第6話 魔王城
それから空模様のせいもあり正確な日数は不明だが、一行はあれから丸3日歩き続けた。
道中には黒い影のような魔物が現れ、それを倒すと流れ出た血もまとめて霧散した。
初めて見る光景にグランは身震いをしては、サルウィの歩みに勇気付けられながら付いていく。
ふと後ろを振り向いたグランに対し、アウラが悪戯な笑みを浮かべ、彼に見せた女性の体を形取った瓶を見せクスリと笑う。
慌てて前を振り向いたグランの後頭部を、イリスは悶々とした顔つきで見つめる。
そうして歩き続け、4人は威圧感のある灰色の建物の門前へと到着した。
「ここか?」
グランが建物を眺めながら呟く。
城のようだが旗や壁の模様などの装飾は無く、代わりに至る所に茨のようなものが巻き付いていたり、垂れ下がっている。
門はかなり大きく、4人が横並びで入っても空間に余裕があり、縦には木の高さ程の高さがある。だが・・・・・・。
「なあ、おかしくないか?」
「はい、門が開いています。」
門を通って建物の中に入るのに何の障害もない。それが違和感だった。
人間の城だと夜間は城の出入りを制限するために、備え付けの鉄格子で塞いだり門番を立てたりするのが一般的だ。
それを一切していないという城は見た事が無かった。
「も、もしかしたら今は使ってないお城なのではないのでしょうか?」
イリスが可能性の一つを言うが、グランは首を振る。
「ここから中がみえるんだがそれはなさそうだ・・・・・・手入れされている。」
グラン達の位置からは中の様子が確認できた。
奥に2階への階段とそこへ至るまでに緑の絨毯が見える。それらに目立った汚れはなく、むしろ高級感さえ漂わせている。
となると、あとは城の主人がかなりのお人好しで、門を開きっぱなしにしているのか。それとも、単純に門を閉じるという発想が無いのか。そもそも、閉じる必要が無いから閉じないのか。
どれも可能性としてはあり得る。そしてあと一つ。
「罠・・・・・・。」
ぼそりとグランが呟き、アウラとサルウィが彼を見る。
もしも、魔王が何らかの手段で自分達の存在を知っていたとしたら、ここに誘導することも可能だろう。
だが、ここまで誘導して罠に掛けるだけなのに、建物内を綺麗にするのか。戦いによって建物の至るどころが傷むだろう。綺麗にするのは非効率的である。
つまり・・・・・・。
「もしかしたら、魔王はここにいるのかもしれない。」
彼のその言葉に、他3人は目の色を変える。
「根拠は何ですか?」
闘志を灯した双眸でサルウィは彼を見つめる。
「激しい戦闘が起こるかもしれないのに建物の中が綺麗なんだ。つまり、綺麗にした所を見る限り誰かが出入りしていて、その威厳を示す人物がいる建物だと思う。」
魔王が魔物を統べる者ならば、手下が見る可能性がある建物を綺麗にしないはずは無い。それに相応しい建物とはこれではないか。
彼はそう思案を巡らせた。
「魔王の居るところとはまだ言い切れませんが、手掛かりはありそうですね。」
サルウィの目が爛々と燃える。
仮に魔王が居なくとも、何かしらの魔王への手掛かりが掴める可能性が高い。手掛かりさえ掴めれば、もしこの先に不測の事態が起きて戻るようなことがあっても、次は今回の歩みよりもよりスムーズに進む事ができるだろう。
「行きましょう、皆さん。この世界から魔物を追い出しましょう。」
サルウィはそう言うなり、スタスタと建物の中に入っていった。
「お、おい!もっと慎重に入れって!」
グランは慌ててサルウィを追う。門を通り抜ける時に何かが襲ってくるのでは、と身構えたが特にそのような事は無かった。
だが念のため、彼は門の真下に留まる。
そして2人を見て頷き、建物へ入るように促す。
片手に杖を持ち臨戦態勢のアウラと、彼を見つめ手を胸に当てたイリスが門へと入る。
その時だった。
ギ、ギギギギギギ
突然のけたたましい金属音、そして何かと何かが連続で激しくぶつかり合う音。
グランがハッと上を見ると、さっきまで上がりきっていた鉄格子が、門の両壁に沿って下にいるものを噛み砕かんとする勢いで降りて来てるではないか。
「っ!」
それに気が付くなり、アウラはそれが降りきる前に建物内へと飛び込んだ。
「あ・・・・・・。」
が、イリスは上を見つめたまま腰を抜かし、その場にへたり込んだ。
「イリスさん・・・・・・!」
サルウィが走り寄ってくるが、その速さよりも無慈悲に速くそれが降りてくる。
そして、次の瞬間にはより大きな金属音が辺りに響き渡った。
彼女が硬く瞑っていた両目を開き、ぼうっとしていた意識を覚醒させると、鉄格子は途中で止まっていた。
「うぐ、ぐ・・・・・・。」
彼女はグランを見て状況を理解した。
彼は、盾を真上に構え鉄格子を受け止めていた。
歯を食いしばってギリギリと音を出し、額からは汗が滲み出ている。
「早く行けっ!」
「早くこちらに!」
我を取り戻し、イリスは腰を上げサルウィの方へと走り寄る。
グランはそれを横目に見ると、もう一度力を込めて盾を上へと押して迫っていたそれを押し上げ、再び降りきる前に素早く門を跨いだ。
再びそれが降り始め今度はガシャン、という音を出し、完全に床へと接した。
「グラン、その・・・・・・。」
イリスが顔を伏せて口をもごもごと動かしている。それを見た彼は、
「一々気にすんな、これが俺の役目だからな。それより怪我はないか?」
と、彼女の体を見た。
尻から接地するように座り込んでいたので、膝を擦りむくような事も無く、特に怪我は見当たらない。
まじまじと見る彼の視線を受け、彼女はチラリとアウラの方を見て何かを思いつき、僅かにゆっくりな動きで胸周りに手を押さえる。
「急にあんなのが来たら驚くよな・・・・・・。」
彼はそういうと自らの胸にも手を当てる。心臓が普段よりも早く脈打っており、押さえていた手が跳ね上がるくらいに力強く鼓動を打っていた。
彼女は、彼のそんな無神経ともいえる所作にムッとし、
「何でもないよ大丈夫。」
と早口で言い、2階へと続く階段の方へと向いた。
「その・・・・・・さっきは一人で先走ってしまってごめんなさい。」
「何事も無かったから良かったさ。ここからは慎重に行こう、サルウィ。魔物が出ても今日は慎重に。」
長い間旅を続けてきて分かったサルウィの癖であるのだが、それでも彼は懲りずに何度目かの釘を刺す。
「はい・・・・・・。」
サルウィも今回ばかりは、とこの問いに初めて首を縦に振った。
グランが門の方を振り返る。
黒く鈍く光り、威圧感を醸し出す鉄格子が彼ら4人を逃がすまいと佇んでいる。
鉄格子に近づいて上へ力を込めると、悲鳴の様な金切り声を上げながら僅かに持ち上がった。
この程度ならば、出るときに強引に押し上げて出られるだろう、と彼は考える。
だが、彼の中に疑問が浮かぶ。
なぜ、先頭のサルウィが通り抜けるときに鉄格子が降りてこなかったのか。なぜ、彼女ら2人が通る時に降りて来たのか。
恐らく罠だが、それならばサルウィが通り抜ける時に降りていないと意味が無い。
罠というのは主な目的として、戦力を削ぐのが目的である。
ならば一人目が通るタイミングで降りて来、確実に一人を分離、ないし無力化できる状況を作り出せる機会をみすみす逃すわけがない。
偶然タイミングがずれて降りて来たのか、降りてこないと油断させたかったのか、それとも・・・・・・。
「しかし奇妙ねぇ。気配がまるで無いわ。」
アウラが周囲を見渡し呟く。
彼女の言うように、建物内には生き物の気配が全く無い。
その割には、内部は異様な程に手入れされていた。
そこに入ってみてそれが改めて浮き彫りとなる。
灰色の壁にはよく見ると細かい装飾が入っている。
そんな壁の中には大きな絵が飾られている所があり、その絵を見て見ると、人の城にもあるような風景画や、魔物をイメージしたのだろうと思われる奇妙な抽象画も掛けられている。
更に、四方の壁に目をやると、目立つ汚れが見当たらない。
等間隔で並ぶ柱は真っ白で、大理石の様な質感である。
大きな違和感として人の腕ほどもある太いツタが下から上まで巻き付いているが、その白と相まって神秘的にすら見える。
そして靴を履いていても分かる程にふわふわとした絨毯。それが正面奥に見える階段へとずっと続いている。
その階段には踊り場があり、そこには一際大きな絵が掛けられているのが見える。
だが年月による劣化のせいか、元の絵が分からなくなるほどにくすんでいる。
先ほどの疑問を取り合えず保留にし、彼は周囲を見渡してみるが、あまりの静寂と周囲の光景に警戒心が薄れ、手に持った大盾を再び背に仕舞おうとしていた。
が、アウラの一言で敵の建物に入ったことを思い出し、それをそのまま手に装備させた。
ここまで行き届いた手入れをしているというのに、何にも生き物の気配が無い事に違和感と、その違和感から来る得体の知れない恐怖が襲い、彼の顔はみるみる青ざめた。
「わぁ・・・・・・。」
綺麗、という言葉を口を滑らせて言わないように、イリスは周りの美しい風景を観察した。
ここまで手入れされているというのに、人の気配を感じさせない。
彼女は、まるで人に忘れ去られた廃墟でも見てるかのように周りの光景に魅入っていた。
サルウィはというと、風景画や階段の踊り場にある絵を見ては、妹を攫ったみたいに人から強引に略奪して来た物に違いが無い、と怒りの表情を露にする。
彼は、やはり魔物は全て消し去らないと、という決意を強く胸に抱いた。
「では、2階へと向かいましょう。」
サルウィの言葉に3人は頷き、踏んでは柔らかな繊維がふわりと押し返す絨毯に沿って歩いて行く。
やがて階段前へと着き、彼が後ろを振り返る。
すぐ後ろにグランが、グランから2歩ほど遅れてアウラとイリスが付いてきている。それを確認し、彼は階段を一段づつ登ってゆく。
踊り場まで来たところでグランは後ろを振り返る。
先ほどまでいた所が下に見え、入ってきた門と鉄格子が遠くに見える。
そして奇妙な清潔感と静寂さに息を呑む。
そして前を向き、再び一段づつ階段を上る。
先ほどよりも一歩一歩が重くなる。
「いよいよ、だな。」
もう戻れない。
震える足を両手で叩き、呼吸に意識を集中する。
過呼吸気味だったことに初めて気が付き、ゆっくりと空気を鼻で味わう。
そんなグランの右手をイリスの手が触れる。
「絶対、死なせないからね。私に任せて。」
「いざとなったら私の転移魔法もあるから、いつものように戻りましょうね?」
後ろからの暖かな声を聴き、彼は力強く頷いた。
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