が僅かによろけたのを彼は見逃さなかった。


 彼は盾を床に投げ捨てた。そして彼女の首を激痛の走る手で抑え、もう片手を股に回し、頭を彼女の胸へと押し当て、渾身の力を込める。


 「うおぉぉぉっ!」


 彼女の体が持ち上がる。重さとしては人間とほぼ同じ重さであった。


 「き、貴様・・・・・・!」


 魔王の額が大量失血による冷や汗と、これからの攻撃に対しての焦りからの冷や汗とが混ざり合う。


 (あの短剣の勢いで我を投げ飛ばすのか?)


 反応が出来ない程の速度だったのに加え、片腕を失っている事によって満足な受け身も取れない。茨もまだ出すことが出来ない。


 「き、貴様、やめっ・・・・・・。」


 そして、勢い良く彼女の体がゴウ、と投げ飛ばされる。 

 

 流石に短剣のような速度と軌道にはならず程なくして床へ叩きつけられ、彼女の口から体の衝撃により空気が漏れる。やがて床に擦られて徐々に速度を落として止まった。

 腕からはまだ血が流れ出ており、それと床の血だまりとで体の至る所が赤く染まる。


 ついには彼女の体はピクリとも動かなくなり、未だに周囲へと血を垂れ流している。


 「はぁ、はぁっ。これで・・・・・・。」


 死んだのか、と思い彼女を観察する。彼の居る場所からは顔を見れない為にそこまでは分からなかった。

 流した血の量は人であればとうに致死量を超えた量だということを床の血の海が物語る。

 彼女の生死を確認すべく、彼は恐る恐るその方へと歩いていく。

 

 「転移できるわ!早く!」

 

 アウラのその言葉を聞き、彼は踵を返し駆け足で彼女らの元へ行く。

 アウラを中心にぼうっと青く輝く魔法陣が床に敷かれている。

 その中でイリスはサルウィに回復を施しつつ、グランの方を焦燥を露にした瞳で見つめる。


 互いに痛み止めとなった結果だが、生きている限りまた次がある。

 何より、一切の存在が不明だった魔王の正体が分かった。


 「次戻るときはもっと・・・・・・。」


 上手く戦い、サルウィをこんな目に遭わせる事も無く自分が立ち回れる自信があった。


 あと数歩、あと5歩、あと3歩、たったそれだけで馴染みの町へと戻れる。


 戻ってもまだ魔王の討伐が成功したかは分からないので、イリスへの告白は先送りにしようか。

 

 グランが魔法陣の中に手を伸ばしながらそんな事を思った。


 「貴様に次は、無い。」

 

 その声が彼の後方から聞こえ、彼の動きがピタリと止まる。


 声に驚いて止まったのではない。

 ガクンッと足の動きが何かに抑えられて止まる。

 彼が足元を見ると、一面に広がった血の海から細いツタが夥しい数で生えてきており、それらが彼の足にびっしりと纏わりついていた。

 

 「我の腕の対価、頂くぞ。」


 力を込めて片足を踏み出すとブチブチとそれらが引きちぎられ、しかしすぐにまたかなりの量が彼の足へと巻き付いてくる。


 「く、そぉ・・・・・・!」


 目が血走り、顔を赤くするほどの力を込めてやっとの思いで一歩を踏み出しても、すぐさま引きちぎった数よりも多くの本数が纏わりつく。

 次第にゼエゼエと肩で息をし、足の動きは徐々に止まっていった。


 「グラン!!」


 イリスが手を伸ばし彼の手を掴もうとする。


 「イ、リス・・・・・・っ!」


 彼は震える手を伸ばす。互いに腕が痛くなるほどに目一杯伸ばすが、2つの手は指先を掠めるのみで互いの体温を感じるには至らなかった。


 最後の力を込めて片足で床を蹴る。


 それがいけなかった。


 「ぐあッ!」


 血に足を取られて前にのめり込むようにして転ぶ。

 ツタの数が一層増え、足をより強固に拘束する。腕にもツタが血から伸び纏わりついては足と同じようにガッチリと拘束する。


 伸ばした手は何も掴むことができなかった。


 「グランっ!嫌、いやああぁぁぁ!」


 イリスのその言葉を最後に魔法陣が一際強く輝く。

 魔法陣が3人を囲んだまま、床から真上に移動する。それと共に3人の体が足からその移動にそって消えていった。

 ついには跡形もなく消え去り、血に濡れた床が残った。


 あの転移は外から見るとあのように見えるのか。

 茫然と彼は思った。

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